第25話 青くあるべきもの
大型円盤が停止及び落下し、他の機械もまた沈黙した最上部の空間。落下の影響で下層の被害が酷いせいか、後続も来る様子はない。
束の間の休戦。
周囲には疲れ果たした男達が倒れる。勝利の代償で全員がなんらかの負傷をしており、命にかかわる危険な状態の者も多い。ショトラに加え、階下に残っていた者達が上がってきて治療に当たった。命を救う為に慌ただしく、再び戦闘中のような有り様だった。
そうして落ち着いたところでようやく、本来の目的を果たせる。
妨害が無くなったので、ショトラは扉をこじ開ける事に専念出来た。熱の影響で損傷した部分が多く時間はかかってしまったが。
作業が終わり、再び満ちる静寂。
その中で、ハイト一人がよろよろと立ち上がる。ローズに支えてもらうような状態で、それでも気丈に前を向く。
「じゃ、行くか……」
「キミ、無理はせず休んだらどうだ」
「ここまで来たら、最後まで付き合うさ。今度は、何が、待ち構えてるんだろうな」
「……さて。あの扉が最終防衛線だったなら、戦力はもう無いだろうが……」
二人、前を見据える。
ハイトの状態は酷く、立つのも辛く、寝ていたかった。だが、神聖な鎧を身に付けた英雄として、来訪した英雄の相棒として、意地でも最後まで見届けたかったのだ。
ショトラもそんなハイトの気持ちを理解してか、引き下がってまで止めはしなかった。
いよいよ、扉の向こう側へと足を踏み入れる。
「気配は無いな……」
続く通路は静かだった。明るく照らされているが、寒々しい印象。動く物の気配がまるでない。不気味な沈黙が満ちている。
ローズには乗らず、隣に控えさせて慎重に歩いて進む。反応を探りつつ、一歩一歩。
息も詰まる緊張の中、二人と一頭は確実に奥へと向かっていった。
その先に、人影を見つけた。
疑い無く敵、略奪者の異星人である。
ショトラとはまた違う。
顔は青白くもつるりとしてもいない。肌は茶色で硬質、目は大きく出っ張っていて、まるで虫のような顔。
衣服はショトラと似たように細身で飾り気のない意匠だが、合わさると全く異なる印象を受ける。単に立ち上がった虫ではなく、知性と文化を持つ生物なのだと一目で把握させられた。
待ち伏せか。
何が飛び出してくるか分からない。警戒し、身構えた。
いつでも攻撃出来るように銛を強く握る。ローズにも飛行の備えをさせる。呼吸を整え、戦意を高める。
最後の最後まで気を緩めず、敵の挙動を見据える。
しかし結果は予想外。
その生物が、いきなり床に身を投げ出したのだ。
「命だけはっ、どうか命だけは助けてくださいぃっ!」
絶叫がよく響いた。
反響して何度も何度も耳へとぶつかってくる。だからこそ余計に思いは伝わった。
これは彼の全てを懸けた心の叫び。全身全霊の命乞いだった。
「…………………………ああ?」
ハイトは拍子抜けして立ち尽くした。
間抜け面で固まり、情けない姿をまじまじと見つめるばかり。戦意は彼方へ吹き飛んでしまった。
だが、少し考えてみれば理解はできた。
強大だった戦力を失い、強固な扉も突破されたのだ。見たところ完全に機械頼りで本人に戦う力も無い。もう抵抗の手段が無いとすれば、確かにこの行動も納得できる。
危機を前にした人間がとれる行動は限られているのだから。
ハイトはこういう事もあるか、と素直に受け入れてしまった。
しかし、ショトラは。
未知の土地に協力者を求めてきた来訪者は。
激しい憎悪を静かに溜め込んでいた復讐者は。
「ふっ……ざけるなぁ!!」
激昂。
瞬時に敵へ飛びかかって頭を掴み、怒声を浴びせる。
声と息を荒げ、大きな目はギョロリと剥かれ、小さな口さえも歯が見える程に開く。乏しかった表情はどこへやら。今は怒り一色。
静かに燃えていたはずの憎悪が、爆発していた。
分かっていた。この反応は、当然だ。
ただでさえ、敵を目にすれば冷静でいられなかっただろう。抵抗されれば必要以上に暴力的になっていたかもしれない。
ただ、無抵抗だからこその怒りがある。人のものを奪っておきながら、自分だけは助かろうとしている。
許せないだろう。こんな呆気ない幕引きはみとめられないだろう。
それだけ奪われたものを大切に思っていたのだ。
だが、ハイトは、ショトラの感情を理解しつつも、この様を否定したかった。
余りの激情を見て、冷めさせられたという事もある。
だが、それ以上に、この姿は悲しい。哀れで、痛々しい。
それは、恩人であり戦友であるショトラに、似つかわしくない。報われない。相応しくない。そう思った。
とにかく、こんな姿は見たくなかったのだ。
ハイトはなりふり構わずショトラを羽交い締めにする。
「ちよっ、待て! 落ち着け!」
「お前は、お前らが何をしたかっ!? 今更そんな態度でっ! 許されると思っているのか!?」
しかし、気にも留めてくれない。何処にあったかと驚く程の力ではねのけられてしまう。仇を掴んで、おおきく揺さぶり、吠える。
「責任から逃げようとするな!」
「お、俺は、ただの雇われで、指示された事をやっただけで……」
「ならば上の人間は何処だ!? 下に任せて逃げようとしているのか!?」
「何処も何も、この艦には俺一人だけで」
「…………は?」
答えを聞いた瞬間、固まるショトラ。理解と納得に、長い時間がかかったのか。
顔が一層白くなり、瞳が暗くなる。
恐る恐る、怒りを無理矢理抑えるような、爆発寸前のような口調で、問いかける。
「…………この規模の艦隊だぞ? 一つの星を滅ぼそうとしたんだぞ? それを、たかが
「そうだよ! だから俺に責任は」
「ふざけるなっ!」
「なひゃっ!?」
「ふざけるな、ふざけるなふざけるなっ! お前達はっ、どれだけ他の星を見下すんだっ! 馬鹿にするんだ! この、野蛮な非文明人がっ!」
声を更に荒げ、激しく揺さぶり、憎悪を醜く吐き出す。
憎しみのあまり、考えも視界も狭まっている。本能に従う獣と化している。
こんな姿、見たくはない。
だから、無理矢理にでも、止める。
「ローズ」
「グワゥオオオオオォォォッ!!」
「ピャアッ!?」
「あひぃっ!?」
翼竜の咆哮が響き、飛び上がる異星人二人。強制的に反応してしまう刺激を与えた。
この隙に両者を引き離す。
ショトラには恨みがましい目で睨まれ、騒いで暴れられた。だが幾ら恨まれようと、解放する訳にはいかない。疲れきった体に鞭を打って、強引に抑える。
だがそれも長くはない。怒りを発散して、体力も使い切って、落ち着いてくる。するとショトラは、消え入りそうな声で呟いた。
「……これじゃあ、ワタシは何もしてやれないじゃないか……」
寂しげで、悔しげで、悲愴感が漂う。
仲間の為にと進んできた感情の行き先が無く、無為に散っていく。
末端を罰したところで、本来の仇には届かない。八つ当たりにしかならない。
漂うのは、諦念と絶望。無念さにうちひしがれ、脱け殻のように成り果ててしまっている。
実際、燃料だった憎悪が燃え尽き、精神を支えられなくなってしまったのだろう。それだけの苦境だったのだ。
やはり、見ていられない。このままにしておけない。
だからハイトは思う。今度は、自分の番だと。
冷えた頭には、ショトラを救う為の考えが浮かんでいた。
「おい、お前に聞きたい事がある」
問いつつ、大人しくしていた仇へ、ローズに口を開けて迫らせる。すぐにでも牙が貫きそうな程度にまで。
効果は大いにあった。
「はっ、はいいぃ! なんでしょうかっ!?」
「お前らが昔連れ去ったコイツの仲間は生きてるよな? そんな無駄な事はしないよな?」
ショトラを離し、近寄って凄み、詰問。
ローズへの恐怖からか、スラスラと答えてくれる。
「ええと、ハイ。まず間違いなく。知識と技術を吸収する為に、生かしているかと。ハイ」
「居場所は?」
「……それは、分かりかねます。母星か、何処かの重要拠点だとは思いますが」
「じゃあ調べろ。ここで無理なら、それが出来る場所か人を探せ」
「は? いやそれは流石に反逆行為……」
「ローズ」
協力を渋ったので、再び咆哮をあげさせる。
「ひぃへあああああっ!? 分かりました分かりました! 考えます調べます手引きしますっ!」
「おいキミ、何を考えている? まさか」
途中で割り込み、ショトラは震える声で尋ねてくる。答えは分かりきっているだろうに。
ここは大事な場面。目を真っ直ぐ見つめて、ハッキリと言ってやる。
「助けに行くんだよ! この艦で、アンタの仲間全員!」
ショトラの顔色が変わった。
死人めいた絶望一色から、少しだけ。それも良い感情ではなく。大きな戸惑いと、恐れ。
それをもって提案を拒絶する。
「…………待て、待て待て。待つんだキミ」
「なんでだ。情報も戦力も確保できた。今まではともかく、助けられない理由なんてもう無いだろ」
「……気軽に言ってくれるな。本拠地となれば今回とは比べ物にならないぞ。規模も、戦力も。到底可能だとは思えない」
「それがどうした」
「気持ちは有難いが、やはり無謀だ。夢にしてもあり得ない」
「だから、それがどうした」
強く、言葉に力を込める。賢いが故に絶望してしまうショトラを説き伏せる為に。
ハイトは馬鹿なのだと自覚している。だからこそ前に進める事もあるのだと確信している。そう、これは役割分担。
火を分け与えるように、燃え広がるように、意思を表明する。
「俺はやるぞ。奴らから全てを取り戻す」
「青い。現実は甘くないんだ」
「んなもん知ってる。今日以上に死にそうな思いするんだとしても、今更だ。止める理由にはならねえ」
「どうしてそこまで食い下がるんだ。キミの目的は達成しただろう」
「いいや、してない」
まだ思い違いをしているのか。既に一蓮托生の間柄なのに、自分一人の問題だと。
怪訝な顔のショトラに、一言一言丁寧に発音して、言ってやる。
「アンタが助かってない。何も取り戻せてない。一番の英雄であるべきアンタが、こんな終わり方だなんて、俺が認めない」
「……だから、気持ちは有り難いが、それとこれとは話が……」
「いいや。生き残った英雄は報われるべきなんだ。俺達の先祖も、子孫に囲まれた幸せな最期だった。だから、幸せにならなきゃいけない。その為にまだ戦いが必要だってんなら、休まず戦い続けなきゃいけないんだ。俺達は」
馬鹿なりの理論。それは自殺行為を正当化するだけの夢物語かもしれない。それでも、暗黒の星空を駆け抜けたこの身は、夢と現実の差なんて簡単に乗り越えられると、知ってしまったのだ。
苦笑の気配。いつの間にかショトラは穏やかな顔をしていた。
「……全く。やはり滅茶苦茶だ。キミが誘っているのは、幸せとは正反対の茨の道じゃないか」
「仕方ねえだろ。英雄ってのはそういう存在で、夢ってのもそういうもんだ。難しいから、全力で追いかけるんだろ」
「…………ああ、確かに、そうかもしれないな……」
目を伏せ、囁くショトラ。そこには不満と呆れが滲む。
だが、声には大切な物を愛しむ色があって、大きな瞳は濡れていて。絶望にも光が届いたと思える。
今ようやく思いの根元と向き合い、憎しみよりも愛情が上回ったのだ。
理想は理想。現実は厳しい。だからこそ、迷っている。青い夢物語に挑むのは、分の悪い賭けでしかないから。
それでもやはり、諦められないのだ。
顔が上がる。向き合った瞳の奥には、強い願いが燃えていた。憎悪以外の燃料によって。
「そうだな、まだ終わっていない。全てを取り戻そう。だから、有難く力を貸してもらう。終わるまで、何年かかっても知らないぞ?」
「関係無いね。この星空で過ごす人生も悪くない」
即答。
そんな苦難は望むところ。覚悟はしている。
だから揺るがず、不敵に笑う。ショトラもまた、暗い色を消して苛烈に笑った。
二人、戦意を燃やす。
「だが……まずは、帰そう。キミが取り戻した全てを、キミの星へ」
「ああ。それでまたすぐに戻ってくるぞ、この宙に」
二人は固く誓った。
夢を叶えるその時まで、夜空を駆ける戦いは終わらない。
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