第21話誕生日パーティー



 翌日の昼過ぎ、鶴飛家の居間は制服姿の男女が集まり、賑わっている。これから鶴飛染子の誕生日パーティーを行われる。


 パーティーの主役は友人達から様々な贈り物を貰っていた。白峰幸利が贈ったダマスカス包丁と二田部慧沙が贈った文庫本だけ若干白けている。


 普段から料理をほとんどしない染子にとって、ダマスカス包丁は高級なあまり使う敷居が高い。


 将来、幸利がキャバクラ嬢に好かれるため高級なバッグやアクセサリーを贈り付けるだらしない大人へなりそうだ。


 染子の要望通り、ゴシック・アンド・ロリータの装いの上からエプロンを付けている知努は平凡な三徳包丁で調理していた。


 幼い頃、甥に甘い彼の叔父から豪奢な縞模様のダマスカス包丁を貰い、自宅で調理する時はいつも使っている。


 実用性は高く調理実習の授業で持って行きたい程、気に入っているが周りから間違いなく快く思われない。


 もし染子がダマスカス包丁を使わなくとも彼女の母親か三中の令息に使われる。


 慧沙が選んだ文庫本は太宰治の著作がいくつも収められている物だった。



 普段より多く時間をかけて調理したグラタン、ポテトサラダ、キュウリに生ハムを巻いた料理が完成し、知努は机に運ぶ。


 知努はエプロンを一旦脱いで流しの上に置いてから染子とユーディットの間へ座る。


 食事の前に本日の主役が格好付けるらしく集まった人間へ向けて祝辞を披露した。


 「今日、こうして皆さんが集まって下さった事を大変嬉しく思います。皆さんのおかげで今も私は生きています」


 「これからもどうかこの泣き虫のマヌケで甘ったれで女々しい男共々よろしくお願いします」


 鶴飛染子は色んな人間に囲まれているが、やはりどこか深い孤独を感じさせられる。その根底へいつか近づかなけばならない。


 祝辞を披露する予定がなかった三中知努も周りに促され、即興で考える。この日だからこそ言わなければならない。


 「お誕生日おめでとうございます、染子。今まで辛い事や寂しい思いをたくさんしたと思います。そしてこれからもまだ多く待ち構えています」


 「2人でそれを乗り越えていきたいです。染子は大事な家族と思っています。たとえ遠くへ行ってしまっても愛想尽かれてしまっても変わりません」


 最後の言葉を紡ぐ前に感情の制御は利かなくなってしまい嗚咽してしまった。情けない男だと知努は自覚している。


 「願わくば物静かで色んな人間を愛せる素晴らしい女性になって下さい。心の底から尊敬し愛しています」


 ユーディットに背中をさすって貰いながら知努は祝辞を言い終えた。包帯が巻かれた手を染子が強く握り締める。


 彼の想いにほだされたのか里美、ユーディット、文月、染子の双眸から熱い涙が流れていた。


 食事が始まり、早速、染子が今朝知努から貰った無骨な装飾の箸を使っている。気に入っている様子が見られて知努は微笑していた。


 周りの人間から好評を貰いながら食事が終わり、対面でしばらく半目だった慧沙は知努の背後へ近づく。


 「染子がいるからもう意地悪で嫌な奴の僕は必要なくなった?」


 落ち込んでいる慧沙と忠文が重なってしまうため、座っている知努は向き直してから膝へ手招きする。


 昨日は染子の事ばかり考えて慧沙に対し横暴な接し方だった。膝へ座らせてから抱き締める。


 「そんな事ないぞ。染子と親密になれたのは慧沙のおかげでもあるからな。やり方が強引だけど」


 文月は男同士が密着している様子をスマートフォンで撮影していた。特定の人物にとって垂涎ものだ。


 落ち着いた慧沙は満足そうな顔で離れた。誕生日ケーキを用意するために急いで知努は後片付けする。


 人数分のスプーンと取り皿を机へ置いてから誕生日の象徴であるホールケーキを慎重に運んだ。


 イチゴやブドウは多く並べられており、中央に16の形をしたロウソクやハッピーバースデーと描かれたチョコが置かれている。


 更に制服を着た仏頂面の染子のイラストがデコレーションされていた。注文通りの出来栄えと知努は喜ぶ。


 「チー坊先生のせいで食べる前から甘すぎて胃もたれしそう。でもまぁ、うちはそういうの嫌いじゃないというかむしろ好きまである」


 気だるさを感じさせる声で文月の口から皮肉交じりの感想が出る。素直に褒められない人間だった。


 ライターと切り分けるために使う包丁を用意してから知努はロウソクへ点火する。そして周りの人間が歌い始めた。


 歌い終わってから染子は隣にいる彼の耳へ息を吹きかけるイタズラして、すぐロウソクの火も消す。


 知努が包丁で人数分切り分けていき賑やかにケーキは食べられていく。ぶっきらぼうの染子も楽しそうだった。


 人目を憚らず彼女が食べさせて欲しいと頼み嬉しそうな顔で知努はスプーンにケーキを載せて口へ運ぶ。


 1時間後、誕生日パーティーが終わり、一通り片づけを済ませた知努は居間の床に座っている。


 一息ついていると大きな猫が膝の上を占拠した。2人きりの時は幼い少女のようだ。


 「私は家族が嫌い。一緒にいても寂しいって思う気持ちが全く良くならないから」


 「でも知努に大事な家族だと思っていますって言われた時は体の芯から熱くなった」


 染子に手を取られて左胸へ持って行かれると心臓の速い脈打ちが伝わる。愛しい人はしっかり生きていた。


 熱が帯びている雰囲気をお構いなしに鶴飛庄次郎は居間へ入ってくる。姉と同じく綺麗な顔立ちだった。


 絹のような柔らかくしなやかな黒髪、色白の肌は異性の注目を集めるだろう。


 異物混入を無視して2人が見つめ合っていた。さすがに男子中学生は混ぜたくない。


 知努もまた染子の火照っている手を左胸に持って行かせ速い脈打ちを聴かせる。徐々にお互いの顔が近づく。


 「俺が代わりに知努兄ちゃんとチューしておくから姉ちゃんはシャーマンの散歩に行って来てよ。今日、当番」


 ふざけた事を言った弟の太ももへしばらく歩けないようにさせるため膝蹴りして知努の唇と軽く重ねる。


 最初から散歩に行く気などない染子は押し倒してから狸寝した。後ろからなめこ、かめこ、くそめこと庄次郎が罵る。


 胸に頬ずりしてからわざとらしく猫の鳴き声を真似て聞く耳など全く持っていない。


 無視された後に立腹し、姉の下着をネットオークションへ出品すると言い出し知努は慌てた。


 「姉ちゃんだって女の子だから甘えたい日があるんだよ。あとで俺が行くから許してやれよ」


 三中家も休日の夕方、息子の隣で母親は狸寝して娘から文句を言われる光景がごくたまにある。


 甘え出すと猫のように幼児退行するところが2人共似ていた。普段はしっかりしている分、満足するまで辞めて貰えない。


 「知努兄ちゃんはどっちもイケるクチだよ。せいぜい飽きられないように頑張って」


 辺りが真っ暗となってしまう時間まで付き合わされて犬小屋の前に座っているシャーマンから苦言のような鳴き声を聞かされる。


 「仕方ないだろ。大きな猫が俺の胸を枕にして寝ていたんだから」


 シャーマンの首輪にリードを繋いでから知努は深いため息が出た。目立つ事間違いなしの格好のまま散歩へ出かける。

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