4話「会議」


 【2164 1/3 13:12】 黒曜こくようしゅう





 第三鉱山跡の構造と人質の位置、そして敵の能力の情報に目を通してゆく。


 (人質は3人。40代の夫婦と10代の娘、か。大方、家族で出かけているところを襲われたのだろう。位置は最下層、しかも隔壁の向こう側か)


 自分は、人質の救助には回らないことになりそうだ。そもそも潜入は不得手な上、隔壁の向こう側に居るとなれば破壊するしかない。に、襲撃を行うことになるだろう。


 (敵の構成はBランクが6割、Aランクが3割か。警戒すべき敵は───)


 周囲一定範囲の物質を自在に操る「魔眼」や、自身を細菌サイズまで小さくできる「縮小」といった能力が目に付く。Bランクの中にも何人か油断ならない者が紛れ込んでいるようだが。


 (、こんな戦力を投入するほどの作戦じゃない)


 地下400mまで続く、おそらくトラップだらけの廃坑。そこに潜伏する121名の敵を殲滅しつつ、最下層の人質を無傷で救出し、味方に被害を出さない。そんな作戦が成功するのか。

 簡潔に言ってしまうと、能力なしで達成するのは間違いなく不可能だ。味方の死傷者は大量発生するだろうし、人質の無事など保障できるはずもない。


 だが、この世界には能力がある。しかもこの部屋に集まっているのは、全世界でも上位0.001%に入る精鋭中の精鋭だ。この程度の作戦は容易いことだろう。

 おそらく今回の作戦の目的は、人質の救出と敵の殲滅だけではない。


 (大規模襲撃を許したギルドのイメージ回復、そして新人研修を兼ねているのか)


 どちらも十分に考えられることだ。現にこの部屋には落ち着きがなく緊張した素振りの若者が多く居る。適度な難易度であることから新人研修として利用するため、引率するベテランも数多く参加しているように思える。

 だが、殲滅ならまだしも潜入は重要かつ困難なミッションだ。どのように振り分けられるのか把握しておく必要がある。

 

「事前に潜入し、人質の安全を確保する潜入チームを組みます。3名ほど、立候補をお願いします」


 まさかの立候補制だった。


「あの、リンさん」

「なんだい?」


 思わず、隣に座るリンさんに問う。


「立候補制って、その、問題ないんですか?」

「毎回こんなものだよ」

「ええ......」


 こんな雑に決めていいものだろうか、と思わなくもないが実際にこれまで問題なかったのだろう。


 能力は、願望から生まれるといわれている。強く願ったものはそれだけ強力なものを得るといわれているが、幼少期に獲得した能力の方が強力であるという統計的データも存在する。ただ、どちらにせよ能力を獲得することには違いない。


 だからこそ、想像しやすく体や生活と結びつきやすい能力は多い。特に、五感と関わる能力は全体の60%以上を占めるほどだ。見る、見られる、聞く、聞かれる、そういったことに対して干渉する能力の数は計り知れないし、その多様性は言うまでもない。


 ベテランなら、潜入に適した能力の1つや2つ持っているのだろう。多分。


「人質になってる子かわいいな。白馬の王子様になってくるぜ」

「マジかよ役得じゃん、俺も行くわ」

「中年男子、いっきまーす!」

「では、潜入チームの方はこちらへ。詳細な打ち合わせを行います。あと、人質の女性には彼氏がいるそうです」


 頭を抱えたくなるようなノリで名乗り出る3人の発言と、容赦のない補足情報にどっと笑いが起きる。本当に大丈夫なのだろうか。


「では、この場に居る108名をこれより強襲チームと呼称します。まずは、3人で組んでください」


 学生時代に経験した体育の授業を思わせる指示に従い、皆が思い思いの相手と組むために移動する。


「私と君と、もう1人は───私が決めてもいいかな?」

「はい、よろしくお願いします」


 ギルドに所属して2日目、顔合わせからは数分しか経っていない自分よりもリンさんの方が当然ながら顔が広い。きっと強力な助っ人を呼んでくれるだろう。


「あ、もしかして空いてる?俺入ってもいい?」


 その時、背後から声を掛けられる。

 振り返ると、くたびれたスーツを纏った中年の男がいた。そのけだるげで軽そうな雰囲気と剃る気の見られない無精ひげから受ける印象は、まさしく駄目なおじさんといったものだ。


「トニー、君に組む相手はいないのか」

「生憎、いつも組んでたやつが正月ってことで酒を浴びてるんだわ」


 おかげで独り身だよ、と嘆き大袈裟にに肩を竦める。


「んで、君が噂の「金仏」君か。聞いていたよりも随分と───若いね」

「へえ、やっぱりそうなんだ」

「......まあ、そう呼んでいる人もいますね」


 金仏───金属製の仏像を指す言葉だが、実はもう1つ意味がある。


 それは、融通がきかず感情が無いかのように見える人、という意味だ。おそらく、全身に●●●●を纏った姿や命乞いする敵を撃ち殺したところを誰かに見られていたのだろう。なんにせよ、あまり好ましい通り名ではない。


「おっと、紹介が遅れたな。俺は白上しらかみ絃邦いとくにっていうおじさんだ。ちょい呼びにくいからトニーって呼んでくれ」

黒曜こくようしゅうといいます。自分もシュウと呼んでください」

「おいおい、敬語はやめてくれよ。じゃねえと俺も敬語使っちゃうぞ」


 なんというか、掴みどころのない人だ。軽薄そうな言動に目を取られてしまうが、その実力はかなり高い。彼の中心に視える能力なんて、今までに見たことのない【色】をしている。


「彼はお世辞にも尊敬できる人間とは言えないが、その実力は確かだ」

「おいおい、貶してから褒めるのはやめてくれよ稟花ちゃん。その落差で騙される男も少なくないんだぜ」


 リンさんとトニーは知り合いのようだ。年齢差はそれなりにあるはずだが、まるで気の置けない友人かのように軽口を叩きあっている。


「実力が確かなら、異論はありません。これからよろしくお願いします」


 トニーに向かって軽く会釈すると、「だから敬語はやめろって......」と後頭部を掻きながらぼやく。今後の付き合いもあるだろうし、この人相手には敬語を使わない方が寧ろ正しい気もする。


「分かりましたよ......よろしく、トニー」

「おっ、分かってるじぇねえか。よろしくなー」


 差し出してきた右手を取り、軽く握手する。


「3人揃ったことだし、申告してくるよ」

「お願いします」

「よろしくー」


 進行役の女性に報告しに行ったリンさんにひらひらと手を振っていたトニーが、リンさんの姿が見えなくなった途端に振り返る。


「んで、噂はどこまで本当なんだよ。おじさんにすこーしだけ教えてくれねえか?」

「噂?」

「そりゃ「金仏」としての噂もあるが、ここに入ることになった経緯いきさつも話題になってんだよ」


 ここだけの話だぞ、とトニーは続ける。


「支部局長から直々に誘われたとか、初期ランクを上げるためにレッドライダーの残党を1人で殲滅したとか、あれマジ?」

「両方とも、微妙に違うな」


 支部局長には随分前から誘われていたし、レッドライダーの残党を殲滅したのはただ貧乏くじを引かされただけに過ぎない。初期ランクがS⁻からSに上がったのは今作戦に自分を捻じ込むための───


「いや、そうとも言い切れないか」


 支部局長が、自分を今作戦に投入するメリットはなんだ?戦力は寧ろ過剰気味、まさかとは思うが、純粋にランクを上げるための功績を獲得させる目的だろうか?


「なら、「金仏」の噂はどうなんだ?あの、拳銃で───」

「そこまでだよ。初対面の相手にも気さくに話しかけられるのは君の美徳だけれど、あくまで初対面に過ぎないんだから」


 丸めた紙でトニーの頭を叩いたリンさんが釘をさす。当のトニーはというと「お堅いこと言うなよぉ」と不満そうな様子だが、これ以上話を続けるつもりはなさそうだった。チームが全員分結成されたのか、進行役の女性が説明を再開する。


「今回の坑道は、廃坑になった後に人の手が加えられ拡張されています。ですが、大部隊が侵入するには依然適さない地形です」


 進行役の女性は、よく通る声で続ける。


「よって、最小の小隊スリーマンセルを組み、坑道内に潜むレッドライダー構成員を会敵次第、各個撃破することとなっています」


 部屋の中央、立体ホログラムに表示されている坑道が3色に塗り分けられる。なるほど、坑道を縦に3分割して中央にやや強力な戦力を配置し、脇道に適宜適切な戦力を投入するつもりらしい。これなら、不測の事態が起きた場合にも即座に対応が可能な上、背後から奇襲を受ける心配もない。


「中央を16チーム、合計48名で構成します。立候補されるチームは挙手をお願いします」


 やはり立候補制だったか。もはや驚きもしないが、一抹の不安は残る。


「私たちはどうする?」

「俺はまあ、どこでも」


 リンさんとトニーは、希望する配置はないらしい。だが自分には、中央を選んではいけない理由がある。


「───東か、西か」


 中央だと、味方が強力過ぎて深層まで潜れない可能性が出てくる。そうなれば功績を上げることができない。万が一、深層まで潜れたとしても強敵と出会えるかどうかは運次第───が、自分が戦える保証はない。


 ならば、強敵と会敵しても中央からの援護に少々時間が掛かる東と西を選ぶのみだが、問題は東と西のどちらに強敵が潜んでいるかということだ。


(もし間違えれば、距離と味方の実力から鑑みても間に合うことは無い。そうなってしまえば、今作戦で何も得ることができず3日間の依頼受領禁止を食らうだけだ)


 選ばなければならない。


「では次に、西ブロックを10チーム、合計30人で構成します。立候補されるチームの方は挙手をお願いします」


 選びきれない。まさかこんな重要な選択を運に任せるほか無いとは、己の迂闊さが恨めしい。

 その時、自分の肩にリンさんが手を置いてきた。まるで幼子を諭すかのように、優しく語り掛けてくる。


「悩んでも仕方がない時だってあるよ。君が思うがままに選べばいい」


 その言葉で、吹っ切れた。


「トニー、リンさん。西で構いませんか?」


「うん」

「ああ、いいぞ」

「ありがとうございます」


 もし間違えても、これで終わりじゃない。悩んでも仕方がない。正解が分からないなら、最後に信じられるのは己の勘だけだ。


 そして、自分は迷いなく、真っ直ぐに手を挙げた。





 【2164 1/3 14:03】 黒曜こくようしゅう





「これにて、作戦コードPpEsⅢrateSS⁺127[第三鉱山跡殲滅作戦]のミーティングを終了します」


 ミーティングはつつがなく終了した。トニーはこれから知り合いと酒を飲んでくるらしく、「寝坊したら許してくれ」などとのたまっていた。反面教師としてはこれ以上ないほどに優秀な言動に、リンさんも思わず溜息を吐いていた。


「君は、これからどうするんだい?」

「特に予定はありません。強いて挙げるなら、軽く明日の準備をするくらいです」

「なら、少々付き合ってもらえないか?」

「───何にです?」


 一瞬、返答が遅れたのは、リンさんの発言の意味を履き違えていたからでは断じてない。ただ、どう返答するべきか迷っただけだ。


「君拳銃を使うんだろう?色々と聞きたいことがある」

「ああ、そういう」


 正確には、自分が使っているものは拳銃を模しただけの鉄塊だ。だが、そのことを端的に説明するのは難しい。今作戦でも多用することになる●●●●について、話しておいたほうが良いだろう。


「分かりました、どこで話しましょうか」

「おすすめの場所があるんだ」


 何やら含みのある言葉を口にするリンさんに連れられ、8つあるうち右から2番目のエレベーターに乗り込む。彼女が押したボタンはB1、つまりは地下だった。これまではもっぱら階段を使っていたので、地下施設があることは初耳だ。


「地下、ですか。どんな施設があるんです?」

「有体に言えば、訓練施設だよ。それもかなり巨大な」


 30秒ほどかけて、ようやくエレベーターが減速し始める。一体、どこまで下降するのだろうか。


「ここなら人の目は気にしなくてもいい。監視の類は一切無いことは、私がこの目で確認済みだ」


 エレベーターを降りると、自分は巨大な十字路の中心にいた。その幅は10メートルを超え、高さに至っては正確に把握することすらできない。振り返ると、巨大なエレベーターのシャフトが塔のように聳え立っている。


「すごい広さですね」

「一辺が100mの立方体が4つ並んでいるようなものだからね。私も初めて訪れたときには圧倒されたよ」


 2人分の足音だけが、巨大な通路を空しく反響する。そのまま50メートルほど進むと、地下───ここも十分に地下深くだが───へと続く階段が現れた。

 どうやら、扉を側面ではなく底面に作ってあるようだ。


 階段を下り、潜水艦のハッチを思わせる重厚な扉を開く。


「これは───」


 とにかく、広い。


 先ほどリンさんが「一辺100mの立方体」と言っていたが、実際に目にするとその凄まじさがよく分かる。まるで現実味のない、無機質な白い壁に囲まれた空間は不気味ですらある。


「君についていろいろと聞きたいことはあるが、私自身について話してから聞くのが道理というものだろう。明日の作戦のすり合わせも兼ねて、君からの意見やアドバイスも欲しい」


 つらつらと説明するリンさんは、おもむろに壁際のコンソールを操作する。途端、80mほど離れた位置に人型の的が出現する。よく視てみると、地面となっている素材が変形して形作られているらしい。


「だから、まず私の能力を見てほしい」


 ショルダーホルスターから、2丁の拳銃が目にも留まらぬ速度で抜かれる。左手に握るのはFNファイブセブン。そして、右手に握るのは───


 (トーラス・レイジングブル、まさかマグナム弾を使用する大型リボルバーまで扱うのか)


 口径から推察するに、使用する弾丸は.454カスール弾だろう。銃そのものもかなりの重量だが、それで殺しきれないほどに強大な反動が発生するため『身体強化』系のスキルを持っていることはほぼ確定と言ってもいい。


 そして、彼女は2つの銃口を向けた。


 全く重量、速度の異なる弾丸が、同時に発射される。

 当然ながら、リンさんから向かって正面にある的に当たるはずがない。だが、自分の目はを確かに捉えていた。


 弾丸が、天井にめり込む寸前で鋭角にその弾道を変える。全く減速せず、それどころか僅かに加速しながら弾丸は飛翔し。


 .454カスール弾が心臓付近に、5.7mm弾が眉間に命中。硬質な的の表面に大きな罅を生じさせるところを。



 


 



 


 

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