MILANO MAZE 〜670馬力の女〜

ぬまざわ

1-0.Annunciazione



───センピオーネ公園に背を向け、4台が見据えるのはセンピオーネ通り2キロのストレートだ。


後列、ガンメタリックのインプレッサと、真紅のフェラーリF40。


前列、イエローのカマロ、そしてクソ女が乗る黒いムルシエラゴ。


レオはF40のサイドブレーキを引き、左足でクラッチを踏み込んだ。



《レオ、聞こえるか?》


「ああ」



ヘッドセットをオンにしながら右足でアクセルを煽る。


コックピット後方のエンジンが吼え、マフラーからは焔が立ち登る。



《もう一度確認だ。俺たちの話はオフレコ、他の奴らは…》


「誰も知らねえ、だろ? 分かってる。そして条件を満たせば、俺は晴れてお前らワイルドウイングの仲間入りだ。そしてその条件は…」


《4分半》



勝てる、いつも通りに走れたのなら。


いいや、勝たねばならない。


今夜の優勝賞品以上に、裏設定されたサブミッションのため……いいや、完璧主義を貫くために。



「ああ、今の俺なら余裕で切れるタイムだ。任せておけ」


《頼んだぜ、未来の相棒》


「実況席でよく見ときな」


《分かった。じゃあレース後にまた……》



ヘッドセットの向こうと会場の大型スピーカーから《待たせたな!》という彼の声が二重に聞こえ、それと同時にヘッドセットが切れた。


レオが見据えるのはセンピオーネ通りの遥か先。


ワイルドウイング……死した世界を甦らせる英雄達の衆、自らの新たなる居場所。


失われかけた自らの生きる意味を、見出せる場所。


それをレオは、見据えている。



《カウントダウン! スリー!》



右手でギアをファーストへ。


このレースを迎えるまでの日々が遡られていく。


昨晩のメンテナンス、隣のインプレッサに辛くも勝った先週の夜、ポイント首位の最長保持記録を塗り替えた先月のあの日、首位に立った去年のあの日、この車を手に入れた日、初勝利した日、そして、2年前に世界が死んだあの日。


生きる意味を失った、あの日。


……いいや、思い出そうにもどうも邪魔が入る。



《ツー!》



思考を乱すのは斜め前方にいるクソ女だ。


レオが見据える次なる居場所はストレートの遥か先だというのに、このムルシエラゴの不快なテールランプで霞む。


その上サイドミラーに映る彼女はムカつくほどに余裕の表情でコンソールのオーディオを弄っている。


レースのレの字も知らず、ただ見た目が美しいからという理由でレオよりも多くのフォロワーを抱え、きっと今もお遊び感覚でハンドルを握っているのだろう。


どうせそのムルシエラゴもファンからのスーパーチャットで得た支援金か何かで手に入れたに違いない。


ムカつく。


勝つのは当然だとしても、この女に闘争心がない以上、暖簾に腕押し。


完璧な勝利に唯一汚点がつくとしたら、この女の存在だ。



《ワン!》



潰す、完膚無きまでに。


そうなるに決まっている。


なぜならレオは努力した。


積み上げてきたし、崩すこともなかった。


勝つに、決まっている。


これで勝たねば、おかしいではないか。


勝てなければ、レオが積み上げてきたものがなんなのか、分からなくなるではないか。


今日それが実るから、レオは努力できたのではないか。


努力をした。


もし万が一、勝たなかったら。


その努力とは、積み上げてきたものとは。














俺は一体、何を積み上げてきたんだ?














《ゴーーーーーーーッ!!!!!!!》



一思いにクラッチを繋ぐと、F40は水を得たように飛び出した。


コースへ、センピオーネ通りへ、メディオストリートへ。


勝つために。


居場所のために。


死を選ばなかったことが正解であると、証明するために───。



 

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