58.がっかりしないよ、パパの子だもの
お土産は皆喜んでくれた。アガレスにガラスの兎を渡して、セーレに鳥さん。猫はマルバスにあげた。アモンは明日までお預け。今日はお仕事で遅くなると聞いたの。
綿菓子を顔いっぱいにくっつけて齧りながら、僕は潰れてない綿菓子を千切ってパパに「あーん」する。いつも僕がしてもらってるから、パパは驚いた顔をしたけど食べてくれた。一緒に食べるんだもん。アガレスが教えてくれた通り、紅茶に入れても美味しかった。パパの紅茶の残りに入れて飲んだんだよ。しゅわっと溶けちゃった。
綿菓子の後で、手を洗う。本に触る前はよく洗わないと、ベタベタしちゃうんだ。パパがくれた大切な絵本以外に、僕の宝物はまた増えた。ベッドの脇にある小さな机に、羽の生えた人のガラス人形を置く。窓から入った光がきらきらして、ガラスの人を輝かせた。パパみたいに綺麗。
「新しい絵本だ。どれから読む?」
寝る時のお部屋でベッドに座って、僕は黒い髪の人が表紙の本を選んだ。背中に羽があって、黒い髪でツノもある。これはパパだと思う。
「よくわかったな。昔の話だぞ」
パパはそう言って表紙を捲り、懐かしそうに目を細めた。本を見ていないのに、内容を覚えてるみたいに話し始める。
――まだ世界が分かれていなかった頃、神は翼を持つ天使を作った。その姿に似せて、羽を持たない人を作る。人は羽がないことで、自分達は損をしていると考えた。だから神に他に能力をくれと強請る。傲慢な考えに怒った神が人を堕天させた。一つ下に作った世界に落としたのだ。
「神は人を捨てたの?」
僕を捨てた奥様みたいに? 尋ねる僕に、パパは慌てた。安心して、僕は悲しくないよ。だって奥様が僕を捨てたから、パパに出会えて拾ってもらえたの。僕は捨てられてよかったと思ってる。
「俺もカリスと出会えて幸せだ」
「僕も、パパ大好き」
ぎゅっと抱き締めた後、パパは僕を膝に乗せた。背中も肩もパパが触れる場所があったかい。
――神の振る舞いに、天使の反応は二つに分かれた。神が人を捨てたのは当然と思う者と、身勝手に感じた者だ。我々は原始的な生活をする人を憐れみ、知恵を与えた。神に知られぬよう行ったはずが、どこかから漏れていたらしい。罰として、人より下に落とされた。それがこのゲーティアだ。
「ゲーティアは、一番下なの?」
「もっと下にコキュートスがある。だが神が作った中では一番下だ。がっかりしたか?」
パパの言う「がっかり」が分からない。僕は少し考えてみたけど、やっぱり違うと首を横に振った。
「がっかりしない。優しい人が下にいるだけだもん。パパもアガレスも皆優しいよ。だからゲーティアは優しい人の国」
お店の人も、僕を犬みたいに追い払わなかった。僕ね、お外で買い物したのは初めて。お菓子も本も、僕だけのために買ってもらったことはないの。だから嬉しかった。パパが僕と選んだお土産も、こうやって並んでる。
「僕はパパの子になれて、とても幸せ。だからゲーティアに来られてよかった」
「そうか……ありがとう」
お礼を言ったパパは泣きそう。なんだか僕も泣きそうになっちゃった。
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