木曜日 その七

「聞きたいことがあるんだけど、僕の部屋で休むだけで体が治れるの?」


皿を片付けてから僕はきいた。


「あなたの部屋の窓は大きい。光がよく降り注ぐ。それで充分」


「光を浴びながら回復するんだ」


「ただ浴びるだけじゃだめだけど、そのことについてはもういい」


葉月はちらっと壁時計を見て話した。


「犯行時間まで、まだ時間があるから、休んで」


「でも、まだ早いよ。眠れないよ」


葉月は僕の答えを聞いて、有無をいわず僕の額に手を当てた。そしたら、目の前が暗くなった。


目が覚めた。葉月の魔法のお陰なのか、身体がいつもと違って、とてもすっきりした気分だ。身が軽くなったようにさえ感じた。


葉月はじっとソファーにすわってテレビを見ていた。


「十分後に出発する」


僕が起きたのに勘付いて、葉月はいった。


「うん。分った」


顔を洗ってリビングルームに戻った。十分経って、僕と葉月は家を出た。


夜風は人のいない街を思うがままに走っている。見たことのない女性被害者の死体がふと頭の中に浮かんできた。想像力が豊かなのも、問題の一つだ。


身体が震えてきた。寒い夜風のせいか、それとも恐ろしい画面を思い浮かべたせいか、よく分らない。


今夜の月はとてもシャイだ。雲の後ろに隠れては現れ、現れてはまた隠れる。たまに街を疾走する車のライトがまぶしい。


ずっと黙ったままじゃ気まずいので、僕は授業をサボったことを話した。


「サボらなくてもいいけど」


「でも、体育の授業があったら休まないと。僕は自分でも知らないうちに、心の中で早く走りたいとか、そんな呪文を言ってしまうかもしれないから。そうなると僕、言い訳がつかないよ」


「あなたの迷惑になったみたいね」


僕は慌てて否定した。


「そんな事ないよ。ただ、僕が授業に参加したくないだけ」


「しかし、今のあなたの足は速く走るしかできないわけでもない」


「それってどういう意味なの?」


「足の筋肉を活性化したから、高く跳んだり、遠く跳んだりすることだってできる」


「本当?!」


「そう。ただ、一つだけ覚えてほしい」


「何?」


「あなたは今、速く走れる、高く遠く跳べるのは筋肉を活性化したからだけど、あなたの体が耐えられるわけでもない。体の負担を超えたら、足が壊れる恐れもある。だから気を付けて」


「分った」


どれほど歩いたか知らないけど、気づいたら僕たちは公園まできた。僕は十八年この町に住んだけど、こんな公園があることを今日始めて知った。こんな街離れに設けた公園は確かに、犯行にはうってつけの場所だ。


遠くから吹いてくる夜風が僕の身体から、勇気をさらっていくようなだ。


葉月と僕は公園の中へ向かった。


僕らはすぐ人影を見つけた。僕らが見つけたのはあの花屋の店員だけではなかった。店員の横には女性の死体があった。


僕らを見て、坐っていた店員は立ち上がった。手には等身大の真っ黒な鋏を持っていた。


街灯は灯っているが薄くて人の顔はよく見とれない。ちょうどこの時、月は顔を現したので、店員の顔を見ることができた。


「やっときたね!」


店員の声は女性と男性の声が混じっていた。顔も穏やかな女性の顔から、凶悪な顔に変わってしまった。


「ほら、この人、美しいでしょう?彼女の美しさは永遠の止まったの。この瞬間に。これからもっと美しくしてあげるけどね」


こう言って店員は気味悪く笑い出した。


「なぜ彼女たちを殺すの?何の恨みがあってあんな酷いことをするの?!」


僕は思わず声を荒げた。


店員は鼻で笑った。


「何でって。ただ、気に食わないからよ」


「気に食わないだけ? 」


「そうよ、何かいけないの?!くだらないとでも思ってるの?」


店員はまた笑い出した。笑い声には寂しさが含まれているように、僕には聞こえた。


「あんたにとってはくだらない理由かもしれないけど、私にとって、くだらない理由ではない。私がどれほど彼女たちを憎んでいるか、あんたにはわからないでしょうね。分るはずもない。一人一人、自分の彼氏に甘やかされて、愛に溺れていて。それが気に食わないのよ!なぜ私だけ一人なの?なぜ私には彼氏ができないの?なぜ誰も私に花を贈ってくれないの?!」


店員は鋏を開いて、横にいる女性の片方の太腿を刃で挟んだ。


「誰も私に花を贈ってくれないなら、彼女たちも花をもらう資格なんかない!」


店員はふと思い出したらしく、話を続けた。


「そうだ、どうやって綺麗な花を咲かせるのが知ってるの?それはね、いらない枝とかを全部切ってしまうことなの。簡単でしょう。そうすることで、つぼみに栄養がたっぷりと送れるのだから」


こういって、店員は自分の足元にある女性を見下した。


「何が『お前は花より美しい』だ。そんな言葉で喜んでいるなら、私が、花よりもっと美しくしてあげる」


店員は何の迷いもなく女性の片方の太腿を切断した。まるで、紙でも切っているように容易く見えた。


ほとばしる血の中で、店員は笑みを浮かべた。


吐き気がしたので、僕は身体をそらした。そして葉月に話しかけた。


「彼女は助けられないの?」


でも、葉月は何も言わず、じっと店員を見つめているだけだ。


「私の邪魔をしないで!」


葉月は僕の傍で何もしていないのに、どうやって邪魔をするんだろうと思い、つい、店員の方を見てしまった。


たくさんの髪の矢が店員に向かって、迅速に飛んで行った。店員は鋏を持ち上げ、あっという間に、すべての髪の矢を切ってしまった。切られた髪の矢は秋の落葉のように、はらはらと舞い落ちた。


「あんまり焦らないで。彼女を切ったら、あんたの番になるんだから。もう少しだけ、待っていてね」


店員はすぐ片方の太腿も切った。

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