片脚を失ったアイドル
成瀬 ひだり
Ever
暗い中で、多彩な色が揺れる。
五色が織り成すその光景に、私は思わず息を飲んだ。
その光景が私の血を騒がせるのだ。
「みんな〜! 行っくよー!」
センターに立つ夢宮
推しの名前が書かれた団扇が並んで揺らめいている。
この中から自分の名前を探すのが、ライブ中のひとつの楽しみでもある。
「まだまだ盛り上がれるよね!」
「よーし、今日はちょっぴりサービスしちゃおうかなぁ?」
Sっ気を漂わせている菊川
「ちょっとぉ、雪乃ぉ、ファンを
ツッコミ担当の
これが流れであり、ファンのみんなも楽しんでくれている。
私は結成当初から、キャラを確立できず、この流れに参加できていない。パッとしないキャラとして定着しつつある。
地下アイドルグループ『Ever』のメンバーのひとりだ。
結成当初はセンターの満とふたりで、『満月コンビ』を自称して、それとなく私も存在感があったけど……。
今となっては完全に存在感が薄れて、キャラも見いだせず、完全に孤立してしまっている。
それでも一応、一部の
でも他のメンバーとの差は歴然だった。
「みんな、今日もありがと〜!」
最後に満がファンにお礼を言って、みんなで頭を下げる。
今日も仕事をこなした。いつからかそんな感覚になっていた。
夢見ていたはずのアイドル。叶ったはずの夢なのに、いつからか東京はモノクロだった。
夢も、日常になってしまえばなんてことはなかった。
ファンを見送って、舞台裏の簡易楽屋に入る。熱が冷めた会場は少し寂しげで、私の気分も少しずつ落ち着いていく。
「しおり〜、今日も地味だったよ〜?」
「そうだよ! やっぱりもっと個性的に行かないと!」
人格者である満と純粋に性格のいいひまわりが、ライブ終わりに私に忠告をしてくれる。毎回のことながら、善意てんこ盛りのその言葉が一番痛い。
アンチの悪口よりも、優しい言葉のほうが心が痛むんだ。だからこんな時は、もっと突き放してくれたほうがいい。
「あのなぁ、満、ひまわり。言い方が優しすぎるんだよ」
「えぇだってぇ……」
その分、雪乃は私にとってありがたい存在だった。ふたりの優しさに甘えそうになる私を、しっかりと叱ってくれるし、キツい言葉をくれる。
「しおり、私は身内には厳しい。だから言わせてもらうが、このままだと死ぬぞ。アイドルとして」
「……うん。ありがとう、雪乃」
こんな言葉、雪乃だって言いたくないはずだ。それでも私を生かそうとしてくれる。奥にはやはり、優しさが潜んでいる。
いい仲間に恵まれた。恵まれすぎて、自分が劣って見えるんだ。
「ま、落ち込まないでよ。落ち込んだら前には進めない。それ以上落ちぶれたら、論外だから」
案外、希望が一番キツかったりする。
でもみんな、私を心配してくれている。
あれだけチャンスをくれたのに、ものにできなかった。
『あんたはアイドルには向いてない』
上京する前に、母親から言われた言葉だ。
その通りだと私も思う。こんなにメンタルが弱い私に、アイドルを続けられるわけがない。自分に自信を持てない私を、好きになってくれる人なんていないって。
それでも、私は変わりたかった。
立ち止まっていたら、何も変われないから。
「じゃ、お疲れー」
「お疲れ様」
結局、何も変われていない。
両親にあれだけ胸張って言っちゃったから、アイドル辞めましたって帰るのも気まずい。
何も決断できないで、現状維持を続けている。やっぱりアイドルには向いてないな。
最近『Ever』は結構売れている。
収入はまあまあ良くて、不自由なく暮らせてはいる。だから、私がウジウジと悩んでいるのだって誰も気づいていない。
自分自身の問題だし、自分で解決しなければならないのはわかっているけど。
誰かに助けてほしい気持ちが、ないと言ったら嘘になる。独りで悩んでいる時間は、一番惨めなんだ。
✣✣✣✣✣
帰り道の途中、マックに寄ってシェイクを買った。体型維持はアイドルの鉄則ではあるが、たまにご褒美として買っている。
バニラシェイクがイチオシだ。美味しすぎる。
こうしている時間は、悩みのことなど忘れられる。
太陽が落ち始めた東京は、幻想的なはずなのだ。上京したての頃は、色鮮やかで煌びやかで、ずっと憧れていた東京はまさしく期待通りの眩しさで。
でもいつしか、そんな東京の風景には見慣れ、いつもと変わらない日々を過ごす中でもはやその情熱は失われていた。
──あれ、あの人……。
不意に『Ever』のライブ帰りと思しき人物を発見した。たしかあの人は、結成当初から私を推し続けてくれている……。
そうだ。私のことも好きになってくれる人がいるんだ。ここで折れちゃダメだ。頑張らないと。
その青年に感謝しつつ、シェイクを「ズズ」と吸う。
「キャー!」
どこからか悲鳴が聴こえた。
街中で悲鳴をあげるなんて、普通ではない。なにが起きているの?
悲鳴が聴こえたほうを見ると、そこには倒れ込んでいる女性と、暴走する自動車が見えた。
──怖い。
本能的にそう感じた。
ここにいれば、暴走車に巻き込まれるかも……。
その場を離れようと、来た道を戻ろうとした……。
ふと、視界に入ったのは、やはりあの青年だった。今日も会場で唯一、私の担当カラーのペンライトを振ってくれていた。
しかし、彼は道路の真ん中で立ち止まっているではないか。
動けずに迫り来る自動車に怯えているではないか。
気づいた時には、脚が動いていて。
気づいた時には、叫んでいた。
青年に、感謝を伝えたくて、今ここで死んでほしくなくて。
立ち止まって見ているなんてできなかった。
シェイクも吹っ飛ばして、青年に向かって全力で走っていた。
「逃げて!」
ダメだ、彼は動けないでいる。
私が……私が助けるしかない……!
その時、恐怖なんて感じていなかった。不思議なくらい身体が軽くて。
だから簡単だった。
彼に向かって飛びついた。
元陸上部の脚力が活かされた。
私は宙に浮いていた。
不思議だった。世界がスローモーションに見えた。滞空している感覚だけがあった。
──あれ……もしかして、
ゆっくりと流れる時間の中、そう感じた。
これ、死ぬやつ? だから世界が遅く見えるの?
なんて、余計なことまで頭に浮かんで。
手を伸ばした先に見える青年の身体に、私の手が触れた時──時間は動き出して。
──私は、轢かれた。
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