11話「整理」
【2155 9/14 13:51】
能力が初めて確認されたのは今から91年前、2064年だと記録されている。
当時の人類は、自己進化と増殖を繰り返す自律機甲群、通称「エインヘリャル」との戦争状態にあった。とはいえ、本格的な衝突は1つも起きず、彼らの領土に忍び込んだ愚か者や監視衛星が攻撃されるだけであった。
ただ、その力は圧倒的であった。
侵入者や偵察用のロボットは、1つの情報を受け取ることすらままならず、瞬時に破壊される。誘導弾、所謂ミサイルの性能を推し測ろうと撃ち落とされる前提で打ち上げた監視衛星は、同じく衛星軌道上を周回していた狙撃型衛星によって撃墜された。本来の目的であった誘導弾の性能を見ることは叶わず、ただ極限の精密さを誇る無誘導の弾丸により地球の裏側から狙撃されるだけの結果に終わった。
敵は果てしなく強大であった。
強みは、その圧倒的な物量と技術。人間による手を離れ、ただ己を高め続ける正体不明の超高性能AIは、ものの数年で人類の科学力を追い抜いた。
その力を恐れ、人々は逃げ惑う。住民が居なくなった空白地帯を、新たな領土として勢力を拡大してゆく。
そうして15年が過ぎ。
遂にその時は来た。
後に、「27時間の裁定」と呼ばれた、人類史における最大の虐殺。
総人口100億人に達そうとしていた人類を、たった一日と少しで文字通りに半減させた終末の炎が、地球を包み込んだ。
地球上の全ての地域を対象とした、包囲殲滅戦。そうとしか表現できない、あまりにも人類を滅ぼすことに特化した行動であった。地下深くのシェルターに潜んでいた者も、海上を不規則に移動し続けていた者も、皆等しく殺された。
人口密集地には
いち早く街から脱出し、エインヘリャルの本拠地から離れようとしても無駄だった。人類にしてみれば圧倒的な速度で、しかしエインヘリャルにとっては確実を期するためにゆっくりと、生き残りの存在しない領域へと塗り潰していった。
そして、たったの27時間で人類の半数を殺傷したエインヘリャルは。
何故か、一瞬で消滅した。
その日から、能力が世界中で確認されるようになった。
「と、ここまでは知っているな?」
無茶言わないでほしい。100年近く前の戦争の詳細など、殆どが初耳だ。
数週間前まで通っていた学校では、「100年くらい前に怖い機械が大暴れした」程度のふわっとした知識しか教わっていないし、不要な情報だと調べようとしたことも無かった。
「まあ、今教えた分だけ覚えておけば十分だろう」
出るぞ、とだけ言って、師匠は自分を連れて部屋を出た。家の前には、今日も疲れた表情の青年が立っていた。
「俺が暴れてもいい場所に飛ばしてくれ」
「そんな場所、地球上のどこにもありませんよ。───北米の荒原とかです?」
「そこで頼む」
相変わらず、無茶ぶりをする師匠。「偏在」と呼ばれていた青年も苦虫を嚙み潰したような表情になるのも仕方がないことだろう。
「にしても、どういう風の吹き回しですか?あなたが弟子を取るだなんて」
「頼まれた、ってのが始まりだったんだがな」
そこまで言うと、師匠は振り返って自分の頭を乱雑に撫でた。身長が縮みそうなので全力の不服顔で抵抗する。
「こいつなら、或いは。だなんて思っちまうんだ」
「......そうですか。あなたらしくもない───いえ、一周回ってあなたらしい」
「なんだそりゃ」
快活に笑う師匠の表情は、まるで友人と談笑する無垢な少年のようで。
それとは対照的な青年の表情がなんだか面白かった。
【2164 1/5 9:24】
今では懐かしい、彼に師事した日々。
たったの1か月、短い間ではあったが自分は多くの事を学んだ。
能力の使い方、心構え、とるべき戦術。
そして、人の殺し方 。
課題整理の手法も、その1つだ。
「付箋───あった」
付箋を使った課題整理法は、ラバーダッキング(人形に説明することで問題を整理できる)と同様に効果的な手法だ。現状で頭を悩ませている課題を書き出し、グループごとに分け、因果関係や深刻度ごとに並べることで効率的に対処することができる。
という訳で、ざっと書き出して並べてみたのだが───
※真白に付加された能力の解除
・「切断者」の特定
・「切断者」の解析
・「切断者」への対策
・能力の抜け道を探る
・襲撃指示役の特定
・真白が狙われる理由の特定
・再発防止
・ランク上げ
・レート上げ
・「紅蓮」及び「鋼」の対処
・支部局長の狙いの調査
軽く思いつくだけでこの量とは。しかも、あと25日の期限付きだ。ラバーダック(ゴム製のアヒル)は残念ながら居ないため、学生時代のデッサン用に買った人形に話しかける。
......以前、似たような状況を真白に見られたことがあった。彼女は「人形に話しかけることはおかしくないよ、ただ返事し始めたら私に言って」と、珍しく長文を喋ったのだが、若干かわいそうなものを見る目だったことは解せない。
「まず、真白に付加された能力について。
支部局長によると、「切断者」の殺害以外での解除は不可能。サリエルさんが視た死相を覆せないなら、彼女ですら「切断者」を殺すには至らない」
サリエルさんは死を視る。何故死ぬのか、いつ死ぬのか、それを何らかのアクションを起こすことで回避できるのか視えるという。
50日以内であることや、死に関することしか視れないとはいえ、彼女は未来を見ることができるのだ。もし、サリエルさんが「切断者」を見ることができれば───いや、危険すぎる。理論上は可能だとしてもこんな手段はとれない。
「そして、ギルドは最上位の戦力を動かしたくないと考えている。
師匠ならば、「切断者」を容易に殺せるだろう。支部局長や、あるいはサフィエルさんも同様に可能だろう。にも拘らず手を出そうとしないのは、支部局長が言ったように攻撃性が低く攻撃範囲が広すぎることが問題である訳がない。
そもそも、あの事件を見て攻撃性が低いと断定することは出来ないはず。そして、支部局長が自分に言った情報のうち最後の部分以外はSS⁻ランク以上の組合員なら誰でもアクセスできる範囲の情報であるはず。
つまり、ギルドは事件後に「切断者」と接触を果たしている。
「その結果として攻撃性が低いと断定した。
つまり、本当に攻撃性が低く争いを好まない
そう断定するしかないほどに、危険な相手なのか。これほどの戦力を擁しているギルドでさえも尻込みするほどの強さは、想像し難いが───
「可能性としては、捨てきれないか。
そして、そんな敵を自分は殺さなければならない、と」
これ以上は情報が足りない。あくまで予想の範疇に過ぎないため確証も無いが、あり得ないと斬って捨てるには怪しすぎるのもまた事実だ。最悪に近い想定だが、それすら対処できるようにならなければ確実を期することは出来ない。
「特定は容易、今後も情報を集めていけば「巨視」で見つけられるだろうし、支部局長が見ているだろう。問題は勝ち筋だ」
【Hue】と「巨視」の組み合わせなら、それなりの情報でも個人の位置を特定することができる。例えば能力を使った痕跡、残留物に含まれるDNAなんかでも十分だ。
だが、見つけたから勝てるかと言われれば、答えは否だ。
「仮に「切断」だけを相手にしても遠距離戦で勝つのは不可能、中距離だと圧倒的に不利だな。とはいえ不用意に近寄るのも危険、か」
奴の射程は100㎞を超えると予測されている。リンさんの能力は10秒間効果を発揮するが、ライトガスガンの初速理論値が秒速11㎞に過ぎない。射程ギリギリの範囲で、リンさんにあの
かといって近寄れば、「切断」以外の能力にも気を配らなければならない。おそらく、スヴォルは「切断」によって消滅する。回避以外の選択肢がない攻撃を相手にしながら接近し、SSS⁻レート以上かつ情報不足の敵を殺すのがいかに困難か。
「今考えても無駄か。再発防止にしたって、真白が狙われる理由と襲撃指示役の正体が分からない事には手の出しようがない」
真白が狙われる理由も、襲撃指示役の正体も何一つ分からない。結局は、何をするにも情報不足と言うことだ。支部局長の狙いなど、皆目見当がつかない。
自分が邪魔なのか、或いは何かのために利用する気なのか。どちらにせよ、今ギルドを抜けるという選択肢はない、飼い殺されることのないように立ち回るくらいしか対抗手段はない。
椅子に深く腰掛け、上を向いて大きく溜息を吐いた。こなすべき課題に対して、自分があまりにも無知であることが良く分かった。気が滅入るのも仕方がない。
「今できるのは、「紅蓮」と「鋼」を殺してランクとレートを上げることだけ、か。
───本当に、間に合うのか?」
タイムリミットは、あと25日。
その間に、糸口すら掴めていない敵の正体を見極め、「切断者」を殺せる力を付けなければならない。
少年漫画の主人公のように、窮地に追い込まれれば都合よく覚醒するなんてことは無い。ただ迫りくる現実に、当然のように押し潰されるだけだ。
仮に目覚めたとしても、そんな力は───
「......とりあえず、「魔眼」の運用について考えてみるか」
彼女は、今何を考えているだろうか。
今も、自分を憎んでいるだろうか。
真白の現状を知れば、どんな顔をするだろうか。
真白の親友であり、自分が守れなかった人。
あの日から行方を眩ませた、1人の少女。
【2164 1/5 2:11】
「......っ、敵襲───」
「おっ、お前!!近寄るなぁ!!」
片足を失い、今にも失血性ショックで意識を手放しそうになりながらも仲間の元へと這う男を、つい先刻まで仲間であった女が蹴り飛ばした。
「な、何で───」
「おまえの脚についた手形、それは───」
「ごぽっ」
訳も分からずに暴行を受けた男は、次の瞬間に血を噴き出して倒れた。数秒前まで彼の喉があった部位は、ごっそりと抉られて消滅していた。
その光景を前に、女はへたり込んでしまう。次は自分の番だと知り、絶望したからだ。
自分が死ぬ番、と言う意味ではない。自分が殺してしまう番、ということだ。
「おいっ、何が───」
「近寄っちゃだめだ!!私にはペイルライダーが───」
「えっ?」
女の胸部に、子供のような小さい手形が刻まれた。それは正面から背中までを貫き、心臓と大動脈の一部を消滅させた。
顔を上げた勢いのまま後ろに倒れ込む女を尻目に、応援に駆け付けた者たちはパニックを引き起こしていた。我先にと、姿の見えない殺戮者から逃げ出そうとした。運悪く端の方に居た数名が圧死するほどの勢いを以て、必死の形相を浮かべた者たちは逃げ惑い、そして全員死んだ。
頭部、頸部、胸部、いずれも急所が完全に消滅しており、即死だった。
どの傷も、小さな手の形をしていた。
「えっ?」
生き残ったのは、最初に女に声を掛けた男1人のみ。
噎せ返るような鉄と臓腑の臭いが充満する屍山血河の中で、呆然と立ち尽くしていた。
男が瞬きした後、自分の胸が熱いことに気が付いた。
何のことは無い、ただ穴が開いて血が流出していただけだった。
それなりに名の知れた違法能力者集団は、たった数十秒で消滅した。
◆
その小さな手だけで多くの敵対者を殺害し、その正体どころか姿を見た者すらいない、死を伝染させる者。
裏世界では「金仏」と並ぶ脅威として知られる暗殺者。
私を、皆は「ペイルライダー」と呼ぶ。
「ましろ......まってて」
ようやくだ。元締めに少しずつ近づいている。
あの男よりも早く、迫っている。
「......次の目標が片付いたら、久しぶりに会いに行こうかな」
彼女はどんな顔をするだろうか。驚くだろうか、喜んでくれるだろうか。血で塗れた私の手を、あの日みたいに握ってくれるだろうか。
あの男に精一杯の嫌味をぶつけて、罪悪感に押し潰されそうな顔を見たいな。
私がやったことを知ったら、あの男はどんな顔で懺悔するだろうか。
「たのしみだなぁ」
壊滅した組織から直線距離で500㎞以上離れたホテルの一室、私は次の標的を探し、数日間滞在したホテルをチェックアウトするために荷造りを始めた。
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