第110話 バハムート、広場に召喚される。視点、カエサル

「なぁ、本当に処刑するのか?」


 広間に建設された断頭台の前へ、無数の人だかりができる。

その中の誰かが、そうポツリと呟いた。


「知らねえよ。でも、カエサル様が決めたんだろ」


「あぁ、変わっちまったなぁ。昔はカエサル様の名を聞けば、荒くれ者どもも静かになったもんなのによ」


 ......やはり、国民は不安に駆られておるな。

いくら威光を取り戻したいからと言っても、これでは。

わしは馬車から手招きし、近衛兵の1人を呼んだ。

ガサガサとした物音が馬車の窓の手前で止まるを確認し、小声でイヴァンを連れてくるよう命令した。


---数分後---


「おぉ、陛下。準備は万全でございます!」


 イヴァンは躊躇うわしとは真逆で、まるで公開処刑を喜ぶような態度だ。

彼は長年わしのために尽くしてきた実績がある。

それゆえに今回の策も本日までは良いと思ったが、当日になると不安がよぎる。

恐怖政治を敷いたところで、法が強まるだけで経済的な改善が見込めるわけではない。

たしかに犯罪者の数は減るだろうが、国民の生活をより苦しめるような気がしなくもない。


「イヴァン、公開処刑は中止したほうがいいのではないか?」


 わしがそういうと、イヴァンは馬車の扉を開けた。


「何をする?」


「陛下、ここまできたら中止なんてできませんぞ。

前日までならまだわかります。

が、当日になってそのようなことを言えば陛下の威光は地の底に落ちてしまいます。

優柔油断な王という、不名誉を授かりたいのですかな?」


 ぐ、一理あるな。

一国の王が一度決めたこと、土壇場で取りやめるわけにはいかない。

とりあえず、数年ほど様子を見てから再度施策を改めるなりするか。

わしは馬車から降り、タイルの地面を一歩一歩進んだ。

そして、断頭台へ向かう階段を上っていく。

台の上からは、広場に集まった大勢の国民の姿が見えた。


「皆の者聞いてくれ! わしはこれから罪人であるクロノスをギロチンにかける」


 台とその上に置かれた鋭利なギロチンの刃。

それを見ればどのようなことが起こるか、予想はつく。

しかしやはり、それを実行することを明確に発言されると驚くものだろう。

群衆はそこかしこで話合いを始めた。


「静まれ!」


 わしが枯れた声で広場一帯にそう響かせると、だんだんと話し合いは減っていく。

そして、数秒後は完璧に静まり返った。


「いいか、はっきりいうぞ。わしの力が衰えてきた今、この国には新たな抑止力が求められているんだ! それが厳格化した法なのだ! 今から断頭台に上がる罪人の姿をとくと目に焼き付けよ。国民の中に紛れる悪人どもよ」


 ひとしきりいうと、静まり返った群衆はポツポツと手を叩き始めた。

賛同の印というには程遠い拍手だな。

だが、この反応をいつか誠の支持へと変えねばなるまい。


「さ、クロノスを台の上へ連れてこい」


「離しやがれ! この国随一の魔法使いであるこの俺様を殺すのか!」


 兵士に拘束されたクロノスの姿が、断頭台に現れる。

国民は生唾を飲み、首を台座に固定する様を見守っていた。

そして、準備が終わると兵士の1人がわしに合図を送る。

わしは深く頷き、右腕を上げた。

この腕を降ろせばギロチンの刃は落とされる。

ついに......ついに威光を取り戻す最初の一歩を踏み出す時がきたか。


 わしは再度国民の姿を眺めた。

視線を切らず、こちらを見つめる彼らの姿があった。

ここまで苦渋の思いをして、何度も決断を固めてきた。

しかし、それでもなお頭の中に浮かび上がる不安。

それを最後にもう一度、消し去りたいと思い台の下にいるイヴァンを見た。

奴も深く頷き、わしの動向を見つめている。

しかしなぜだろうか、わずかに口角が上がっている様にも見える。

思えば、あの顔が頭に浮かび何度も決断が鈍っている気がする。

いや、気の迷いによる錯覚か。

わしは瞼を開け、クロノスに言い放った。


「クロノス、最後に言い残すことはあるか?」


 すると、奴は顔を僅かに横に向けて片目でこちらを見た。

最後というのに舌を出し、高笑いをするとは。

見上げた根性というより、恐ろしさを感じるな。

何というか、一かけらも今から自分が死ぬと思っていないような余裕さだ。

わしが腕を胸あたりまで振り下ろした直後、雷が落ちたかのような轟く音が響く。


「ハハハ! やっときやがったぜ!」


 同時に、クロノスは先ほどよりもさらに高揚した口調で言葉を紡いだ。


「なんだ貴様! お前の魔法か!」


「フヒヒ、俺のことよりよ」


 断頭台に首を固定された圧倒的に不利な立場のこの者は、余裕しゃくしゃくとした様子で上へ指を指した。


「あれ、どうにかしたほうがいいんじゃないか」


 その言葉に素直に乗るのも気に食わないわけだが、そんな思いは一瞬でかき消された。

予想外な事態であると理解し、想定できるあらゆる展開を瞬時に脳内でイメージした。

その全てのイメージさえも凌駕してくる光景が、眼を通して脳内に伝わる。


「ド、ドラゴンだ! みんな逃げろ!」


 天空に広がる巨大な魔法陣、その中から海竜バハムートが巨翼を羽ばたかせて舞い降りた。

広場にいた群衆は散り散りに逃げようとするが、すでに手遅れだった。

バハムートは鉄槌に変形した右腕を振り落とし、タイル状の地面を砕く。

割れた地面の隙間に人々は為すすべもなく落とされていった。


「貴様がやったのか! クロノス!」


 振り返ると、彼の姿はなかった。

くそ、どうやって拘束を解いた!


「陛下、早くお逃げよ!」


 わしは馬車へ戻り、大剣を握り締めた。

あぁ、すべてが台無しだ。

だが、これでよかったのかもしれない。

民には申し訳ないが、リミッターを外せる日をわしは待ちわびていた。

恐怖政治などしなくても、衰えて力がでなくとも。

この力さえ開放できるなら、再びわしはあの頃のように。


「陛下何を......逃げるのでは」


「戯けたことをいうな。わしが出るのよ!」


 逃げ惑う民の一部の集団に、バハムートが襲い掛かる。

その直後、わしは斬撃を放った。

遠間からの攻撃だからか、察知した竜は斬撃波を飛翔して回避する。

しかし、しっぽの先が僅かに欠けたのに気づいたようだ。


「グガガガギギィ!」


 わしを敵と認識したのか、咆哮をこちらに浴びせる。

髪が靡くほどのその声に、怯むことなく歩を進めた。


「おぉ、みんな安心しろ! カエサル様が私たちのために戦ってくれるぞ!」


「本当だわ!」


 フフフ、この歓声を待ちわびていた。

皆の声がわしの衰えた力を補ってくれるかのようだ。

さぁ、トカゲごとき切り伏せてやるか。


「海竜バハムートよ、参るぞ!」

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