第16話 攻城トライアングル
「よーしよしローズ、よくやったな!」
支配下に置かれた円盤の上で、ハイトはローズに乗ったショトラと合流。
並走しているので飛び移ろうとしたが、流石に体力の問題で断念した。正確に表現すればショトラによって断念させられた。
ローズに乗れない悔しさに涙ぐんでいると心底から呆れた目を向けられて、なんだか距離を感じた。
それはともかく岸壁から移動。緑が多く、湧水も飲める、休息に適した地域へ。
そこで早速ハイトとローズは休憩と栄養補給。
ショトラは小型の円盤をいじり始めた。開いた底から内部に入り込んで、なにやら楽しそうに。職人が金属を扱う時のような軽快な音も聞こえてきた。
休む事が最重要であるが、どうしても興味が湧いてしまうハイト。折角の話す為の道具を使い、外側から声をかける。
「どうだ? 何か良い事は分かったか?」
「…………」
「どうだ? おーい?」
「…………」
ただ、金属をいじる音が聞こえるだけだった。独り言すらもない。余程集中しているらしい。
ハイトは一人寂しく、採ってきた果物をかじる。
疲労を回復する為に少し眠ろうかとの考えがよぎったが、ローズの世話が先だと気合いを入れ直す。食事に水浴び、ブラッシング。功労者への労いを欠かしてはいけない。
だが、戦いで火照った体に涼風が心地好く、疲労した心身も休みを求めている。
結果として強烈な睡魔の手に襲われる。手を動かしていると次第にうとうとしだし、いつの間にか寝入ってしまったのだった。
「キミ、起きろ。戦うぞ」
「んん?」
「今からあの部隊長を攻略する。そしてそのまますぐに宇宙へ出発だ」
起き抜けの頭で理解する。理解したが、疲れが滲み出る顔のハイトには納得がいかない。
「……そのまま宇宙? いや、あの小さいのだけでもこんだけ疲れたんだが……」
「申し訳ないが無理してもらう。情報を盗んで分かった。勝利の機会は今しかない。電撃作戦だ」
真っ直ぐハイトの目を見つめてくるショトラの態度は何処までも真摯で、真剣そのもの。
本気なのだ。これが最適解だと判断したのだ。
だったら答えは決まっている。
知識や知恵のあるショトラと比べ、ハイトが持っているものと言えば、気合いと根性。
頬を叩いて気合いを入れ、勢いをつけて立ち上がる。
「仕方ねえ。まあ、無茶は今更だしな」
「ああ。有り難う」
「んなのお互い様だ」
言葉を交わし、意思を共有。
起きた時点で準備は終わっていた。すぐにでも出発出来るという。仕事が早く、寝ていたハイトは申し訳なくなる。
まずは奪った捕虜の出番だった。
ショトラが円盤を操作し、先に上昇させる。本当に自由に操れるのだと実感して、改めて感心していた。
かつての敵を見送って、自分も続こうとローズに跨がる。
「さて、今度はもっと手強いんだよな」
「ああ。今の内に補給を済ませておくといい」
「そっちこそどうだ?」
魚の燻製を差し出す。自宅から持ち出してきた保存食だが、ハイトもお気に入りの逸品。魚の味が濃く、疲れた体には丁度いい。
ショトラの口に合うかは分からないし断られるかと思ったが、迷いなく頷いてくれた。
「そうだな。頂こう」
「……そういや、昨日断られた切りだったっけか。こんな保存食で悪いな」
「いいや。悪くない」
「なら良かった。だけどな、祭の料理はそれより遥かに旨かったんだぞ?」
「それは惜しい事をした」
固さを取り除くべく和やかに。しかし戦意は緩めずに。会話は淀みなく流れる。
そうして気持ちを整え、二人乗りのローズは出発した。
強い風を浴びつつ、上空へ。
頭上の偉容が迫るにつれて、自然と緊張してくる。戦意が高揚してくる。
そして、戦いの時はやってきた。
先行する円盤の行き先で、指揮をする大型の円盤の底が開いた。損傷した部下を認め、招き入れる為に。円盤はゆっくりと上昇していき、収容する入り口は広く余裕を持って造られている。
それが、狙い目。
この時、この隙間なら、堂々と内部へ侵入が出来るのだ。
「さあ、乗り込むぞ」
「おうよ!」
言葉だけでなく、行動でもショトラに応える。
再びローズの背にはハイトとショトラが揃っている。恐れるものはあれど、勝てないものではない。後は行動あるのみだ。
速く、高く、羽ばたいて、加速。
空へ空へと風より速く昇る。
手綱を操りローズに指示。進路を狭く見える隙間へ、的確に。
万が一衝突すればただでは済まない。だが、万が一、だ。
無事成功させる自信がある。全てを任せているショトラに比べれば、ハイトにはそれしかないのだから。
一呼吸し、集中。
姿勢を整え翼を畳ませ、一息に突っ込む。
側壁と円盤が迫り、周囲から風と雲が消えゆく。圧力が緊張を呼び、猛烈な速度による風圧に顔が歪む。安全な道だけを見据える。
勝負は、一瞬。
「よしっ!」
二層に渡る穴を、一息で通り抜ける。
突破に思わず上げる歓声。無事に大型の円盤内部へ入り込んだ。
辺りを見渡せば、そこは金属の壁に囲まれた広い空間だった。ショトラの船とは規模から違うが、それ以上に息が詰まる。酷く冷たく暗い印象を受けた。
「次はアレだ!」
ショトラが天井の一点を向け、武器から光線を発射した。位置が分かりやすくて非常に助かる。
そこへ向けて、更に加速。今度は隙間などなく衝突するしかないのだが、それでも構わず。
沈黙。集中。
直前に、ローズの姿勢を変える。
天井へ脚から着地するように、踏みつけるように、勢いを全てぶつけるように。
頭からの急降下突撃を、足が下になる形へ。クラーケン相手に実行したものの、その天地真逆である。
そして、轟音。衝撃。粉砕。
自爆覚悟の突進で、天井の金属壁を突き破ったのだ。ひしゃげて出現した穴から覗けば、そこの空間は小柄なショトラはともかく、ハイトには狭い。補修用の無人機が通れる最低限の空間しかない制御室、であるらしい。
そもそも、今の衝突でハイトもショトラもローズも傷を負っている。頭がふらふらして全身が痺れていた。
だが、そんな状態でも、声は高らかに響いた。
「さあ別行動だ!」
「おい、大丈夫じゃねえだろ!」
「無理をすると言ったはずだ!」
そう言いながらショトラは穴の縁に手をかけ、思いの外身軽によじ登った。怪我もそのまま、危なげな足取りで進んでいく。
覚悟は伝わった。
止められないのなら、自分も応えるしかない。
意気込みの雄叫びを腹の底から叫ぶ。
「邪魔はさせねえぞオラァ!」
緊張をもたらす音が響いている。機械が駆動する振動も伝わってくる。
天井や壁から伸びてくる金属の細い管。腕で抱えられる程度の大きさの超小型の円盤。
侵入者を排除すべく、敵が現れたのだ。
目に見えぬ戦いを城塞への進入に喩えたが、今回は比喩ではない。たった二人と一頭でこの城塞めいた乗り物を攻略しようとしているのだ。
戦意が、昂る。
「ローズ!」
相棒の鳴き声も元気が良い。
まずは姿勢を直し、天井から飛び立つ。そして手近な円盤に、頭から体当たりを食らわせた。
衝撃。軽い相手を一方的に吹き飛ばす。
そのまま勢いを殺さずに次を見定めようとして、戸惑う。
「なんだ!?」
機械の管から白い霧が噴出。
正体は不明だが、どう考えても悪影響があるだろう。舌打ちし、ローズと共に素早く逃げる。
とはいえ穴から離れては役目が果たせない。
だから投網を広げる。鮮やかな技で数機の円盤が網にかかる。そしてその網を、中の円盤ごと豪快に振り回した。
「うおらっ!」
鐘の音とはいかない騒音が反響。金属同士の激突により、ショトラを狙う敵は損傷し、散らばった。
手応えに笑みを浮かべ、更に速度を乗せて振り回す。管を、円盤を、即席の得物で叩き払っていく。
傍目からは怪力に見えるかもしれないが、正確にはローズの推進力を上手く利用しているのだ。手綱を正確に握らなければ円盤の抵抗に負けてしまう。見た目と裏腹に細心の注意が必要な芸当であった。
「そっちは順調か!?」
「ああ! 遠隔でも不正でもなく直接操作出来るんだ。順調に決まっている」
「そりゃ良かった!」
相棒の進捗を確認し、網を振るう。順調に数を減らしているが、流石に一方的ではない。
管の霧を羽ばたきで散らしていると、その留まった背中に激痛が生じた。経験からして痣になるような打撲。見れば黒い玉が落ちていった。それが矢のように発射されたらしい。
それに加え、最早慣れ親しんだ、目に見えぬ衝撃。音波もあった。
音波は耐えるしかないが、玉は違う。見極めて避けるか、狙われないような不規則な飛び方をするか。そういう手もある。
しかし、ハイトが自信を持つのは、やはり気合いと根性。回避より、振り回す為の速度を優先する選択をした。
重くなっている網を一振り。二振り。轟と叩きつければ、黒い玉を三つは食らう。
歯を食い縛って我慢し、笑って苦痛を誤魔化す。頭を占めるのは防御よりも、いち早く殲滅するという考え。
それはなにより、潜入した中間の為。
ショトラが登った穴を中心に円を描くローズの飛行軌道。その後には飛ばなくなった円盤、黒い玉、流れ落ちた血、互いの攻撃の結果が残る。
被害を除けばある意味順調な道行き。
その先に、待ち伏せるように白い霧。あえなく突っ込んでしまう。
「うお!?」
毒か、単なる目眩ましか。
警戒するハイトに、異変はすぐ表れた。
体の力が抜ける。頭が鈍くなる。強烈な一つの欲求が巻き起こる。
襲ってきたのは、眠気。要は眠り薬だった。
「はん。だったら……」
荷物にあった銛をグサリと突き出した。自分の太股に。激痛が走り、血が流れ、眠気が多少ましになる。
と、その時、体勢がガクンと傾いた。
それでようやく気付く。霧を吸ったのはローズも同じだと。
素早く笛を取り出し、悪いと思いながら耳元で強く吹く。
すると珍しい驚いた時の鳴き声が上がり、飛行が安定した。
「ハハッ、かかってこいよ!」
叫び、龍の血を呼び覚ます。自身を加熱する為に。
熱くて寝られないように、眠気を燃やし尽くすように、内部の炎を大きく大きく育てる。
これで、まだ、動ける。その力がある。
「うらああっ!」
まるで虫退治。高速で飛び、振り回し、殴る。
熱くなったハイトは残った一機に至るまで得物をお見舞いし、壁に叩きつけて沈黙させていった。
「……よう。遅かったな」
ショトラからの連絡が来た時、ハイトはローズの怪我を治療し、鱗一枚一枚を丁寧に磨いていた。
名残惜しくも中断し、迎えに行って、床まで降りる。その途中で手放しの賞賛が口にされた。
「よくやってくれたよ。キミは凄いな」
「いやいや、俺だけじゃなくてローズも誉めてくれよ」
「ああ、それは悪い。……ローズ、キミも凄いな」
ショトラが優しい手付きで撫でれば、ローズは甘えるように鳴いた。
他人には中々気を許さないが、既に何度も乗せた相手。上位の存在として認めているようだ。それに少し妬いてしまうのは仕方ない。
仕方ないが、今はどうにも出来ない。
ほとんど目が閉じかかっていたハイトは、床に着くなり大の字に倒れる。
無理を重ねて、疲労はまたも限界なのだった。
「じゃあ俺は寝る。宇宙に着いたら起こしてくれ」
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