第14話 竜と鋼のドッグファイト
傾きかけの太陽が君臨し、大きな雲が彷徨する青空。見慣れた壮大な景色に、我が物顔で混ざり混む異物があった。空飛ぶ円盤である。
小型のそれらの数は少なくとも十以上。海の向こうを目指す物もあれば、島内で小動物や植物を回収する物もある。それこそ自由に、当然のように。
異星の住人による略奪。
その光景は怒りを燃やす十分な薪だった。
反撃の初手として円盤の奪取を決めて話し合い、準備を整える間、苦労や疲労も感じず速やかに終えられたのはこの為だろうか。
そして再び戻ってきた祠の前。作戦開始直前。
ハイトは先にローズの背に乗ったショトラに問いかける。
「調子はどうだ?」
「ああ、悪くない」
機嫌の良さそうな返事を聞き、安心して自らも跨がる。新たな鞍の乗り心地を確かめるショトラに注意して、二人乗りの状態になった。
この二つ目の鞍は準備の成果である。腕で抱えるだけの姿勢には不満だったし、安全性にも問題があった。
持ち主不在の物を使わせてもらったので一から作るような手間はなかった。だが、小さいので寸法を合わせるのに手間取ってしまった。
そしてハイトの頭にも新しい物が装着されていた。彼からすると固くて軽い、石のような素材の耳当てである。
しかしショトラによれば、自身が身に付けているものと同様の多機能端末、らしい。
その気になれば様々な事が出来るが、今は二つ。
まずは、散々苦しめられた円盤による不可視の攻撃(音を用いた攻撃らしい)を軽減する事。
そして、遠距離で会話する機能も使えるようにしてあるようだ。それを試してみた時、ハイトも異星の文化には慣れてきたと思ったが、まだまだ理解不足だったと痛感した。
「ローズもいいな?」
首の辺りを撫でながら問えば、景気の良い鳴き声を返してくれた。どうやら絶好調らしい。
自身も負けじと気合いの一声をあげる。
「っし、行くか!」
「ああ。挑戦だ」
助走をつけ、風に乗って空へと飛び上がる。
祠のある聖なる火山。その険しい山肌を眼下にぐんぐんと速度を上げていく。
視界の中心に据えるのは鋼の異物。低木に光線を照射している、略奪者。
小型の円盤とはいっても翼を広げたローズより一回りは大きい。一人で獲れそうと言ったのは早計だったか。
だからこそ、二人で十全に準備を整えた。
覚悟を決め、滑空して一気に近付いていく。
まだ偽装が効いているらしく、相手に反応は無い。絶好の機会である。
「フゥ……っ!」
一呼吸し、集中。
飛行姿勢を安定させつつ、手に使い慣れた投網を持った。手綱を離し、丁寧に扱う。
そして飛行中の鞍上で、器用に腰、肩、全身を使い、的確に振りかぶる。
「これ以上好き勝手すんじゃねえよ」
すれ違う瞬間を見極め、網を投げた。綺麗に扇状へ広がり、きっちり狙い通りの位置へ。
子供の頃から叩き込まれ、繰り返し特訓してきた、漁師としての基本である。無論生き物以外に向けて使うのは初めてだが、要領は同じだ。
しかし、網が包んだのは空気のみ。被さる前に高速機動で逃げられてしまった。
網を手早く回収しながら、ハイトはあっけらかんと呟く。
「ま、そりゃ無理か」
「そうだ。ここからが勝負だ。気を引き締めろ」
もう偽装には騙されなくなったか、円盤の反撃がくる。
不可視の衝撃が頭痛と吐き気を引き起こした。体がぐらつく。世界が揺れる。苦痛に苛まれる。
しかしショトラのお陰で軽くなっている上に、残る痛みも昨夜の戦いで馴れたもの。気合いで強引に吹き飛ばし、意識して勇ましく吠える。
「そら! こっちだ下端!」
反転して山の方へ飛んでいく。まずは逃げ、ある場所まで誘導する。それがショトラと立てた作戦だった。
しかし言うほど簡単ではない。
冷酷な魔王の手下は高速で追いかけてくる。静かに、一直線に、機械的に、略奪の獲物を。
そしてすぐ背後にまで追い付けば、急角度で進路を変え真上をとった。
頭上の円盤。その見覚えのある状況に戦慄を覚える。それを裏付けるかのように、底の部分が横に滑り、穴が出現した。
「気を付けろ、捕まるぞ!」
「ああ、あの光か!」
「真下には絶対に入るな!」
「分かってる!」
翼を大きく広げ、空気を受けて急制動。円盤にわざと頭上を通過させ、逃れる。
直後、眼前で太い光が空を貫いた。
危機一髪。息を呑みながらも動揺を強い意思で抑える。滑らかに加速と方向転換をし、今の間に前へと進む。
これが翼竜乗り同士の競争ならば、背後をとれば見失うし再加速までに間がある。大きな差を付けられたはずだ。
だが相手は異星の、常識外の存在。
即座に、それこそ瞬時に止まって、曲がる。前後左右どの方向にも構わず進むので、時間の無駄が無い。競走相手としては反則的で不適格だ。
だが文句は言っていられない。
逆境は初めから承知の上。
ローズに指示し、絶え間なく羽ばたいて加速。そして頻繁に旋回させる。風を読んで最大限に活かせるように乗る。
背負うのは捕縛の太い光。逃れようと上へ下へ何度も進路を変更、曲芸飛行めいた大騒ぎを演じる羽目になった。
ハイトは極限の飛行で精神を消耗する。ローズにも大きな負担をかけている。ショトラからも悲鳴を必死に噛み殺している気配が伝わる。
全員が一体となって苦戦していた。
だからこそ早く誘導したいのだが、行きたい方向へ行くのが難しい。
あえて速度を落として相手に抜かせてかわす。その戦法はもう使えないだろう。
故に他の策を探ろうと懸命に頭を働かせ、足掻く。
背後へショトラが光線を放ち、ハイトは網を投げる。忙しなく、必死に、時間稼ぎになりそうな事は一通りやった。
迫る重圧。募る焦燥。それらに負けず、燃える戦意。
普段なら気持ちの良い青空も、今は楽しさとは無縁の戦場。吹きすさぶ風もただただ荒々しさだけが残る。
上昇し、迂回し、旋回。曲線の軌道のハイト達に、最短の直線で追跡する円盤。ローズの尻尾が光の範囲に入り、危うく加速で逃れたが姿勢を崩しかけてしまう。
ショトラの助言があってようやく渡り合えている。それも、いつまで通じるか。
「危なっかしいな、まだ着かないのか!?」
「……アレやるぞ。気を付けてくれ!」
ショトラに注意を促し、一旦気持ちを切り替える。そしてハイトは内にある龍の血を呼び覚ました。
そして生じる、幻想の焔。
それが彼を、体温を超えて熱くする。自身の熱が周囲に伝わるよう、更に強く気力を燃やす。周囲を夏より竈(かまど)より熱く熱する。
やがて風が生まれた。
上昇気流。個人の力で生み出した、自然ならざる風だ。
円盤は海と空に生きる存在ではない。こちらだけが、風の力を利用できる。
速度を落とさず、むしろ増しながら進路を上へ向ける。上へ昇る。空へ昇る。
円盤もしっかり付いてくるが、位置関係が悪い。上を取ってしまえば、光に捕らわれる事はない。背後からの圧力は軽くなった。
それよりも風と熱、空を全身に感じて、今こそ目的へ向かって疾走(はし)らせる。
しかし、それを為すハイトは息も絶え絶えの有り様である。汗が絶えず滴り、体力の消耗が激しい。これだけの無茶を保っていられる時間は僅か。失敗すれば取り返しがつかない。
それでも。
鋼の円盤に、この青空はお前のものではないと、命を懸けて主張する。
そんな中、ショトラの存在と気遣う声は救いだった。
「大丈夫か? これでも余り余裕は無いが」
「いや、もう見えたぞ!」
ひとまず安堵し、目的地に全速力で降下していく。
その先は海に面した岩壁。隙間のそこかしこから聞き慣れた鳴き声が聞こえてくる。荒らされた故郷で響くそれに、ハイトの胸は高鳴った。
此処は野生の翼竜の住み処である。この島で騎乗されている翼竜は牧場で卵から飼育する場合がほとんどであり、基本的に彼らの縄張りに入る事は稀だった。ハイトも昔行った度胸試し以来の来訪だ。
乗り手がいた翼竜は一緒に連れていかれたが、こちらにまでは略奪の手は回っていない。だから、力を借りる。
「そぉら、ご飯の時間だ」
作戦通り、後方へ大きく膨らんだ袋を投げた。
中身は魚のすり身である。正確に追跡してくる円盤にべちゃっとぶつかり付着した。事前に聞いたショトラの予想通り、危険性も無く障害物でもないので避けなかったのだ。
それが間違いだ。
ニヤリと笑って笛を取り出し、思いっきり吹く。
すると途端に幾重にも重なった羽音に包まれた。匂いと合図につられ、この場の翼竜達が餌を求めて一斉に飛んできたのだ。
「よぉしよし、皆良い子だ!」
「おいキミ、本当にワタシ達は襲われないか?」
「心配すんなって。な、ローズ?」
相棒が高らかに鳴く。その一声に、全ての翼竜が揃って鳴き返した。
まるで従順な群れの一員。まだ若い翼竜が多いので、より大きいローズの睨みに本能で従うのだ。
そうして翼竜の群れが一斉に、魚の匂いを嗅ぎ付けて円盤の方へ向かっていく。
即席の援軍による襲撃。
だが、魔王の手下の前に、数は力とならない。
例の攻撃が放たれた。翼竜達は怯み、惑い、散る。円盤の周囲の空間がぽっかりと空いてしまった。
「悪いなお前ら。後でたっぷり飯を用意してやる!」
「動物思いだな、キミは」
この援軍は無駄でも逃げる為の時間稼ぎでもない。
空間があっても、円盤は強引には進んでこない。鋼の重量物、高速でぶつかれば翼竜でも只では済まないだろうが、極力避けている。
これもショトラの予想通り。
いずれ商品になり得る生き物は無闇に傷つけないのだ。
虫酸の走る方針だが、有り難く利用させてもらう。
野生の翼竜に細かい命令は出せないし、無茶はさせられない。よって完全に止める事は出来ない。
それでも、この僅かな時間、十分に阻害している。
動きの遅くなった円盤に向けて、もう一度網を構える。
腰、肩、腕。全身を総動員。培った技を発揮させられるように意識し、投げる。
宙に広がり、包む。ぐっと引いて具合を確認。今度こそ、鋼の円盤は網の中に収まった。
「ローズ、頼む。お客様を落とすんじゃないぞ?」
「心配するな。ワタシだって全力で掴まるさ」
「ああ。それじゃ、行ってくる」
頼もしい一人と一頭に後を託し、攻撃的に笑う。
そしてハイトは、かかった網をしっかり掴んで鞍から腰を上げ、勢いよく空中へと身を投げたのだった。
ここからが、次の戦いである。
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