悪役令嬢の私が推しに似てる隣国の王子と結婚してました。

いずれ菖蒲か杜若

第1話

柔らかい感触と、まとわりつく暖かさ。心地よい布団の中でずっと寝ていたい…




「お前との婚約を破棄する!」




 うるさいなー。もう朝か…。


 伸ばした手は目覚まし時計を掴まず、そこにはただ空気があるだけ。




「聞こえているのか!」




 気づけばそこは見慣れた自分の部屋ではなく、知らない人達に囲まれた広間のような場所の中だった。


 みなが私に目を向け、顔は怪訝そうな、軽蔑したような表情だった。




 しかも、私はダボッとしたゆるゆるの部屋着ではなく、煌びやかなドレスを着ている。




「ショックで声も出ないようだな」




 さっきから大声を出している男が嘲笑する。


 えっと、どちら様でしょう?




 彼の隣に寄り添っている女の子は、こちらをまるでフランダースの犬でも見るような、哀れんだ目をしている。


 ふんわりと柔らかそうな髪はピンクがかった亜麻色でゆるくウェーブがかかり、ぱっちりとした瞳はピンク、ぷるんとした唇と柔らかそうなほっぺたは血色がいいピンクで染まり、彼女が着ているドレスはピンク色だった。


 いや、ピンク大好きかよ。




 目の前にいる2人はカップルだろうか。








 なんだか段々とこんな状況に見覚えがあるというか、頭の中で似たそうな光景を想像したことがあると思った。












 もしかして、悪役令嬢に転生した…?












 私はそこまでラノベを読む方ではないのだけど、広告で気になって読んでみた漫画が悪役令嬢が主人公の話で、原作が小説だったことをきっかけにいくつか悪役令嬢の話を読んだことがある。だいたいの設定は、主人公が転生するとそこは自分が好きだった乙女ゲームの世界で、数人の男性に言い寄られるヒロインの、邪魔をする性格の悪い悪役令嬢に転生してしまい破滅を回避するという話。




 でも私は乙女ゲームをした事がない。




 って事は破滅を回避する方法が分からないし、そもそも破滅するかも分からない!




 本当にこの世界は乙女ゲームなの?




 でも目の前の女の子はゲームのヒロインにありがちな見た目だと思う。サブキャラにこんないっぱいピンクは使わないだろう。多分。




 私の元婚約者と思われる男性…顔がとても整ったわけではいないし、男らしい感じだからあんまり私の好みじゃない。まあ、友達の彼氏だったら「カッコイイね!」と言うほどではあるが、私はもっと中性的に整った人が好きだ。


 女装をしてしまったらオタクが「女子やめたい」などと言ってしまうような私の推し、藤島龍人のように。




 あの人は抜群の外見だし、きっと女のところを転々とするヒモになっても一生苦労しないと思うのだが、仕事をしっかりこなすし、内面は磨かれ、ファン想い、メンバー想いで、優しく、アイドルとして活動しながら名門大学に通う20歳。


 若くしてデビューしたが、悪い意味で芸能界に染まらず芯を持っている。




 つまり最高。




 ああ、好き。






 推しを想像して幸せな気持ちになっていたが、あることに気がつく。








 …待って、もし私が転生してたとしたら、龍人がいる世界に戻れないってことでは?????








 ………………はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?






 嘘だろ?






 はっ?






 おい。






 は?






 ……は???????






 もう龍人の素晴らしい顔面を拝めないの?




 龍人の声を聞けないの?




 ライブに行って龍人と同じ時間を同じ空間で過ごすことは出来ないの??






 どうしよう……




 いや、転生してなければいいんだよ。




 とにかく転生していなければいいんだ。




 そうだそうだ。




「アリエッティ、最後にお前の言葉を聞いてやらんこともない。」


 元婚約者が優越感に浸ったような誇らしい顔をしている。


 私の名前ってアリエッティなんだ。可愛い。


 っていうか元婚約者の性格が偉そうだしイラッと来るんだけど何様なんでしょう?


 私がアリエッティの友達なら絶対に結婚しない方がいいって言うと思う。




「そうですか。あなたみたいな男に興味はないので清々しました。一つ言ってあげますが、偉そうにしてると嫌われますよ。内面も磨きましょうね」


 藤島龍人のように。




「では、さようなら」




 元婚約者とその彼女は口をあんぐりと開けて唖然としている。


 周りの人達も呆然と突っ立っていた。


 とりあえずドレスの裾を掴んでお礼をする。


 なんかそれっぽいことをやってみたけど、合っているか全然分からない。


 慣れない高いヒールで歩き、取り巻く人々の輪から抜けると、地味なワンピースを着た人と目が合った。


 これは侍女やメイド的な人だろうか。


 その人について行くと、建物の外から出た。




 すっご〜い!ヨーロッパみた〜い!




 日本では見たことがないような建物が並び、街並みも綺麗でテンションが上がる。


 学園だと思われるこの建物も、うちの日本の高校とは大違い。


 デカい、広い、綺麗の三拍子が揃ってる。




 キョロキョロと見回してたら侍女が不思議そうな顔をしていた。




 ちょっと恥ずかしい…




 路肩に停めてあった馬車に乗りこむ。




「どうぞ」




 なんでもお手伝いの人がやってくれるからめっちゃ楽〜




「ありがとう」




 目を丸くされた。




 アリエッティがどんな人だったか分からないけど、そんなに驚かないで。




 馬車の中の椅子はふかふかだ。




 これからどうしようか考えなきゃいけないけど、ちょっと疲れた…


 少しだけ寝よう…




 目を閉じると意識が遠のいた。








 ピピピ!ピピピ!








 はっ!


 目を開けると、そのは見慣れたいつもの自分の部屋だった。




 やった!夢だったんだ。よかったぁ。




 安心したのもつかの間、時計の時刻を見て固まる。




 ち、遅刻だああああ!








 慌てて夢の内容も飛んでしまったその夜、それが夢でなかったとまた実感することになる。

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