42.僕のほっぺも落ちちゃう

 ご飯を食べた後で、パパは丸い蓋のある器を手にした。


「開けてみろ」


「うん!」


 何だろう。どきどきしながら蓋を開けた。中から甘い匂いがする。これ、何? 薄い黄色で柔らかそう。表面が平らで固まっているみたい。指を伸ばして、触る前に気づいて我慢した。僕が触ると汚い。まだ石鹸で洗った日が少ないから。


「カリスは汚くない。一緒だろう?」


 パパに言われて、「一緒」と繰り返す。僕とパパは一緒。だからパパが綺麗だから僕も綺麗でいいの? この手で触っても平気? 嫌いにならないの? たくさん浮かんだ疑問にパパはひとつずつ答えてくれた。


「カリスは綺麗だ。一緒に食べるから触っても平気だ。俺が可愛い息子を嫌いになるわけないだろう。ほら」


 最後に僕の手をとって、指で触れた。つるっとしてて柔らかい。少し強く押したら指が入っちゃいそう。隣でパパが真似して、ぷすっと指が刺さった。やっぱり柔らかかったね。くすくす笑うパパがぺろりと指を舐める。


「カリスもやってみるか?」


「いいの!?」


「アガレスには内緒だぞ」


 頷いて指を絡める。内緒だよって約束するの。伸ばした手で触れた食べ物に穴を開けて、指で口に運んだ。どんな味がするんだろう。甘い匂いがしてる。ぱくりと口に咥えた指がびっくりするくらい甘い! すごい、こんな食べ物があるの?


「美味しいか、良かった」


 残りはスプーンだって。パパが掬って運んだのは、プリンという名前のお菓子。甘くて柔らかくて、口に入れると噛まなくても潰れる。下の方から違う色が出てきた。薄い茶色じゃなくて、もっと濃い茶色だ。


「これは少し苦くて甘い。一緒に食べてみろ」


 同時に食べるといろんな味がして、頬を両手で支えた。美味しいものを食べると頬が落ちるって聞いたよ。僕のほっぺも落ちちゃう。


「なんとまた、可愛いことを言う」


 パパがほっぺの落ちない御呪いをしてくれた。安心してまた食べる。パパと一緒に食べ終えた。プリン、覚えておいてまたお願いしたいな。


「気に入ったか?」


「すごくうま……じゃなくて美味しい」


 うまいは使ったらダメ。アガレスがパパを怒るから。僕は美味しいを使うの。


「オムレツと同じ卵を使った料理だ。また作らせよう」


「うん、ありがとう。作った人にお礼を言いに行こうよ。パパ」


 朝にご飯を食べたばかりだから、次のご飯まで時間がある。今ならお話しできるかも知れない。


「わかった。このまま行くぞ」


 僕を抱っこしたパパが廊下に出て、アガレスとすれ違う。


「陛下?」


「用事を済ませてくる」


 怖い声でパパを呼ぶアガレスだけど、僕には優しかった。パパにももっと優しくして欲しい。


「どこへ行くのですか? カリス様」


「ご飯作ってくれた人にお礼するの……あっ!」


 そこで思い出した。今日はお部屋から出ないから、ヒヨコの服を着たの。自分で歩けなくてもいいお洋服だし、お座りして絵を描くから平気だと思ったけど……ここ、お部屋の外だ。


「パパ、お部屋の外だよ」


「城の中だから平気だ」


「そうなの? 良かった」


 話しながら歩く僕達の後ろに、アガレスの声が飛んできた。


「戻られるまでに仕事を積んでおきますので、くれぐれも寄り道をなさいませんように」


 アガレスは時々難しい言い方をするよね。僕もいろんな言葉を覚えなくちゃ! ぐっと拳を握ったら、パパの指が解く。


「アガレスのようにはなるなよ」


 そうなの? アガレスと同じもいいけど、パパと一緒の方がいいから頷いた。

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