木曜日 その十一

刺された髪が働らいているせいか、黒い脚は段々白くなっていった。


葉月はもう被害者の前で吸い込む準備をしようとした時、被害者は思いっきり右足を蹴り上げた。葉月は被害者にまだ反抗の気力があるとは思わなかったらしく、避けることはできず、真正面に蹴りを受けてしまった。


弾かれて地面に落ちた葉月はなかなか起き上がらなかった。


葉月が倒れているのを見た被害者は、必死になって髪を抜き始めた。


髪を全部抜いた被害者は葉月の前に立った。しかし、髪を抜いただけで、切断しなかったのが被害者の失策になった。髪は地面から浮かび上がり、被害者の背中を貫いた。


凄まじい悲鳴の中で被害者はばったりと倒れてしまった。


葉月は傷だらけの身体を無理やり立たせ、被害者に歩み寄った。


「私を食べても、お前の脚は新しく生えてこない。それに、お前もちゃんとわかっているはず。今のお前はただ黒魂に支配されている死体にすぎない」


被害者は葉月の声を聞いて泣き出した。痛みによる涙ではなく、悲しみによる涙を流した。


「違う、違うよ。違うといって。すべては私の夢だといってちょうだい。……なんで私なの?今日は彼氏の誕生日だから、私のファーストを捧げようと思ったのに。何でこうなってしまったの。……このすべては嘘だよね。ねぇ、ねぇ!」


葉月は何も言わず、ただ被害者をも下した。


「彼女はあなたが嘘をついていると言っているよ。私はもう死んだ身体になったって」


被害者は一人言を言い出した。誰かと会話を交わしているらしい。もしかしたら、黒魂と?


「もう私を慰めないで。私はもう昔の普通の生活には戻れないの」


「…」


「つまり、自分が食べられるのが怖くて、私に嘘をついたって言うの?」


「…」


「そんなはずない。私はもう」


「…」


「私もう、この仮の脚はあなたがくれたのを知っている」


「…」


「それって本当?あなたを信じるべきなの?」


葉月はもうこれ以上聞こうとしなかった。被害者の脚を貫通した髪は太くなり、脚が千切られた。しかし、黒い脚はまた新しく生えてきた。


「本当だ。彼女は怖がっている。私が死んだなんて、全部嘘なんだ」


被害者は狂い笑って、たち上がった。そして、目の前に立っている葉月に冷たい目線を送った。


「確かに、黒魂は私に仮の脚しかくれないけど、あなたを食べたら本当の脚が生えてくるらしいの。私は信じることにした」


話し終えた瞬間、被害者は猛烈な攻撃を葉月に与えた。攻撃と防御が互角に戦っている時、被害者の身体に刺さった髪は太くなり始めた。たが、被害者は攻撃をやめなかった。被害者が千切られた両腕からも新しい黒い手は生えた。


被害者は笑いながら攻撃し続けた。まるで痛みを感じていないようだ。


「ほら、あなたにも見えるでしょう。今はこんな惨めな身体になったけど、あなたを食べてしまえば、私には完全な身体がもどってくるんだから」


被害者は葉月が髪を抜こうとする時の隙を見て、横に脚を払った。葉月は遠くまで弾かれた。身体に刺さった髪を全部壊してから、被害者は葉月の傍に走っていった。


「私に食べられるのが怖いから、ありもしない言葉を言ったね。あなたって本当はとても弱いんだね」


被害者は葉月の頭を踏みつけてまた話しだした。


「もう、私のご飯の時間だよ。大人しく食べさせてね」


このままでは、葉月は本当に食べられてしまうと思ったので、僕は心の中で速く走りたいと念じ始めた。が、その前に、葉月の声が聞こえてきた。


「なぜお前は痛みを感じなくなったと思う?」


「はあ?何を言い出すの?」


「お前の身体はもう戻らなくなった。黒魂がそうやったから」


「何バカなことをいってるの。黒魂のお陰で私は今立っているよ。そして、もとの身体に戻れる方法も分ったよ」


「黒魂がお前を騙している事が分らない?」


「私と黒魂を仲たがいさせて、その時間に身体を回復するつもりでしょう。悪あがきはもうやめたほうがいいよ」


「お前の身体はもう黒魂の物になった。つまり、身体はもう死んでいる。唯一、お前の身体でお前の物のままでいるのは、頭に残ったかすかなあなたの意志だけ。それも黒魂に消されたら、お前は完全に死ぬ」


「嘘だ。嘘だ!」と被害者は喚きながら、葉月の頭を何度も踏みつけた。


「ただ時間稼ぎがしたいだけでしょう。そうはさせないんだから」


「なら、黒魂はなぜ、切断された脚を接合するのではなく、醜い新しい黒い脚をお前にくれた?」


被害者はそれ以上聞きたくなかったらしく葉月を食べようと、口を開いて屈めた。


それを見た僕は走りだした。でも、僕の速い走りよりも速く、被害者は僕に向けて足を薙いだ。足の力のよってできた風は僕の胸に当たり、僕は遠くまで飛ばされた。


胸から熱いものが流れるのを感じた。


顔を上げて葉月の方を見ると、前よりもっと長くなった髪が被害者の四肢を貫き、地面に突き刺さった。


葉月は立ち上がり、髪を抜いて手に持って、被害者の額に刺した。


「いや!!」


被害者は頭を振って髪をはじけようとしたが、髪はすこしずつ脳内に入っていった。被害者は苦しくもがき、叫んだ。


「なぜ、私から希望をさらっていくの?私、何か悪い事したの?」


被害者は涙ながら、「死にたくない」という言葉を何度も何度も繰り返した。


被害者の遭遇には同情するけど、僕がしてあげられることは何もない。


泣き声が止んだ。被害者は死んだ。


黒魂は身体の中に潜り込んで身を隠そうとしたげど、それでも葉月に吸い込まれてしまった。黒魂が吸い込まれたら、髪は消えてしまい、支えがなくなった被害者の身体は地面にぐったりと倒れた。


あちこちに欠けてある被害者の身体は見るに耐えなかった。


すべてが終った瞬間、葉月の身体は後ろに倒れた。僕はすぐ抱いて、ゆっくりと地面に坐った。気は失っていなかった。


「このままにいて」


僕は葉月の言われ通りに、坐ったままじっとした。


葉月は僕の傷口に手を当ててから目を閉じた。僕の胸にはいつの間に髪がさされ、淡い光を放っている。傷口がみるみるうちにふさがった。


葉月は均衡は息を立てている。休んでいるだろう。


僕の傷はすぐ治ったけど、傷だらけの葉月の身体をみて、自分の不器用さをもう一度憎まずにはいられなかった。葉月の髪には不思議な力があるのに、なぜ、僕にも攻撃のできる力を与えてくれないだろう。そしたら、僕も葉月とともに戦えるのに。


寝ている葉月を見れば見るほど、戦いたい念が強くなった。


葉月はこの世界に恋人を探しに来たといっている。もし、あの恋人が僕だったら……。僕は葉月と恋をしてみたいと始めて思った。

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