私、ロボだから何があっても動じません!

ささがせ

私、ロボだから宇宙人なんかに負けません!

 人類は、幾多の苦難を乗り越えて、ついに22世紀を迎えた。

 しかし未だに人類は、賢者の石を作れてないし、恐竜を復元できてないし、不老不死にも至ってない。アルツハイマーの治療薬は作れたけれど。

 漫画家の僕は、単行本化に向けての加筆修正作業が嫌になってしまったので、アシスタントのなっちゃんにそれらを押し付けて、一人こっそり、近所のファミレスに出掛けた。

 心の癒しはいつだって必要なんだ。

 ぺたぺたと歩いてようやくたどり着いたオアシスには、何だか人だかりが出来ている。

 おいおい、いよいよ人気店になってしまったか…? まあ、僕もファンアートを描いたりして、いつもいつもステルスマーケティングしていたし、こういう日が来てもおかしくない。

 少し寂しい気もするが、こうしてお客さんが沢山来てくれたら、新店舗も増えるかもしれないし、悪いことばかりじゃないだろう。

 僕は常連らしくそんなことに思いを馳せつつ――…って、この行列、最後尾はどこだ…?


『はーい、下がってくださいなのー! 野次馬はご遠慮くださいなのー!』


 そう叫びながら、何故か白い防護服で全身を覆った人が、人だかりの前にロープを手に切り込んでいく。

 人の壁を意に返さず、危険立入禁止の札が下がったロープによって、野次馬の皆さんは押し退けられ、野次馬は解散となった。

 これはどういう事だろうか? と首を傾げていると、野次馬の壁が消えた先に僕のオアシスはなかった。

 艦砲射撃に晒されたのかと思うほど、無惨に、豪快に、ド派手に、ファミレスは破壊されており、白い汚染防護服を着た人達が現場検証を行っているのだ。


「……は?」


 いや、あれ? ここにファミレスあったよね…?

 だが、記憶を手繰る僕の目の前に広がるのは、それはそれは見事なクレーターだった。


『いらっしゃいませにゃ』


 僕が立ち尽くしていると、別の汚染防護服を着た小柄な人が近づいてきて声をかけてくれた。

 かなり特徴的な語尾がついているので、姿は見えずとも中身がわかった。

 このファミレスの給仕ロボ、小猫耳型給仕ロボ7号機のナナちゃんだ。今は子猫らしい猫耳も尻尾も防護服の中なので、まったくそうは見えないが、なんと彼女はロボットなのである。


「えーと、聞きたいことは色々あるんですが、ひょっとしてこれって何か国防に関わる案件です?」

『そんな大事じゃないから安心するにゃ』


 店舗が文字通りブッ飛んで、僅かに鉄骨だけが残ってるのは十二分に大事だと思うなぁ!


『隕石が落ちてきてこのザマになっただけにゃ』

「はあ、隕石―――……隕石!?」


 やっぱり大事じゃないか!


「え、みんな大丈夫だったんですか!?」

『客の居ない深夜帯だったから、人間の被害者は無しにゃ。いやホント、奇跡的だったにゃ』

「いえ、それはもちろん不幸中の幸いで良かったんですが、そうじゃなくて、ナナちゃんやムツキちゃん、イツキちゃんは、怪我もなく無事だったんです!?」

『無事といえば無事だし、無事じゃないと言えば無事じゃないにゃね…』


 そういうと、防護服のナナちゃんは、被ってるバケツみたいなマスクを外す。

 可愛いナナちゃんの素顔が露になるが、その顔は半分無くなっていた。無重力合金骨格が剥き出しになり、表層の人工有機スキンは焼け焦げ、ごっそりと抉り落ちていた。


「―――――」


 思わず、言葉を失う。


『そんな顔すんなにゃ。人間と違って顔は部品交換すりゃすぐに直るにゃ』

「い、いやいやいや! そんなこと心配してないですよ! そんなにダメージ受けてて人工有機脳の方は大丈夫なんです!? 即メンテが必要なのでは!?」

『重傷度順にゃ。ムツキはほぼ直撃を受けたので最優先でメンテに出てるにゃ』

「ムツキちゃんが!? すぐ病院行きます! どこの病院に行ったんですか!?」

『落ち着くにゃ…! 私達はロボだから、行くのは病院じゃなくてメーカーの修理工場にゃ。それに、ムツキは反省中で、中古の旧世代ボディだったにゃ。半有機人工脳の動作チェックに問題なければ、工場に預けてた本ボディへの換装ですぐ復活するはずにゃ』


 ナナちゃんは防護服のメットを被り直した。


『ムツキが戻ってきたら、交代で私がメンテにゃ。まだ保証期間内だからコスト無しで復活にゃ。なんなら元のボディにしてくれたらいいのに…』


 過去の栄光に思いを馳せるナナちゃん。何というか、まだ完全には夢を諦めきってないみたいだな…。前も言ったが、彼女は今のままでも十分可愛いと思うのだけど。


「イツキちゃんは?」

『イツキの奴は無傷にゃ。ほれ、あそこで瓦礫片付けてるにゃ』


 と、言われても、そこにいるのは汚染防護服の姿の誰かなので判別できない…。


「ちなみに、こちらの方は?」


 野次馬に切り込んでた防護服の人を指差す。指差されて、立ち入り禁止のロープを張っていた防護服の人は、上目遣いするような仕草をする。


『まあ、フォーの事をもう忘れちゃったの? お兄ちゃん?』


 間違いない、給仕ロボ4号機のフォーちゃんだ!

 見た目が防護服でまったく分からないが間違いない!


『本店からも動けるヤツを呼んで片付けしてるにゃ』

『まったく、こっちは相変わらず退屈しない職場なの』

『月一の頻度で車が突っ込んできたり、隕石落ちてきたりするのはマジ勘弁にゃ…』

『それはそうなの。まあ、でも、仮に宇宙人が攻めてきても、私、ロボだから宇宙人なんかに負けませんの! だから、安心してね、お兄ちゃん』


 フォーちゃんが言うなら安心だ。

 っていうか本当に隕石が落ちてきたのか?

 あまりにも浮き世離れし過ぎた展開に、僕の認識能力が追い付いてない。


『今のところホントにゃ。警察と気象庁からも協力を得て検証中にゃけど』

『少なくとも落ちてきた物体はケイ素系隕石だったの。人工物ではないから“我々”を狙った攻撃の可能性は低いの』

『まあ、一年に5個や10個は地球に隕石が落ちてくるにゃ。単純に運が悪かっただけにゃね』

「運悪すぎでしょ…」


 隕石に店を壊されるなんで、宝くじに当たる確率よりも低いでしょ…。

 ともかく、理不尽な天災によって僕の心のオアシスは破壊されてしまった。

 怒りや悲しみよりも、ぽっかりと穴が出来てしまったかのような感覚に支配されている。


『ってなわけで、申し訳にゃいけど、しばらく2号店は休業にゃ』

『これを機に本店にも来て欲しいの、お兄ちゃん。沢山サービスするの』


 よし、本店行くか!

 そうだ。ちょっと距離が遠くなっただけで、僕のオアシスが消えたわけではない。そればかりか、本店にはフォーちゃんがいる。久しぶりに、フォーちゃんに相手をして貰えるぞ。


『ムツキやイツキも、工場での検査の結果、問題なければ本店のヘルプに行くだろうから、良くして欲しいにゃ』

「え、ナナちゃんは?」

『私は修理にゃ。たぶん、直すのに結構かかるにゃ』

『ナナちゃん、保証もあるし別の機体へ乗り換えたっていいのに、この汎用量産機を直してくれにゃ! って言って聞かなかったの』

『フォー!? そういうことは黙っとけにゃ!』

『ええ? でも私は、“この”お客様には話しておいた方がいいと思うの』

『あーッ! もうっ! 無駄話は終わりにゃ! フォーもさっさと仕事に戻るにゃ!』

『ハイハイ、なの』


 フォーちゃんは首を竦めてロープ張りの作業に戻っていった。ちらりと一瞬フォーちゃんがこっちを見ていた気がするが、防護服ごしなので確証は出来なかった。


『……』

「……」

『…………』

「………あの」

『うるせーッ! お前はさっさと帰るにゃ!』


 口を開いた途端、突如キレだしたナナちゃんに背中を押され、敷地から押し出される僕。

 何故か必死な彼女の様子に困惑しつつ、さて本店に向かうか、道順どうだったっけ? と思っていたのだが―――


『やってられねーですのーッ!!!!』


 突然の上がった怒声に、僕とナナちゃんは思わず揃って振り向いた。

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