55.山羊の扉の本屋さん

 お店を出て少し歩くと、薄暗い通りがあった。覗こうとしたら、パパが止める。


「ダメだ、ここは安全じゃないからな」


「どうして放っておくの」


 安全じゃないなら、安全にしたらいいのに。パパやアガレスは出来るんでしょ? そう思って首を傾げた僕に、パパは目線を合わせてしゃがんだ。それから僕に分かるよう説明してくれる。


「ここに住む者達は、他の場所で生きられない。追い出したら、困るだろう?」


 僕は暗い通りを見ながら頷いた。そっか、前の僕みたいに行く場所がない人もいるんだ。暗くても安全じゃなくても、この通りはその人達の場所なんだね。だから勝手に壊したらいけないんだ。明るくするだけじゃダメなのかな。


「ゆっくり理解しろ。今は追い出せないことだけ分かればいい」


「うん」


 パパは僕に難しいことを求めないけど、ちゃんと聞いたら教えてくれる。それが嬉しかった。手を繋いで歩くことにする。絵本があるお店はすぐ近くだった。僕は背が低くて足が短いから、パパが一歩歩くと三歩くらい歩かないと間に合わない。ちょこちょこ歩く僕に合わせて、パパはゆっくり進んだ。


「扉をノックしてみるか?」


 言われて、上の方にあるドアを叩く道具に気づいた。言われないと動物の顔みたい。髭が生えてツノがある動物だ。


「山羊だ。本など紙を扱う店は山羊の紋章が多い」


 山羊っていうの? 驚いている僕を抱き上げて、山羊の顔をよく見せてくれた。毛がいっぱいあって牛や馬みたいに顔が長い。顎だけじゃなくて、目の上にも髭がある。


「ぶふっ……髭とは違うな。目の上は眉毛だ。カリスや俺にもあるだろう」


 言われて顔を撫でると目の上に毛が生えてた。パパにも生えてる。これが眉毛なんだね。顎は髭なのに、どうして名前が違うのかな。名前だけで分かるようになってるのかも。


「さあ、この口に咥えている輪で叩いてみろ」


 輪っこを掴んで、山羊の顔にコンコンと当てる。すると中から扉が開いた。いらっしゃいませと挨拶した人は、山羊さんだった。扉の山羊にそっくり。


 パパに言われて中に入ったら、壁一面が本だった。右も左も、奥の方まで本しかないの。びっしり本が並んでる。ぐるりと上から下まで眺めた。すごいよ、天井のところから足下まで全部、全部本なの? 僕がパパにもらった宝物の絵本は薄いけど、ここの本は厚い。


「カリス、安心しろ。ここは入り口で奥にまだいっぱいある」


 それは安心していいのかな。僕の欲しい絵がいっぱいの薄い本もある? パパに抱っこされて進んだら、本棚の奥へ案内の山羊さんが入っていく。僕を抱っこしたパパも一緒に。ここはまた違う本があった。山羊さんは絵本がある棚を教えてくれた。


「お探しの本が決まってましたら、ご用意しますが?」


「だったら、これとこれを頼む」


 パパが紙を渡した。文字が書いてある。スは読めるよ。エもある。僕が知ってる文字が入ってて、嬉しくて足を揺らした。

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