私、ロボだから何があっても動じません!

 何故かその後の作業はすこぶる捗り、なっちゃんも合流して3日間頑張った結果、単行本化作業は完了した。表紙のカラーも完成したし、全コマの見直しと修正、描き直しも全部終わった。

 なので、久々になっちゃんにお休みも出せたし、僕は月末に襲いかかる締め切りという怪物の存在を忘れることも出来た。

 担当さんだけは、何故かしきりに「先生、大丈夫ですか?」と言ってきたけれど。

 普段どう思われているのだろうか…。


 ともあれ、こうして作業が捗ってしまった僕は、やけにパサパサした総合栄養食のブロックを噛み砕きながら、マイシアターのソファに腰掛けた。

 VHSの並ぶ棚を眺めながら、今日というこの日を、どの作品で楽しむかを吟味しているのである。

 駅前のファミレス―――心のオアシス無き今、僕の無聊を慰めてくれるのはこれしかない。


『ひょっとしてお客様、人間が嫌いなんですの…? だからロボのいるファミレスに来てるんですの…?』


 イツキちゃんに言われた言葉が、抜けない棘のように僕の心に刺さっている。

 いや、全くその通りだ。

 僕は人間が嫌いで嫌いで、故にこんな映画ばっかり集めて観ている。

 だから、人間ばかりの飲食店には行かないし、友達もいないし、家族もいない。

 あのファミレスの他に、僕の居られる場所は、自分の部屋くらいしかない。

 そうだ、認めざる得ない。

 多大なストレスを抱えているのは、イツキちゃんだけではない。僕もだ。

 誰よりもショックを受けているのは、僕も同じなんだ。動揺して、普段どおりでいられない。

 平面では冷静を繕っているけれど、あのファミレスへ行くことが出来ないことが苦痛になっている。

 思わず自嘲してしまう。

 こんなに依存してるだなんて、思っても見なかった――…


 そんな時、インターフォンが鳴る。

 しかし、それはマンションロビーからの通知ではなく、僕の部屋の前のインターフォンだ。

 僕の知る中で、マンションロビーを抜け、部屋の前のインターフォンを押す人物は、アシスタントのなっちゃんしか居ない。しかし、彼女は長めのお休み中なのだ。はて、誰だろう…?

 ともあれ、僕は玄関へと向かう。

 廊下に備え付けられた、インターフォンカメラの映像を映し出すAR端末を起動すると、紫色の眼球が写った。


「うわ!?」


 普通にビックリする。


『ナナちゃん、何してるんですの?』

『散々イツキをビビらせてくれたから、せめてものお返しにゃ』


 不敵な視線を僕に向けたまま、彼女はカメラから身を引く。

 猫耳に尻尾。いつものエプロンドレス。そして片目だけ瞳の色が違う彼女は、僕が観ているのを全て分かっていて、微笑んで見せた。


「ナナちゃん!? イツキちゃん!?」


 僕は慌てて扉を開く。

 そこには確かに、ナナちゃんとイツキちゃんが立っている。


「ど、どうしたの!?」

『どうしたもこうしたもねーにゃ。おめーが全然店にこね―からこっちから来てやっただけにゃ』

『今日、ナナちゃんの快気祝いだったですの。でもほら、お客様と連絡が取れなかったから』


 そういえば、AR端末のステータスを戻してなかった気がするな…。


『生存確認を兼ねて出向いてやっただけにゃ』

『ナナちゃん、壊れた片目だけ新型のパーツに交換したんですの。それをどうしても見せたかったみたいで――』

『余計なこと言うなにゃッ! フォーといいイツキといい、なんでこう余計なことを言うんだにゃ!?』


 ああ、だから片目だけ色が変わってるのか。


『まったく…。とにかく、これにてナナちゃん復活にゃ。パワーアップしたナナちゃんを、これからより崇め奉るにゃ』

「―――うん、本当に良かった」

『ちょ、何も泣く事ないにゃ!?』

「いやぁ、なんか、この歳になると涙腺が弱くて…」


 これは本当。ラブストーリーとか、感動モノとか、全然観れなくなっちゃった。


『私からもお客様にお礼をしたかったんですの。だから、お店も人数が増えて余裕があるので、お伺いしたんですの』

「お礼だなんて―――」


 もうそれはしてもらった気がする。僕の生活スペースは、まるで入居時のようにスッキリ片付けてもらったのだから。


『お前、どうせこの三日間、碌なモン食ってないにゃ? だから、ほれ』


 と、ナナちゃんは猫のキャラクターの包みに入った箱を押し付けてくる。


「これは?」

『ナナちゃんと私で作ったんですの。お弁当ですの』

『ロボも余ってるし、店長と相談して二号店が直るまでフードデリバリーで稼ぐことにしたにゃ。んで、これは試供品にゃ。好評ならじゃんじゃん規模を拡大していくにゃ』

『店長もタダでは転びませんですの。逞しいですの』


 なるほど、フードデリバリー。

 今でも大型ドローンが配送してくれるものがあるけれど、そうか、給仕ロボに運んでもらうサービスというのも中々斬新な気がする。


『弁当食ってみて、美味かったら次も頼むにゃ』

『この前のお礼ですの! 一生懸命作ったので、ぜひ食べてほしいですの!』

「うん、ありがたくいただくよ」


 そう言われてしまったら、美味しく食べる他無いではないか。


『二号店も再建の目処が立ってるから、安心するにゃ。とはいえ、2,3ヶ月ほど時間は掛かるけどにゃ』

「そうなんだ、よかった」


 それは―――それは、とても朗報だ。僕は、とても深い安堵を覚えた。

 あのまま僕のオアシスが無くなったままでは、僕の生活は色褪せたままになってしまうから。


『いつでも私達は、お客様のご来店をお待ちしておりますにゃ』

『これからもご贔屓に、ですの』


 ナナちゃんとイツキちゃんが揃って綺麗な礼をする。

 よかった。本当に。


『んじゃ、私たちは帰るにゃ』

「あれ? もう帰っちゃうんです?」

『何だにゃ? 名残惜しいのかにゃ? ふふー、私も罪な女にゃ?』

「ええ、そうですよ。名残惜しいです。折角ですし、とっておきのビデオでも」

『ビデオは観ねーにゃっ!!』

「えー?」

『えー? じゃねーにゃ! そんなもん誰にでも薦めんじゃねーにゃ!』


 ナナちゃんが吠える横で、イツキちゃんが苦笑している。僕をフォローしてくれないところを見るに、彼女も同意見のようだ。やはり、僕の趣味は理解されないのか。

 いや待て。理解されないというよりも――


「やっぱり怖いんです?」

『こ、怖くなんてねーにゃ! 私はロボだから何があっても動じないにゃ!』

「たしかに隕石落ちてきて、顔が半分になっても動じてませんでしたけど…」


 けど、どうしてホラー映画はダメなんだろ?


『全くほんと、デリカシーの無い奴にゃ!』


 ナナちゃんはそう言ってプンプン怒っているし、イツキちゃんは笑いを堪えるばかりで助け船を出してくれなかった。

 結局、二人の姿がエレベーターに消えていくのを見送るまで、僕は釈然としない気持ちと、渡されたお弁当を抱えたままだった。


 ちなみに、フードデリバリーの試供品らしいお弁当は、見た目以上にボリュームもあってとても美味しかった。大変オススメである。

 いつか二号店が復活するその日まで、いや、きっと復活した後も、僕は最初のお客様として、お世話になろうと思った。

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