65話 怒り
翌日朝食を食べて闘技場に向かう。
「少し早いけど早い分には問題ないだろう」
「ええ。早く終わらせてラウンズフィールに行きましょう」
闘技場に着き、昨日の受付に行く。受付には昨日とは違った人族の男がいた。
「今日の決闘に出る者なんだけど」
「はい………アキト様でよろしいですか?」
「そうだ」
「ではご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
受付の男に案内されていくと人族の女が待っていた。
「お連れ様は別室にてご覧いただく事になりますのでこちらへ」
「わかったわ。アキト頑張ってね」
「ああ。シエラ何かあったら全力でね」
「わかってるわ」
シエラと別れて俺は闘技場の入場口のほうに案内された。
「賭けの対象に武器がありますので武器を持って入場をお願いします。では時間までここでお待ちください。時間になれば案内が聞こえて来ますので従って入場してください」
「わかった」
賭けの対象を出しておけということなので刀をアイテムボックスから出しておく。入場口から闘技場が見える。見た限り円形の闘技場で舞台にのって戦う形式ではなく全体が戦う場所なんだろう。外にも多くの人がいたがここからでも人が多いのがわかる。完全に見世物とされているようだ。
観客には悪いけどとっと終わらせる。力を見せるのは致し方ないかな。
「やあ。逃げずに来たようだね」
「あんたか」
「ああ。楽しみだよ君を地面に這いつくばらせるのがね」
「随分昨日と違うな」
「ああ。少し高ぶっていてね」
待っているとグレイブが来たので少し話したが昨日とは随分雰囲気が違う。昨日は一応礼儀正しい爽やかな感じだったのだが今日は随分上から目線でニヤけていて偉そうだ。
「では、僕は反対側の入場口なのでね。ああそうだ。君は昨日申請書の内容に同意したんだから文句は言わないでくれよ」
「そういうもんだろ?」
「フッ。楽しみにしていたまえ。Fランク君」
一体何だったんだろうか?
やたら嫌味ったらしかったが新手の精神攻撃だろうか。まあどうでもいい。とっとと終わらせる。
待っているとマイクを通してスピーカーから流れてくるような声が聞こえてきた。
『お待たせしました。ではこれより本日の催しを開催いたします!』
(マイクとスピーカーみたいな魔道具もあるのか…凄いな)
『本日は剣闘競技を執り行う前に個人の決闘がございます。前哨戦としてお楽しみください! 選手入場です! まずはいつものお騒がせ男! Aランク冒険者グレイブ!』
「「「「「わああああああああああああ!」」」」」
「うおっ! あいつ人気あるんだな。歓声凄いな。つーか常連かよあいつ」
あまりの歓声の大きさに驚いていたが入場してきたのかさらに歓声が大きくなった。
『凄まじい歓声です! さすがのお騒がせ男! Aランクの冒険者だけあってその実力は確かです。今回の決闘は互いの武器と防具。金貨100枚。さらにお互いの女性をかけての決闘だー!』
「………は?」
驚愕する内容が聞こえてきた。今なんて言った? 金貨100枚? 互いの女性? そんなものは賭けていない。いったいどういうことだ。
アキトは聞こえてきた内容に困惑している。それもそうだ。昨日書いた申請書の賭けの内容にそんなものは含まれていなかったのだから。自分でも確認した。しかし何故そうなっているのか。ただ一つ推測だがこうだろうと思うことがある。グレイブは内容を改変し、アキトを騙したということだ。アキトはそれを理解すると深呼吸をして自分の感情を落ち着かせる。それこそ波一つない水面のように静かに。嵐の前の静けさのように………
少し時間を戻しシエラ視点
シエラは女性職員に案内されて特等席に来ていた。席の前は空いており少し身を乗り出せば円形の闘技場全体が観客席を含め見渡せる特等席だ。
「凄い席ね~。こんな所で見てていいのかしら?」
シエラは案内された席の凄さに驚いていた。余りにも凄い席なのでキョロキョロと周りを見て驚いていると案内してきた女性職員がここは一番高い席だと説明してくれた。お金の心配をするが問題ないとのこと。さらにここにもう1人来るそうだ。
(早くここを出たいわ。お願いだから早く終わらないかしら…)
高級な場に慣れていないシエラはそわそわしながら待っている。もともと庶民で貧乏性なのだから当然だ。最近ではアキトと暮らして贅沢しているがあくまで家庭の中でだ。こういう場ではない。待っているともう1人が来たのか足音が聞こえてきた。
「相変わらずここはいい眺めねー。あーあんたねー今回の女。うっわすっごい上玉じゃん! あいついいの見つけたわね~こりゃ大金が期待できそうね」
「……?」
シエラは何が何だかわからず首を傾げている。1人のラフな格好をした人族の女性が隣の席に来たのだがいきなり自分を上玉なりいいの見つけたやら大金やらよくわからないことを言い出したのだ。
「あーあー気にしなくていいわ。その内わかるから」
「え…ええ~?」
『お待たせしました。ではこれより本日の催しを開催いたします!』
「ほら始まるよ~」
「え? なにこの大きな声」
困惑しているといきなり大きな声が聞こえてきて驚いた。この闘技場の設備なのだろうが何が何だかわからない。
「あーこういう魔道具あんのよ。気にせず聞いてな」
『本日は剣闘競技を執り行う前に個人の決闘がございます。前哨戦としてお楽しみください! 選手入場です! まずはいつものお騒がせ男! Aランク冒険者グレイブ!』
「「「「「わああああああああああああ!」」」」」
「…凄い歓声ね。まだ大きくなるの?」
歓声の大きさに驚いていると選手の紹介がされた。どうやらあの男はここの常連のようだ。
『凄まじい歓声です! さすがのお騒がせ男! Aランクの冒険者だけあってその実力は確かです。今回の決闘は互いの武器と防具。金貨100枚。さらにお互いの女性をかけての決闘だー!』
「ええ!?」
「ん~どうしたんだい?」
シエラは聞こえてきた内容に驚愕する。賭けの内容は武器と防具だけのはず。話が違う。隣の女性はニヤニヤしてシエラを見ている。シエラは何が何だかわからずに下を向いた。
「いったい…どういうことなの?」
「さ~どういうことかしらね~」
「何か知ってるの!?」
「さあ?」
「……っ」
おそらくこの女性は何かを知っている。だが言うつもりはないのを察したのかシエラは何もできないでいた。さらにシエラには別の不安があった。その不安が的中しなければいいのだがと思っていると今度はアキトの紹介をする内容が聞こえてきた。
『さあ続いて対戦者の紹介です! なんとFランクの冒険者です! Aランク冒険者のグレイブに挑むのは無謀ではないでしょうか! Fランク冒険者アキトー!』
その瞬間、闘技場すべての人に向けて尋常ではない殺気を込められた威圧が闘技場を飲み込んだ。会場が静まり返る。そんな中1人の男が闘技場を歩いている。
「ああ…やっぱり怒ってる。もう~どうやって宥めようかしら…」
シエラは手で片目を塞ぎ天を仰いだ。シエラの不安は的中したのだ。アキトが怒ると恐らくこういうことになるだろうと予測はついていたのだ。
「あ…あんた! どうしてこの殺気の中平気なんだい!?」
「え? ………慣れてるから?」
「な…慣れてるって…」
シエラはアキトと模擬戦をよくしているのでアキトの殺気もよく感じているのだ。できるだけ実戦に近い模擬戦を。ということでアキトは殺気を込めてシエラと模擬戦をしている。もちろんここまで強い殺気ではない。驚きはしたが何度も殺気を感じているので慣れているから何ともないのだ。
アキト視点
刀を左手に持ち、殺気を全方位に撒き散らしながら闘技場を進むアキト。目の前には自分を騙したグレイブ。今すぐにでも殺してやりたいという気になっているがそういうことはしない。一応決闘だからだ。ルールを破ると自分が犯罪者として捕まるだろう。そして今回の件はここの職員も関与しているということに気づいたからでもある。
シエラが何処にいるのかわからなかったが幸い闘技場内を見渡すとすぐに見つかった。目立つ特等席のような場所にいるシエラを見つけアキトは少し落ち着きを取り戻した。あの場所ならここからでも乗り込める。いざという時はシエラを抱えて逃げられる。
闘技場の中央まで歩きグレイブと対峙する。横には審判と思しき人族の男性がいる。
「ふ…フッ。そ…そんな殺気を撒き散らして下品だな! Fランクめ」
「………」
アキトは動じない。正直な話目の前の雑魚などどうでもいいと思っている。とっとと片付けてシエラの元に行きたいだけである。早く進めてもらおうと審判らしき男性を見ると職務を忘れているのではないか思うほどの怯えた表情をしている。自分の殺気で怯えているのだと気付き殺気を収めた。
「審判でいいのか? 早く始めてくれ」
「あ…ああ! すまない。これより、Aランク冒険者グレイブ対Fランク冒険者アキトの決闘を執り行う!」
審判は先ほど聞こえてきたマイクの魔道具を使わずに大声で声を上げた。静まり返っていた会場に声がよく響く。
「2人に確認だ。賭けの対象は先ほど聞こえてきた内容で合っているな?」
「あ…ああ! さっきので合っている!」
「合ってないが構わん」
「………構わないのかね?」
「構わん。それと確認だ。殺さない限り何をしてもいいんだよな?」
「そうだ。手段は問わず! ここの闘技場は戦い方は自由だ。殺さない限り違反にはならない。危険だと思ったら止めさせてもらうぞ!」
「わかった。できるだけ早く止めろよ」
アキトは一応確認をした。しておかないと本当に殺してしまいそうだからだ。すると審判が何か手を振って合図を送っている。
目の前のグレイブはそれを見て剣を抜き構えた。
『さ…さあ! いよいよ始まります! Fランク冒険者がAランク冒険者に何処まで対抗できるのか!』
「ど…どうした!? 構えないのか」
「構わん」
「ふ…ふん。私の殺気に怯えて動けないんだな! さあ審判。始めてくれ!」
ぬるい殺気は感じているが何ともない。棒立ちのまま構える必要もない。すでにアキトの初手は決まっているのだ。恐らく初手で決まると思っているが一応追撃しようと考えていた。何故ならそのほうがそれっぽいから。
「それでは………始め!」
審判の声と同時に上げていた手が振り下ろされる。その瞬間にグレイブは剣を振りかざしながらアキトに向けて走り出した。
アキトの初手は中級土魔法ストーンウォールだ。防御するために使うのではない。攻撃するために使う。
相手のガラ空きの股間目掛けて。
地面からストーンウォールが勢いよくせり上がる。いや、せり上がるという表現は正しくないかもしれない。表現するのなら”撃ち出される”だろうか。
グチャッ
「あ…がっ」
ストーンウォールが股間に当たり、グレイブは苦悶の表情をうかべ体勢を崩した。その瞬間アキトは駆け出しグレイブを足払いし地面に倒し、今度は右膝を踏み潰した。骨など関係なく文字通り潰した。
ばぎゃっ!
「ぐあああああああああああああ!」
グレイブは痛みに耐えかね悲鳴をあげた。膝を踏み砕かれ、男の象徴はグチャグチャに潰されている。おそらく男としては再起不能だろう。当人は地べたで股間を押さえて動かない。
アキトは数歩離れたところで審判に声を掛ける。
「審判。10数えなくていいのか? それとも止めなくていいのか?」
「あ………ああ! そこまで! 勝者アキト!」
審判は高らかにアキトの勝利を宣言した。
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