第10幕:職務上々……?



 屋上から見る空は、快晴そのモノ。


 春の暖かな風が心地良くて。


 思わず、気も緩むけど。

 今は、あまり変な事をしない方が良いね。


 現在は昼休みだけど。

 普段は教室か職員室で昼食をとっている私が屋上にいるのは、気分転換という訳ではなく。



「――オレ、月見里先生が好きです! 付き合ってください!」



 生徒の一人に呼ばれていたから。

 あぁ、別クラスの子だね。

 顔も名前も分からないような彼はしかし、極めて真剣な面持ちで私を見ている。


 一世一代の博打。


 失敗したときの敗北感は何とも言えず。


 私は告白したことは無いから分からないけど。

 多分、とても辛いことなのだろうね。


 無論、彼の気持ちはとても嬉しい。


 ……でも、ね。



「ゴメンね。非常勤とはいえ、教師と生徒の恋愛はできないんだ」

「おれ、本気なんですッ!」

「――じゃあ、尚更だね。告白できる勇気もあるし、実直に物事を伝える度胸もある。…なら、怖いものなんてないさ。きっと、君には良い出会いがあるよ」

 


 だから、先を見て。

 この失敗に挫折せず、挑戦し続けよう。


 勿論、私にではなく。


 もっと彼と同じ歩幅で歩んでくれるパートナー探しに向かって。


 頑張ろう日本。

 少子高齢化に歯止めを…ってね。



「やっぱり、ダメですか?」

「私は、一回り年上だよ? 趣味の問題もあるけど、一緒になるなら、同年代が一番良いものさ」


「…………」

「もしも苦しかったら何時でもおいで? 相談に乗ってあげるから」

「……本当に、何時でも?」

「私が学校にいるときはね。無断で自宅まで来たら捕まっちゃうし」



 世間はそういうのに敏感だから。


 気を付けて、と念を押す。


 やがて、少しずつ元気が出てきた生徒くん。

 熱し過ぎたか。

 冷や水に当てられ過ぎたか。

 どちらにせよ、多少は気分が落ち着いてきた彼は、一つ私にお礼を言うと、そのまま屋上から歩き去って行く。

 足取りは、何処か軽く。

 あれなら、心配はないかな。



 私も、早く行って。

 


 次の時間までにやることをやらなきゃ。




  ◇




「……ルミねぇ、モテモテ過ぎ?」

「これで何回目だろう」

「いやいや、私だけに限ったことじゃないよ? これが高等学校では普通さ」


「――マジなの?」

「そんなもの……ですかね?」



 そんなものだよ。

 私が同じくらいだった頃も、周りでは多くの告白合戦が勃発していて。

 便乗して追いかけたり追いかけられたり、特に春は一種の風物詩として、皆で笑ったり泣いたりと楽しんだものさ。

 なんて、懐かしい記憶に感じ入っていると。

 話を聞いていたショウタ君が、首を横に振っていることに気付く。



「――いや、んな訳ねぇから」

「ルミ先生は、ちょっと感覚が特殊なのかな?」



 否定はしないけどね。

 直接言われると。

 意地悪したくなっちゃうじゃないか。


 私とは意見が食い違う二人。

 出会ってからひと月と経っていないけど、既にこうして和やかに会話を楽しめるほどには打ち解けられていて。

 そろそろ、餌付けが必要だ。



「おやおや、スミカちゃんもそんなことを言うんだね? 先生を虐める悪い子には…こうだ」

「―――あッ!」



 取り出したるは、女の子の大正義。

 同時に天敵でもある存在。


 砂糖とバターたっぷりの甘いクッキー。 



「……なんか、そろそろ自然な光景に思えてきたね」

「ルミねぇだし」

「普通、何もない所から出てきたらもっとリアクションとるべきなんだろうが…なぁ」



 マンネリズムは手品の天敵だね。


 ある意味、私にとっては。

 スイーツより厄介だ。

 強い光を直視した後では、それ以下の光はしょうもないものに映ってしまう。それは、決してあってはいけない事なのに。


 和やかな話の聞こえる教室。

 私の友人たちも楽しそうに話しているけど。

 

 ひとり、静かだね。



「優斗? まだ考えてんの?」

「このハーレム野郎は幼馴染だしな。……確かに、良い気はしないか」

 

「……はっきり言って反吐が出る」

「わぉ、マジトーン」

「口では何とでも言えるからな。「本気」とか「絶対に」だとか、何の地位も地盤もない高校生が何言ってんだ…って感じだ」



 相変わらず、君はそんな事を。


 リアリストというか。

 現実主義だよね。


 だからこそ。

 考えなくても良い向こうオルトゥスは安心できるのだろうけど。


 彼の言葉は。


 私を思ってのことで。

 此方も、変な事は言えないね。



「――まぁ、確かに。断られるの分かってて告白、って時点でマイナスだよねー」

「それが公になって、一番苦労するのはルミ姉さんですし」



 本当に、優しい子たちだ。

 

 でも、私は大人だ。

 自己防衛なら、君たちよりも上さ。


 ……無論。


 現実世界に限った話は。


 

「私は大丈夫だよ。我慢している訳じゃなく、こうして何時でも傍にいてくれる生徒たちのおかげでね」

「先生……ッ!」

「ほれほれ、ユウト。甘いものは大好きだろう? いらないのなら私が食べてしまうよ?」

「………先生」



 スミカちゃんの視線が痛いけど。


 彼の目の前で、ぶらぶらと。

 ニンジンをぶら下げてみる。


 そうしているうちに。

 やがては眉間の皺もなくなり、素直に袋を受け取ってくれた。



「――こういつも通りだと、肩の力が抜けるな」

「考えなくて良いだろう?」


「俺も欲しいですッ!」

「また味見させてもらってもいいですか? ルミさん」



 ああ、良いとも。

 最近いろいろとお菓子作りに手を出し始めてね。

 前回のクッキーが存外に好評だったから。


 量産して持ってきたんだ。



「スミカちゃんも。もう一つ如何かな?」

「……うぅ…頂きます」



 既に食べ終えていた少女に。

 再び襲う、甘い誘惑。


 そうしてフラフラと。

 寄せ付けられた綺麗な蝶々の耳元に顔を近づけ。



「ちょっとだけお耳を拝借」

「どうかしました?」

「――先生は、何時でもお悩み相談を承るからね」


「………ッ!」



 彼女は、その囁きに目を見開き。

 

 これまた、囁くような声で返してくる。



「……分かるんですか?」

「先生だからね。担当するクラスの生徒達くらいなら、カバーできるかもしれない。ゲームの中でも出張サービスは可能だからね」

 


 悩みといえば、それ関係だろうけど。

 伝える事も伝えたので。


 ゆっくりと顔を離し。


 不思議そうにこちらを覗く皆に向き直る。



「さあ、午後の授業も頑張ろうか。私は職員室でゆっくりと休んでいるから」

「――ズルいッ!」

「ふふっ、その通り。大人はズルいのさ…お昼寝も良いね」

「敢えてそんなことを言うなんて、酷いです」



 本当は、休んでもいられないけど。


 揶揄うには材料が必要だ。


 祝日というのは曲者で。

 教職員には多くの業務が舞い込むもの。

 でも、私としてはその日は丸々皆と一緒にゲーム三昧と行きたいので、それまでに大体の仕事をやっておかないといけないのだ。



「――では諸君。またHRで会おうか」 

「「はーい」」



 後ろ髪を引かれるものの。


 パタンと扉を閉じて。

 私は教室を後にする。

 廊下では、急いで教室に戻る元気な声と挨拶しながら。


 職員室へと直行して。


 デスクに就くと、流れるままに業務へと移行―――



「――月見里せんせーい…うぅ」

「おや、岸本先生。今日はどうかしました?」



 しようとしたら。


 声を掛けられる。


 私の先輩だけど。

 年は一つ下の先生だ。

 最近では生徒との関わり方を模索したり、上手いスケジュール作りと頑張っているようで、目の下に隈が出来てしまっている。


 今日も何かあったようで。


 一人くらい、悩みを聞く時間は―――



「ルミちゃん? ちょっと息子への贈り物の相談をしたいんだけど」

「あ、ルミ先生。女性を食事に誘う時の――」



 ………ふっ。

 人気者は辛いね。

 

 若輩者として先輩方の仕事を手伝うこともあるけど。

 世間話や愚痴などを聞いていたら、何時の間にかこうして頼られるようになってしまって。このままでは仕事が手に付かないけど。


 そこは伝家の宝刀。


 “ザンギョウ”がある。


 この程度で私の歩みは止まらないさ。



「では、順番通りに対応しましょうか。順番待ちの方はお菓子でも如何です?」



 さあ、明日はゲームの本番。

 勿論、仕事を蔑ろにするつもりは無いけど。



 クロニクルイベント。



 ―――今から、楽しみでしょうがないね。

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