第106話 シュン、海竜と邂逅(かいこう)する。視点、シュン

「じゃあ、その作戦でいいね?」


「「はい」」


 俺たちは海鳥がポツポツと鳴き始める早朝に起き、一通り話し合いを済ませた。

おじさんはまだ起きていない。

別れを告げようと思ったけど、せっかくの貴重な休みを奪うのはどうかと思う。

俺たちは持ち合わせた金貨をテーブルに置き、一礼する。


「さ、行こうか」


 2人を抱えて空中へ移動した俺は、少しばかりおじさんの家を眺める。

強さは1つじゃない、そのことに気づかせてくれてありがとうございます。

潮風を浴びつつ、俺は自分の力を応用できないかと思考を巡らした。

守る力か、でもバスターは地球を破壊する威力を持つ魔法。

そんな技を別の何かに変えることが、はたして可能なのだろうか?


 今までだって試したことはある。

でも、魔闘器で威力を最小限にして放つことぐらいしか実用的なものはなかった。

膨大な魔力量に、バスター。

まったく、相性が悪いったらありゃしない。


「どうしたんですか、シュンさん」


 悩ませていると、ミリアさんが曇りのない無垢な顔でそう声を掛けてきた。

そうだな、1人で考えすぎても仕方ない。


「2人に聞きたいことがあるんだけどさ。魔法って、どういう感覚で発動しているの?」


 6属性に変化した後の魔法と、俺のそれは似て非なるものだろう。

しかし、同じ魔法ではある。

何か応用できる方法がわかるかもしれない。


「感覚ですか、難しいですね」


 ミリアさんは瞼を閉じて、「う~ん」と唸った。

その間、カリナさんがスパっと素早く応える。


「私は......というより人器一体は闇属性なので、基本的にはマナと血液が融合するようなイメージを持っていますね」


 闇属性......人の身体をマナによって変化させる魔法のことをそう呼ぶ。

クロノスの人魔一体もそれに該当する。

相当な熟練者か、魔法石を埋め込んだもの以外が発動すると元の人格を維持できないという。

マナと血液の混ざるような感覚か、俺にはまったく想像できない。


「ミリアさんはどう?」


 俺はそろそろ話せるかと思い、彼女に振ってみた。

しかし、ミリアさんはこちらを振り向かなかった。

それどころか、青ざめた顔で歯をガタガタとさせている。


「もしかして、寒いのかな。確かに結構速度つけているからね」


「いえ、そうじゃないです。あ、あれを見てください」


 震えながら指を指す彼女に、少し戸惑いながらも俺は海面を見た。

指したポイントをよく観察すると、徐々に渦潮が形成されていく。


「あれは昨日遭遇したトルネードシャークじゃないか。危ない目にはあったけど、今は遠くにいるし大丈夫だよ」


 落ち着かせるように言うと、彼女は首を横に振った。

その反応に俺は、またしても頭に?が浮かぶ。

一体彼女は何にそんな動揺したのだろうか。

再び海上へ顔を戻すも、特段変わった様子はない。

俺はミリアさんへもう一度話しかけようと、口を開く。

その瞬間だった。


「シュンさん! 渦潮へ何か黒い大きな影が迫っています!」


 声を張り上げるカリナさんの様子に驚きつつ、俺は目を凝らした。

すると、トルネードシャークなど比ではないほどの黒い何かがだんだんと浮上しているのがわかった。

渦潮に飲み込まれた海鳥を捕食しようと、大口で待ち構えるシャーク。

その狂暴で天敵すらいないのではないかと思えた海洋生物は、実体を現したそれに簡単に鷲掴みされた。

飛翔するそれが何か、俺は一目で正体がわかった。

水しぶきを巻き込み、5メートル程の波を生み出すほどの巨大な翼をもつ生物。

トルネードシャークがまるで小魚かと見間違うレベルの圧倒的な存在感。


「多分、いや絶対そうだ。あれが半神の海竜......バハムート」


 生唾を飲み込んだ俺は、戦闘態勢に入ることもせずただ奴が動く様を見届けた。

バハムートは捕らえた獲物を携え、島の中へと消えていく。

恐らく、島の中心にある奴の住処へ戻っているのだろう。


「い、いやぁすごいね。あはは」


 俺は他人事のようにそう失笑した。


「はい。作戦本当に、いけますかね」


 ミリアさんは冷や汗をしつつ、そうポツリと呟いた。

俺らの作戦は、空中へ逃げた海竜をバスターで仕留めるというもの。

動く的とさえ思えたが、泳ぐ時と飛行速度はまったく劣っていない。

どのような攻撃をしてくるかさえわからない上に、このスピードに対抗しなきゃいけないのか。

無謀、その言葉が脳内に印象強く残る。


「どうしますか、シュンさん」


 カリナさんのその言葉に、思わず"やめよう"と、すぐ返答しそうになった。

だが、そのセリフを押し殺したのはテッタさんの家に残してきたシュエリーさんの姿だ。

何も持ち帰らなければ、シュエリーさんの身が危ない。

テッタさんの技術力があれば、解毒剤と共に怪しい薬を体内に注入することだって可能なはず。

ここで引き返すのはどうあったってできない。


「行きましょうシュンさん、カリナさん!」


 ミリアさんは突如、俺と彼女の腕を強く握った。

そして、話を続けた。


「私たちの目的は、バハムートを倒すことじゃありません。鱗を少し、持ち帰るだけです! だから、それでも大変ですけど......頑張りましょう!」


 震えていたはずのミリアさんが、こんな力強いことをいうなんて。

それに比べて、落ち着かせようとしていた自分がこんな様なんて情けないな。

そうだ、彼女のいうとおり奴を打ちのめすためにここまで来たんじゃない。

俺は重ねるように彼女の腕にそっと手を置いた。


「そうだね、やろう3人で! ね、ミリアさん!」


「え? は、はい!」


「あれ、顔赤いよミリアさん」


「そ、そうですか。ひゅ~、ひゅ~」


 音がうまく鳴らない口笛を吹き、彼女は視線を反らした。

何だかわからないけど、俺はカリナさんへ目で意志を伝える。

彼女も汲んでくれたのか、深く頷いた。


「シュンさんが決めたことに、私は従います」


「ありがとう。じゃあ、速度上げるよ!」


 俺らは気持ちを新たに、バハムートの後を追った。

自分の魔法をさらに強くする方法も、守る力もまだはっきりしない。

けど、それでも逃げる選択肢はもう考えるな。

そこがブレたら、進むどころか1人ぼっちだった昔に後退するだけだ。

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