私、ロボだからゾンビなんて怖くありません!

 急性ストレス障害。ASD。

 かなりざっくり説明すると、何か恐ろしい出来事を体験した時、その出来事が心に焼付き離れず、何度も何度も繰り返し思い出されることで、不安や恐怖が増大し、日常生活に支障を来すという精神疾患だ。


『けど、私はロボですの。そんな事、起きるはずが――』

「でも君のコアユニットは、人間の脳を模倣した半有機人工脳だ。素材は違えど、作りが同じならば起こる可能性は十分あるよ」

『私に心があると仰るのですの?』

「君がどう判断しようと、僕はあると思う。だから、君はASDになると思う」


 君を観測する僕が、君に心があると思えば、そこに心はあるのだ。かつて、不孝な事故で己のアイデンティティを失いかけた猫耳ロボットがそう言っていた。


『……つまり、これは、私の精神的な故障だと…?』

「故障というほどでもないよ。大きなショックを受けて仕事が手につかない、って状態だと思う」


 何せ隕石が降ってきたのだ。

 普通の人間だったら、気絶して、今も病院のベッドの上で悪夢に苦しめられているかもしれない。


『で、ては…どうすればいいでしょうか…? 私、本当は、お店に戻りたいです。お客様に可愛いって言って貰いたいです。人気になりたいです…』


 イツキちゃんは必死だ。しかし、この症状に特効薬は存在しない。

 多くの場合、時間が心の傷を癒やす。

 だから、僕が彼女のためにできることは、そう多くなかった。


「それじゃ、とりあえず、映画でも見る?」

『え?』

「人間の場合、何か気晴らしをして、ショックの記憶を薄めるのが、解決への近道なんだよね」


 他にも、旅行に出掛けたり、スポーツを楽しんだり、人によってその解決方法は様々だ。まあ、言ってしまえば、楽しいことをして忘れてしまう、のである。

 とはいえ、今からイツキちゃんをどこかへ連れ出すというのも難しいし(そもそもイツキちゃんは僕の所有物ではないし)、インドア派の僕がレジャーやスポーツに詳しい訳でもない。

 ここで僕ができる最大限の提案が映画である。

 僕は居間の壁にさりげなくついているスイッチを操作する。

 すると、壁が自動的に開き、隠された棚が姿を現した。

 並んでいるのは100年前のメディアツールだ。属にVHSと呼ばれるそれらは、22世紀において骨董品であり、その現存数はかなり少ない。探すのも一苦労だ。


「さて、何がいいかな…」

『え、あの…それは一体…?』

「VHS…―――ビデオテープです」

『は、はぁ』

「磁気データの記憶媒体だよ。ここに集めてあるのは全部映画のデータ」

『どうしてわざわざ…あ、いえ、なんでもありませんですの…』


 イツキちゃんが空気を読んでくれた。

 助かるよ。人間、何でもかんでも自分の中の心を言語化できるわけじゃないからね…。


「じゃあ、これにしよっか」

『これは…?』

「ゾンビが出てくる映画」


 申し訳ないが、僕の口からはそれ以上言語化できない。あとは映画を観て欲しい。


『それを見ることで症状が改善されるのなら観てみますですの』

「おっけー」


 僕は隠し棚から抜き取ったビデオテープを、棚の下部にあるビデオデッキに挿入し、壁のスイッチを操作して、スクリーンを下ろした。

 

『うわ』


 ふふふ、さすがのロボットも驚いたようだな…! そう、これこそ僕が食費を削減し、少ない収入を積み立てて作った隠れホームシアターなのである!

 ちなみに、これらの機器は室内家電ネットワークから独立したシステムなので、仮にロボであろうと存在を感知することはできない。


「よーし、じゃあ観よう観よう!」

『やけにテンションが高いですの…。怖いですの…』


 なっちゃんにも同じ事を言われた。

 さらに彼女から「気持ち悪いです…」とまで言われ、以降、僕はこの宝物を誰にも見せてなかったのだけれども、イツキちゃんには特別だ。

 さあさあ、映画が始まるぞ。


『CGもない時代の映画なんて、学芸会の劇みたいなものですの。加えて私、ロボだからゾンビなんか怖くありませんですの』


 のっけからつまらなそうな顔のイツキちゃんがぶつぶつ言っているが、残念ながらクレームは受け付けない。

 遊園地のジェットコースターを途中下車できないように、映画が始まればもう止めることはできないのだから。



■ □ ■ □ ■



 と、いうことで―――…素晴らしい芸術作品が終わった。

 やはり映画は良い。

 本を読むのも悪くないけれど、やはり高精度の地獄を視覚的に無理矢理感情へ押し込まれるこの感じが堪らないな。


「イツキちゃん、どうだった?」


 僕が振り向いて尋ねると、イツキちゃんはソファーの上に膝を折って、クッションを抱きつつ、両手で目を覆っていた。


『別に大したことありませんでしたの』

「じゃあ他の観る? 僕のお勧めはほかにもあって、このゾンビ特急ってやつも面白いよ」

『絶対観ないですの』

「ええ? 面白いよ?」

『観ないですの!』

「あ、さっきの映画はどうだった? 単なるゾンビ物だと思わせて、コズミックホラー的な要素もあってよかったよね。ラストシーンの、あの空虚な荒涼とした世界が個人的にはとても印象的で―――」

『やめろですの! 思い出させるなですの! と、いうか、人間は簡単に壊れすぎなんですの! グチャアってなりすぎなんですの! あと最序盤から集団リンチとか、人間怖すぎなんですの! あと、ゾンビ主体ではないですの! それより全然ヤバい事態になってますの!』

「そうそう、やっぱりスプラッタ表現がCGと比べると見劣りするのは間違いないんだけど、それが無い時代の表現方法ってどこか生々しさがあってさ、CGなんかと違うインパクトが――」

『だから語るな、ですのーッ!』


 ついに怒り出したイツキちゃん。

 なんだ、やっぱりゾンビ怖いんじゃん。

 

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