幕間:白馬の王子サマ……?






「―――――凄い………!」



 思わず、ロールプレイRPを忘れ。

 私は、そのパフォーマンスに見入る。


 舞台裏から見える光明。


 青空の真下に彼は立ち。



 両腕を振る。



 足を鳴らす。




「「――――――――――」」




 一挙手一投足、その全てに観客は湧き。

 今や、全ての中心はその男性だった。


 清らかな歌がそうであるように。


 素晴らしい曲が産まれるように。


 世界には、紛れもなくそれが存在する。


 心奥に響いてくる声がある。

 耳から離れない言霊がある。

 目を離せない一等星がある。

 それは決して、私の持つスキルや魔法の力などと同じでは無くて……そう。


 生まれ持ち得たうえで。


 更なる研鑽を積み上げ。


 昇華された本物に、後付けは敵わない。

 同じだけの努力をしているのなら、後者は決して影を踏めない。


 確かに、私は部門の頂点に立った。

 でも――もしもあの男性が相手だったのなら……絶対に勝てなかった。



「―――っ――何で……」



 大会に出場したのは宣伝の為でしたけど。


 私は、持てるだけの力を使って演技して。


 見える形で現れる力。

 確かな実感として伝わる能力スキル


 ギルドの収集した最高の素材を持って、最高の職人NPCが手掛けた服や装飾を纏って。

 完璧に仕上げた渾身の一幕を創り上げた。



 それさえも、霞む程の光。



 荘厳で、太陽の如き極光。



 ―――私は、敗北感に打ちひしがれる事しかできなかった。



 同じ勝者なのだと。


 プライドを慰めて。


 その男性が、圧倒的差で勝利者となった時。

 彼は同等の存在だと、自身に言い聞かせる事で、何とか平静を保つことが出来た。




 ―――なのに、それなのに。





「私は女だから」





 ……次の瞬間には、その思い込みにさえ裏切られた。



 そう、私は敗北したんだ。


 手違いがなければ。


 受付が間違えねば。


 あの男性……いえ、女性は。

 私と同じ時、同じ瞬間に壇上に立ち、私の目の前で全ての名声を攫ったでしょう。



 …………そして、いま。



 私を抱き上げる細い腕。

 作りモノであるアバターの中に在っても、他を圧倒する美貌。



「ちょっと久しぶりだから、手荒になるよ。舌噛まないように気を付けてね?」



 彼女の瞳が向く度に。


 私は顔が熱く感じて。


 それより、何より。

 胸の動悸が止まらないのは――もしかして―――。




  ◇




「なんで!? どうしてっ!? 何で海の上を走ってるんですの――――ッッ!!?」




 止まらないに決まってます。


 どうして、こんな出鱈目に。


 私を横抱きに抱え。

 さも当たり前と言わんばかりに海上を走るルミエールさん。


 足が海につく度に飛沫が上がり。


 水が太陽の光に反射して煌めく。


 彼女の顔は相も変わらず無表情で、冷静そのもの。

 蒼玉のような瞳は一瞬も揺れず、金色の髪を靡かせてルミエールさんは走る。

 


 そんな中で。


  

 耳に声が届いた。



「―――5位様」

「マリアです! ランクで呼ばないで!」



 欠片も尊敬が感じられないし!


 どうでもいいと言わんばかり!

 

 口調が乱れてますって?


 こんな状況じゃ、仕方ないでしょう! ―――後ろっ!! 見て!!




「――――――ウオオオォォォォ――――――」




 後ろから上がる大規模な水飛沫。

 ズンズンとこちらへ近づいてくる謎の巨大な石像。


 身体には水苔があり。


 髪や髭は触手で……。

 

 身体中がぞわぞわとかゆくなって。

 私は、すぐさま目を背ける。

 海だから敏捷に関係なく逃げられているのでしょうけど、その大迫力を目の当たりにしている私の恐怖はひとしお。


 彼女は後ろを見ていない。


 前だけ見て、走り続ける。


 ……そうですわ。

 こんなアトラクション、絶対に無理ですわ。



「じゃあ、マリアさん。ちょっと、ポーション飲ませてもらっても良いかな? 魔力回復の方」

「……ちょ、ちょっと待っててくださいまし」



 ―――そう、話しかけられていたんでした。



 ルミエールさんの言葉を受け。


 私は、急ぎでパネルを操作し。



「ありましたわ! これを――あぁ―――っ!?」



 また、やってしまいました!

 最悪のタイミングで、いつものおっちょこちょいが発動。

 

 スポンと腕を抜け。


 宙へ飛んで行く瓶。



 ―――が……しかし。



「――ん、ありがと。次も頼んでいい? もう十数秒後」

「………ひゃい」



 目にも留まらぬ早業。


 飛んだオレンジ色の瓶をそのまま咥え。

 口が塞がったまま喋るルミエールさん。



 ……腹話術………?



 いえ、もしかして。 

 コレも、スキルの類なのでしょうか?


 よもや、彼女も私と同じような【ユニーク】を?

 


「でも、海を走るなんてスキル……」

「大丈夫かい? 舌を噛まないと良いんだけど」



 ああ、お気遣い――じゃなくて。


 走りながら瓶を口で受け止め、そのまま喋るようなおかしな人に「舌噛まないで」なんて言われるのはどうなんでしょう。


 理解が追い付かない。

 

 

 ……そう、いま私がすべきことは……。



 落ちないように、しっかりと。

 彼女の身体に抱き着いて。

 コートに隠れて分からなかったですけど……うわぁ……すっごく細くて―――え?



 ……こんな――え? ズルい。

 というより、この身体で男は無理があるのではなくて?


 いけないコトをしている気が。


 でも、不可抗力というか……。



 ―――あぁ――身体が勝手に……。

 


「―――さん……マリアさん?」

「――違いますわ! 何も不埒な事などは……失礼。ポーション、ですわね?」



 何を勝手に盛り上がっているんでしょう、私。

 

 頷く彼女へと。


 今度はちゃんと上位の魔力回復薬を届け。

 一息付いた私は、今度こそすべきことを確かめる。


 そう、確かめないと。


 彼女が【ユニーク】持ちだとして。


 もしもソロならば。


 私のギルドへ勧誘。


 ……いえ、違いますわ。

 所属しているギルドがあったとしても、私のギルドの方が良いに決まっています。


 だって。

 サーバー中最大クラスで。


 なにより、この私のギルドなんですから!



 ―――絶対に手に入れますわ!



「―――ル――ルミエールさん!」

「うん。もうすぐ着くから、後ちょっとだけ我慢してね?」



 あ、はい。

 ちゃんと掴まってますわね。 




 ―――じゃないですわっ!




「そうじゃなくて、ルミエさん! もしかして、貴方もユニ―――」

「違うよ」



 食い気味ィィィ!!



 もしかして、コレで焦ってます……?

 全く表情変わらないじゃないですか貴方。



「じゃあ、貴方のそれは」

「ただの手品さ。今言うことじゃないかもしれないけど、私は無職なんだよ」



 ……………。



 ……………。



「………………?」



 むしょく……?

 むしょくってことは、無に職を得て―――うん?



「……へ………?」

「無職だよ。私は、戦闘力皆無なんだ」



 ちょっとお待ちを。

 


 本気で言ってます?

 あ、そうですよね、本気ですよね、失礼致しましたわ。




 …………私の王子様。




 ―――――無職なんですけどぉぉぉぉぉぉぉお―――――っっ!!

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