追憶(3):騙した嘘は、真実に成れる




「――五、三――銀。ほら、84手で積みだ」

「……ぇ………?」



 いや、まだだ。

 まだ、何か手が……無いわ、これ。


 盤上を見つめ、溜息。


 だが、それもそうだ。

 彼女が、そんなミスをする筈もない。



「……参りました」

「ふん。頭金、都、雪隠……一通りやって、5度目の敗北でようやく認めるか」



 ……………。



 ……………。



 いやさ。

 強すぎない? トワさん。


 マジで、何やっても勝てないんだけど。

 この家にある卓上遊戯――将棋やチェスは勿論、双六などは賽の振り時点で六しか出ないし、テレビゲームなどは運が介入する間もなくやられ。


 ルールを理解したのはさっきだが。

 一応、勝つ自信はあったのに。


 まるで、上位種でも相手にしているかのようだ。


 機械ではなく、上位種。

 それは、電脳では普通やらないような、合理性のない……しかし、化け物じみた一手を放ってくるから。


 例え、コンピューターでも。


 理解不能な彼女の打ち手には勝てないだろう。

 

 頭を深々と下げる俺に気分を良くしたのか。

 トワさんは同年代にすら見えるむ――身体をピンと伸ばし、ドヤ顔を見せる。


 言いたいことはいくつもあるが。

 実際、途轍もなく強いから、何も言えないな。



「ふん。実力しかないゲームで私に挑もうとはな」

「……いや、双六は……」

「何か言ったか?」

「申し訳ありません、トワ様」



「――トワ最低ね。幼児をゲームで虐めるなんて」

「本当に。もう頭撫でてあげないよ?」


「……虐めてごめんな、ユウト」



 ―――よっわ。



 実力に反して、メンタルが貧弱すぎる。

 

 一瞬で小さく……すでに小さいが。

 身体を丸めて謝るトワさんは、やがて笑みを浮かべ。

 


「ま、まあ。その実力は認めてやるぞ。幼稚園の頃の私と、そこそこいい勝負だ。私は既に就職が決まっている会社があるんだが、ユウトもどうだ? 良いポストを用意してやるぞ」

「……ルミさん、助けてくれ」



 明らかに、幼児へと言う言葉じゃない。 


 というか、中学生が言う言葉じゃない。

 

 その様子を伺いながら。

 揶揄うように笑うのは。

 茶髪で、すらりとした、大人の雰囲気すら纏う女性――サクヤさん。


 そして、ルミねぇ。


 ………ルミねぇだ。


 人前では呼べないが。

 二人の時は、何故かそう呼ぶようになった。



「じゃあ、他のゲームでもう一戦だな」

「――まだやるんですか?」

「当然だろう。久しぶりに楽しめる対戦相手が出てきたからな。ゲームはそっちが選んで良いぞ」


「でも、運動はダメだよ?」

「ルミ」

「トワよわよわだから」

「ルミ……?」

「そうね。幼児にも勝てない――というか、幼稚園児に混ざっててもバレないんじゃないかしら?」

「サクヤ……?」



 そんなに運動音痴なのか、トワさん。

 確かに、体型からもそんな気がするが。


 二人に会ったのはつい先日で。


 一緒に遊ぶのは初めてなのに。


 俺だけ、一回りも年下で。

 性別も一人だけ違うのに。

 こうして溶け込んでいるのは、二人がルミねぇの親友であるからだ。



「運動なら、サクヤがやれば良いだろ」

「ふふっ。どうする?」

「弱い者いじめはダメって道場で教わってるもの。ルミは?」

「私、平和主義だから」


「「……………?」」



 結局、その後は四人通信で平和なゲームをしたが。


 何故かPVPは避けられず。

 俺とルミねぇの残機だけが減り続け。


 そんな中でも楽しそうな彼女。


 俺だけムキに立ち向かったが。




 ―――終ぞ、化け物二人には一勝も出来なかった。




   ◇




「……送らなくても、大丈夫だよ」

「何を言うんだ。幼児を一人帰らせるなんて、出来るわけないだろう?」



 黄昏色の空。

 ルミねぇと並んで、歩道を行く。


 歩幅を合わせられて。


 しかも、手を繋いで。


 納得は出来る。 

 だが、男児としては、受け入れられるかは別で。



「……コレ、恥ずかしいんだ」

「そうかい? 私は、とても嬉しいよ」



 だから、そういう所。

 そういう言葉を躊躇いもなく言えるから、おかしいんだ。


 両者、共に口数は少なく。


 時々、思い出したように話し。

 家まである程度の距離を、並んで歩いていく。


 そんな静かな道のりでも。


 不思議と気まずさはなく。


 むしろ、凄く安心できて。



「―――ねぇ、ユウト」



 ゲーム疲れから、やや上の空だった俺は。

 不意に、声を掛けられたことで我に返る。



「……なに?」

「あれから、色々あったけど。ちょっとは、前向きになれたかい?」



 ……………。



 ……………。



「君は、確かにちょっと変わっているかも知れない」

「……うん」

「でも、おかしくなんてない」



 繋いだ手が、少し震える。


 恐らく、それは俺の手だ。


 だって。

 震えた手が、優しく握られるのが分かったから。



「同情は、誰にだってできる。けど、行動してあげられる子なんて、少数派も少数派で。例え、自分が分からなくても。君は、確かに他人の心を思いやって行動してあげることが出来る。本当に、優しい子だ」

「……………」

「遥か雲の上の頭脳に出会って。底も知れない超人に会って。あの二人と一緒に遊んで、自分はおかしくないって、思えたかな」



「………そう、だな。――どうかな」



 まだ、分からない。


 あの二人は、また別。

 次元がズレてるから。

 そんな二人からすら絶大な信頼と執着を向けられているこの女性も、ズレてるから。

 

 一人は、山育ちの超人。


 一人は突然変異の機人。 


 ……そして、この人。

 偶然出会ったとは思えない三者。


 恐らく。

 三人の出会いも、色々あったことが予想できて。

 紛れもなく、中心はこの人だと分かって。


 

「――ルミねぇは、どうなの?」

「んう……?」

「自分の事、普通なんて思ってないよね?」



 一回りも年上に対して。


 やや失礼な事を聞くが。



 彼女は、やや口角を上げ。

 本当に感情が伺えない笑み……笑み? を見せる。



「ふふふっ。――普通、なんて。私は存在しないと思っているからね」

「……………」

「でも。偶々私には、尊敬できる恩人がいた。悩みを分かち合える親友が出来た。――そして。今は、君もいる」

「……………!」

「同じように、探してみるかい?」



 尊敬できる恩人……上世代。


 分かち合う親友……同世代。



 そして、伝えるべき下の世代……か。


 

「最後は、今はまだ無理かな」

「そうかも。恩人だって、自分から探すようなモノじゃないし、いつ見つかるかなんて分からないし……。なら、さしあたっては二番目……だね?」

「……………」

「――ユウト?」



 本当に、この人は……。



「……分かった。じゃあ、同世代だ。――見つかるかな」



 どんな悩みも相談できて。


 気が置けない仲間なんて。


 およそ、夢物語。


 他人の感情が透けてしまう俺にとって。

 そういう存在は、今まで只の一度も――彼女に出会うまで、現れた事は無かった。


 だから、簡単じゃない。



 簡単に見つかるモノじゃない。



「私たちで探そうね。一緒に居て楽しい、ずっと一緒に居たい。そう思える、大切な人たちを」

「………うん」


 

 簡単に見つかるモノじゃないけど。

 それは、確かな筈なんだけど。


 でも、どうしてか。

 

 出来ないという考えが。


 全く、浮かばなかった。



 ……………。



 ……………。



「では。またね、ユウト」

「うん、ルミ……さん」

「相馬さんも。遅くまで、すみませんでした」


「そんな事ないわ! 何なら、うちにも遊びに来てちょうだい! 何時でも歓迎するから!」


「はい、喜んで。――では、また」

「ええ、えぇ!! またねルミちゃん!」



 深く頭を下げるルミねぇ。

 母さんは、テンション爆上げで手を振り。


 やがて。

 背を向けた彼女の姿は遠くなっていく。


 迷いなど欠片もない。


 確固たる足取りで。


 それに対し、何時までも手を振り続けている隣の女性は。

 一体、何処の家の人だろうか。



 正直、親子だと思われたくない。


 

「ねぇ、母さん」

「なに?」

「何か企んでる?」

「……………? 何を?」



 自覚が無いのがアレだ。

 

 我が母親ながら。

 分かり易すぎる思考回路で。


 ……あぁ、そうだった。


 分かってしまうからなんだ。

 分かってしまうからこそ。

 いつからか、直接話して、打ち明けるという事をしなくなっていって……。



 ……………。



 ……………。



「……ねぇ、母さん」

「何かしら?」

「俺って、母さんにとって――」

「大切な息子に決まってるじゃない。いきなり何言ってんのよ」



 ……………。



 ……………。



 まだ最後まで言ってないのに。

 まるで、俺が何を言うかを分かっていたかのように。


 恐ろしく食い気味に。

 当たり前の事を聞くなと言わんばかりに。


 自信たっぷりな宣言。



「―――はははっ――はは」

「……………優斗……? そういう時期なのかしら?」



 本当にさ。

 何で、こんな簡単なことに気付かなかったんだろう。


 理解していなくても。

 分かっていなくても。

 大切に思ってくれている人は、ずっといてくれて。


 ただ、俺が勝手に悩んで。


 気付かずに。

 一人で藻掻いていただけなん―――



「まぁ、そんな事より!」



 ……そんな事………?



 母さん。

 いまさ、大事なところなんだけど。



「ルミちゃんよ! ルミちゃん! 何時の間に、あんなに可愛い子と知り合っちゃって! あんなに器量のいい子がお嫁に来てくれたら、幸せになれるわー」

「……それ、母さんが?」

「勿論! ええ、……優斗よ?」



 付け足したな。



「優斗もそう思うでしょう?」

「………家、入ろうか」



 未だ興奮冷めやらぬ母さん。

 対して、俺は身体も冷えてきたので、さっさとドアを開け、家に入る。


 風が冷たかったからか。


 体温が上がり始めてて。


 後ろで騒ぐ、知らない大人の言葉を適当に聞き流す。



「――頼むわよ、優斗!」

「……何が」

「相馬家の存続は優斗に懸ってるんだから!」

「……………」



「お母さんに孫を抱かせて頂戴ィ!」




 いや、マジで。



 幼稚園児に何言ってんだこの母親。

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