第18幕:のんびり行こうか




 宿屋というには開放的だけど。

 自室というのは、やや質素すぎる印象のセーフルーム。


 とても簡素だけど。


 一応、私の部屋だ。


 家具を入れるのも良いんだけど。


 誰かにデザインを頼めないかな。

 建築系の二次職を持っている友人が居れば良かったんだけど。

 

 外注するしかないのかな。


 でも、お金が心許ないし。


 これからの事を考えつつも。

 窓の外を眺めながら。

 私は、お気に入りのティーカップを傾け、ゆったりとしたひと時を……。

 



「ああああああああああ――ッ!!?」




 何だろう、何の騒ぎだろう。


 街中に魔物は居ない筈。

 正確には、職業などで使役されている魔物以外はいないのに。


 お店スペースな一階から響くのは。


 それらとも別種の、変な声。


 異変をいぶかしんでいると。

 間もなく、階段を駆け上がる音と共に見知った顔が現れる。



「……おい、ルミエ」



 森のオークさんじゃなくって。

 妖精さんの血縁でしたか。


 にしては、随分と。


 機嫌が悪そう……?

 どうなんだろうね。

 悪いのか、良いのか…私でも測れない微妙な顔だ。



「やあ、店主君。けど、どうしたの?」

「色を付けろやァ!!」



 ……ほう、ほう。

 言わんとする事は分ったよ。


 つまり――集金だね?


 通りでピリピリ。

 そういう事なら。

 最初から、そうと言ってくれれば良いのにね。


 あぁ、大丈夫だとも。

 私は、滞納なんかしない、ちゃんとした下宿だから。


 そう考えて、パネルを操作。


 【アル】を取り出して差し出す。



「ホラ、今月分。色を付けておくね?」

「おぉ、すまねえな。毎度あり――じゃねえよ! この天然奇術師が!」



 どうやら、違うらしい。


 ピリピリ二割増だ。


 でも、何がいけなかったのかな。

 お金を受け取ることなく地団太を踏んだ彼は、そのまま私が先程まで見下ろしていた窓を指さし、捲し立てるように言う。


 一階に迷惑だろうに。



「客が! 来るんだよ! どんどん来るんだよ!」

「………? おめでとう」



 悪い事かな。



「そうじゃねぇ、そうじゃなくて」

「なくて?」

「変なハトたちが先導するようにヨチヨチ集客しやがるから、面白がってどんどん客が入って来るんだっての!」



 あ、やっぱり?

 実は、そうなんじゃないかと思ってたよ。


 ちょっとした実験でね。

 目標が無いのも何だし。


 ちょっと、試したんだ。

 白い天使くんたちの性能とやらを。



「断りが遅くなってゴメンね」

「……で、何やってたんだ?」

「射程距離の検証さ。この子たちが何処まで羽ばたけるのかを確かめてたんだ」



 膝の上に乗せたるは、ハト君。

 勿論消耗もあるけど。

 セーフゾーンの影響なのか、魔力回復も早いんだよ。


 簡単な動きを操れるなら。

 もっと詳しいデータを取りたいから。

 彼等を放ってみて、動かしていた。


 その結果として。

 私の目の届く範囲なら、ある程度遠くまで行けると分かったし。


 遠距離使役も可能だ。


 ただ、時々通行人に気に入られて。

 逃げもしないから拾われて。

 連れていかれてしまった子は、霧散してしまう。つまり、私から離れすぎると、形を維持できなくなってしまうんだ。

 


「やっぱり、外見が悪いんだろうね」

「ア゛!?」

「いや、ハト君の話。可愛いから、連れて行かれちゃうんだと思うんだ」

「……そうだな」

「まぁ、デメリットでもないし…よっと」


 

 取り敢えず実験は終わり。

 これ以上は店主君が持たないので。


 私は、新聞を広げ。


 大人しくすることにした。



「ほら、大人しくするよ? とっても」

「……ははは。そか」

「それより、店は良いのかい?」

「……売れに売れたからな。めぼしい品が無くなっちまった」



 つまり、閉店済みと。


 私はと言えば。

 家でのんびり。

 やっていることは現実と変わらないね。


 休日の方向性は。


 これで決まりだ。



「それ、何の新聞なんだ?」

「んう? …あぁ。私たちの間で広まっているらしくてね。見つかった最新情報とか、こういう事が流行っているとか。色々載っているんだ」


「……異訪者の新聞なのか」

「面白いだろう?」



 【オルトゥス・タイムズO&T

 同名のギルドが発行している新聞。

 現在では、プレイヤー間ではかなり有名で需要のあるものとなっているらしく。


 二次職の【記者】だとか。

 【編集者】みたいな職。

 あるとすれば、そんな人たちが作っているのだろう。


 二次の職メインとしては。


 シンパシーを感じるけど。


 彼等は仕事の性質もあって。

 各地を飛び回るだろうし。

 私とは違って、普通に一次職のレベルも上げているのかな。


 ある意味、当然だけど。

 私のお仲間さんたち。

 本当の意味での同類は、ごく少数だろう。



「――というより、無職に会った事が無いね」



 余程引きこもっているレベルがたかいのかな?

 無職という職種にあって。

 頻繁に冒険に出ている私の方が異端な存在だと言えるだろうし。


 ……これは、どうだろう。


 一つ、私も無職道を。


 極めて見るのも一興かもしれないけど……おや。

 フレンドメールが来たみたいだね。

 


『これから、皆でそちらへ行きます』



 エナからのメールだね。

 どうやら、彼女たちがやって来るみたいだ。



「了解……っと。準備しなきゃね」

「あの子らがくんのか」

「うん、そうらしい。折角だし、おめかししてみる?」


「ふざけろ」

「じゃあ、もう一度……小鳩召――」

「ちがーーーーうッ!!」




  ◇




 ………なんてやり取りから少しして。



「お母さん! この子を私にください!」

「そう言われてもね」

「一目惚れなんです」

「でも、私から離れたら消えちゃうし」


「ルミねぇが始終一緒に冒険すれば良い!」

「……そろそろ、姉離れしろ」

「そう言ってもよ、優斗だってねぇねぇ呼んでんじゃねえか」



 昔は、抵抗してたんだけどね?


 今じゃそれ以外呼ばないんだ。

 楽しそうに揶揄う将太君だけど……あぁ。


 ……こめかみピクピク。


 タブーだったみたいだ。



「優斗だって、甘えたい時があるんだよ将太」

「そりゃ良いな」

「おい、お前等」


「「ねぇ、ねー?」」

「OK、処す。今すぐそこに直れ二人共」



 あっちはあっちで楽しそうで。


 男の子の青春って感じだ。


 そして、こっちの二人。

 女の子たちは、まだ未練を残しているみたいで。



「さぁ、お別れを言わなくちゃね」

「ホホ……ホゥ?」

「…つぶらな……もうちょっと」

「…あと少しだけ」

「はい、ダーメ。強制送還」


「「あぁ!!」」

「そんなに欲しいなら、テイマーさんの職を得るか、根気強くテイムチャレンジすれば良いのさ。二人なら出来る事だろうに」

「……うぅ。正論過ぎる」

「すみません。……でも、鳩さんは諦めますけど…私たち、頑張ったと思いませんか?」



 エナは全く諦めが入ってないね。

 何とかして実を取りたいようで。


 とても可愛いだろう?


 これが、私の幼馴染。


 本当にいつになっても。

 皆、反省とおねだりのセットが上手なんだから。



「なら、そうだね。御褒美を用意しよう」



 何が良いかと尋ねると。


 向こうの三人も加わり。


 首を捻り始める五人。

 皆がそれぞれに考えるんだ。

 一緒に相談してくれるんだったら、楽で良いんだけどね。



「ルミねぇのハトさんを――」

「俺たちが却下」

「じゃあ、現実リアルで手料理――グハッ!?」

「次は剣が飛ぶからな」

「ゲームの中なら何でもできるからね。僕も協力するよ。良いね? ショウタ」


 

 耳に届くのは「ウッス」という短い回答。


 でも……そうだね。

 まだ、私の料理は人に出せるほどじゃない。


 もう少し待って欲しいな。



「というか、事前に決めてまたよね?」

「「……すみませーん」」

「――では。改めて、打ち合わせ通りに。――せーの!」


 

「「マジック見たいんです!!」」



 ほう、ほう……そう来たか。


 でも、今の私にはね。


 小道具が少ないから。

 ちょっと考え…フム。

 即興で出来るようなものとしては…アレと、コレと。



「じゃあ、ちょっと待っててね」

「「おぉ?」」

「大丈夫なんすか?」

「勿論、良いよ。御褒美だからね」


「……なんか…やらし――」

「「天誅っ!」」

「……セーフエリアで…しぬゥ」



 四人一斉にポカポカと。

 デジャブを感じるね。


 最近は、色んな都市で。


 暴力事件が多発している……けど。


 今の私は無職だし、見ぬふり。

 なんて悪い教師さんなんだ。



「――では、そうやって時間を潰しててね。簡単なもので良ければ、すぐ準備して来るから」

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