第13話 修行開始!
広場から脱出できたのは、ある人物の手引きのおかげである。
一連の出来事を見ていたあの女性がまもたや助けてくれたのだ。街を出て、緑の深い山の中へと案内してもらう。
「ま、また助けてもらっちゃってすみません」
「どうせ街を出るならこの山を越えていく方が近いわ。すこしのあいだおとなしくしてなさい」
今度はあの小屋ではなく、彼女の私宅らしき塀に囲まれた大きな武家屋敷のようなところに迎え入れてもらった。
和風の座敷のような部屋で、お茶をもらい一息つく。
この金髪の女性の名はチェロさんというらしい。なんとかなってよかったね、と綿乃たちがのんびり話しており、その様子を見てチェロは大きなため息をつく。
「なにをやっているやら……あなたたち、なぜそこまでアルスにこだわるの。異常だわ」
額をおさえ、
「あなたたちにとって、アルスってなんなの?」
きかれて答えたのは萌音だった。
「私たち、ダンジョンを攻略しようとしてるんです。だからアルス……さんのことを知ることが、必要なんです」
「アルスデュラントがかつて厄災を終わらせたから? ……それだけじゃないんでしょう」
チェロは壁に背をもたれて、座布団の上であぐらをかく俺を注意深そうな目で見下ろす。
「あなたの首のあざ。その肩の精霊も、なにか関係しているはず」
「見えてるんだね」
ノパが言う。精霊は力の強い者にしか見えない。広場ではノパは姿を消していたはずだが、今チェロの目にははっきりとうつっているらしい。
「ノパ、話してもいいかな。チェロさんなら味方になってくれるかも」
「君にまかせるよ」
うなずき、俺は座りなおす。正座をして、真剣にチェロに伝える。
「俺がアルスデュラントなんです」
彼女は口をぽかんと開けて、おどろくというより呆気にとられていたが、やがて冗談を受けたような様子でふっと笑う。
「ふふ……5歳児じゃないのよ、私は? あなたはどう見てもアルスじゃないでしょう」
「ダンジョンを……攻略するため。アルスの力を取り戻すために、俺たちはここにきたんです。だけど……手がかりはなかった」
視線を落とす。チェロはそれを見てようやくすこし考えを改めたようで、萌音たちの反応も確認すると表情を一変させた。
「本当に……そうなの?」
俺はちいさく首を縦に振る。
「証拠はあるのかしら」
まだ疑っているのか、毅然(きぜん)とした態度でチェロは腕を組み言う。
「いや……魔法のほとんどが使えないし、記憶もない」
「でもこうしたらわかるかな?」
綿乃が言って、突然俺の肩にぴとっと手と体をくっついてくる。男とは違い女性の肌は妙にやわらかく、嫌な気はしなかった。
「なっ。綿乃さん、やりすぎだ」
俺は焦って避けるようにして立ち上がる。
こちらを見ていたチェロの目が、怪奇現象でも見るかのようにみるみる大きく開かれていく。
「……今、一瞬魔力が…………」
庭の外にいた鳥が、いっせいに飛び立っていく。俺はまだ魔力をあまり感じ取れないので自分ではわからないが、そういうことらしい。
硬直しているチェロに、ノパが言う。
「アルスが生まれ変わったのは精霊王とのつながりによるものでね。だからソウは精霊王とのつながり、愛の心を思い出さないと力を取り戻せないんだ。だれかやなにかを愛するって感情を……」
チェロはノパの方を一瞥(いちべつ)したものの、すぐにこちらに視線をもどして目をしばたたかせる。
「あ。そうだ、剣が出せます」
俺は手のひらを自分の方に向けて、御神刀を取り出す。
炎とともにあらわれたそれを見て、チェロが息を呑み叫んだ。
「これは……ホムラの剣ガルナーシャ……!」
「そんな名前なんだ、これ」
「よほどの腕利きでなければ、使おうとすると手が溶けて消失すると言われているのに……」
青ざめた顔になってチェロは言う。とうとう、彼女の中で認識が変わったようだった。
「信じられない……あなたが……アルス」
言いながら、後ずさっていく。
「いや、今の俺はヒラユキと言って、ただの学生です。魔法もあまり使えない」
それが事実だ。そしてチェロが言うほどすごい剣のなんとやらも、たぶん全然まだ力を引き出しきれていない。
チェロは混乱した様子で眉間(みけん)を指でおさえる。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが本当にアルスなら、すぐにでもダンジョンをすべて消し去ることができるはずでしょう!? 力を取り戻す方法もわかっているのだから……」
そう指摘するのは当然だろう。
ふと辺りを見ると、ヨサラがこちらを見ていた。まだ彼女にもその理由を伝えてなかったか。
「話し合って……地道に努力を重ねて、力をつけることにしたんです。ダンジョンのことは、早くどうにかしたいけど……それで、他の方法はないかと思ってアルスのことを知るために、このケラの街にきました」
正直に、現状のことをあらいざらい伝える。
「ほんと、まわりみちもいいとこだよ。バカ真面目、バカ冷血漢、バカ人間嫌い……!」
ぶつぶつつぶやくノパ。
チェロの反応は意外なものだった。急に落ち着き払った様子になり、感情的なものを含めた目を俺に向けてくる。
「やはり……精霊王への気持ちがまだ残っているのですか」
と、彼女にそんなことを訊かれた。
俺はすぐに否定する。
「いやそれはたぶんないですね。俺の……勝手な考えです」
が、チェロはふっと笑った。
「いえ、きっと偶然ではありませんよ。こうして私たちが出会ったのも」
彼女はそう言って目を閉じ、わずかな間物思いにふけったあとゆっくり廊下の方に歩き出す。
「ついてきてください」
言われたとおり後についていくと、木の床があるだけの広間に出た。その壁の上段には、ずらりと威厳のある人物たちの画が額縁とともに飾られている。
チェロは右から二番目の画を手でしめし、
「これが二代目師範の肖像画です。なにか思い出しませんか」
いきなりそう言ってきた。
言われた通り白髪とひげの老人の肖像画をじっと見てみる。なんとなく会ったことあるようなないような、そんな気分になる。
「……わからない……けど、もしかしてこの人、すごく強い?」
こくり、とチェロはうなずいて見せる。
「二代目は、ソウ殿と同級生であったと聞いております」
チェロの一言に、一同驚愕(きょうがく)する。
「この家は魔法の訓練もしますが、主に剣術や弓術をはじめとする武器をつかった戦闘術の道場を営んでいました。今や門下生たちはみなハンターや軍人になってしまいましたが……。アルス様もかつてここで二代目と切磋琢磨(せっさたくま)していたことがあるとか」
「武術……そうなんですか」
「はい。友、だったそうです。すぐに差をつけられてしまったと書物に記してありますが……その二代目の教えで、アルスの行いを責めてはならないという家訓が今も残っているんです」
おだやかにチェロは言い聞かせてくれた。どこか誇らしげで、そのことを喜んでいるように見える。
「アルスがやっていた訓練……」
そして武術の道場、か。そこに俺はある閃(ひらめ)きを見出す。
活路があるかもしれない。チェロが言っていたとおり、偶然じゃないのか。彼女はもしかすると、いやまさしく俺たちの探していた存在だ。
「チェロさん」俺は彼女に声をかける。「俺たちに戦闘術を教えてもらえませんか」
チェロは一瞬だけおどろいた表情を見せたが、予想出来ていたのかすぐに落ち着いて言う。
「口で言うほど簡単ではないわ。短い時間で身に着けようとすれば、相応の苦しみがともなうわよ。精霊様の言う通り、あなたには別のやり方もあるはず」
「……勝手な考えなのは、わかっています。でもこれしかないと俺は思います」
「それでもやるのね……」
チェロは考え込んでいたが、やがて「わかったわ」とうなずく。目をあけたときには、瞳の雰囲気がまるでちがっていた。アルスへの敬意をまなざしから、威厳のあるものへと変わる。
「わ、私もやります」
尻ごみつつもヨサラが声を上げた。
「な、なになに!? 特訓でもやるの?」
話を聞いていた萌音がたずねる。
「そうね。今日のところは肩(かた)慣(な)らしから……。見たところ、あなたたち全員魔力は強いけど、戦闘はまったくの素人のようだし、一から教えるようね。でも時間はないわ。厳しくいくからそのつもりでね」
「よろしくお願いします」深々と頭を下げお願いした。
「うそー……なんか怖いよう」
綿乃は乗り気ではないようで、隅(すみ)のほうでふるえていた。それをよそに俺は質問する。
「ここに寝泊まりさせてもらうことはできますか」
「いいわ。そうなさい」
「おー! 合宿だね!? がんばろ!」萌音は飛び上がって言ったあとすぐに「って……よく考えたら、あたしはダンスの練習もあるし、ずっといるのはちょっと無理かも……」突き上げた拳をひらひらとはためかせる。それには、ノパが答えた。
「ナズウェンのダンジョンから通えば大丈夫。萌音の送り迎えは僕がするよ。向こうの様子も見ておきたいしね」
「大丈夫だろうか」
「ケラの大兵団がダンジョンにいる間は、ブラムは外にはでてこれないと思う。ナズウェンのダンジョンに関しては時間はあるといえるだろうね。他のダンジョンがどうなるかはなんともいえないから、急ぐに越したことはないけれど」
「……そうか。苦労をかける、ノパ」
「いいさ」
もういいよ、という半ばあきらめたような感じで笑みを見せるノパ。
「着替え持ってきておいてよかった……」
ヨサラが胸をなでおろしながら言う。
「お泊り……わ、私もやります! 合宿だって親にメッセージおくらなきゃ」
綿乃が携帯を取り出す。ここから送れるのだろうか……?
そうして道場で、初日の特訓がはじまった。 防具などを外した軽装で、これからチェロの指導にのぞむことになる。
「じゃあ、はじめるわよ。最初に言っておくけど、私が教える以上は厳しくいくわよ。それから、これから行うのは基礎的な特訓が主で、許可したときのみ魔法を使うこと。いいわね?」
一同は威勢よく返事する。
まず、魔力を見せてみろとのことだった。と言っても俺はそれのやり方もよくわからないのだが、他の3人はなんとなく勘でそれができるらしい。
チェロがそれを確認し、最後に俺の番になると「あなたはいいわ」とスルーされる。
「ダンジョンを攻略する、と口にするだけのことはあるわね。これなら思っていたより早くダンジョンも攻略できるかもしれない」
そうチェロは言う。
「でも現時点ではまだまだだわ。基礎的なところからやる必要があるわね。このままダンジョンの下層にいっても、あっさり死ぬのが見えているわ」
「そんなに深部は危険なんですか」
俺の問いに、チェロはしずかにうなずく。
「……ええ」
行ったことがあるのだろうか。追及はしなかったが、そんな様子だった。
それから、陽が出ている間のほとんどの時間体幹トレーニング、柔軟、筋トレをおこなった。言うのは簡単だが、じっさいにやるのはつらい。
そしてほとんど休む間もない。チェロはかなりの鬼教官だった。綿乃たちに対しても遠慮なく「おしゃべりしているヒマがあるの? ダンジョンが今開いてもおかしくないのよ」とプレッシャーをかけていた。
教練に入ってからは最初の威圧的な態度に戻っている。手は抜かないということなのだろう。
基礎トレーニングをセットで何回か繰り返したあと、次に小さな木の枝を使って、様々な属性の魔法をつくりだす基礎訓練を行った。
しっかりと木の枝に魔力を通す感覚が重要らしい。萌音たちは風を出したり砂を出したり得意げにこなしていたが、俺はずっと杖とにらめっこして終わった。
その次に、ヒット&アウェーという戦闘の基本の動きの訓練を行う。ブラムの攻撃を避けてから魔法を当てるという目的のものであるらしい。
最初はペアを組んで、おたがいにゴムボールのような球体を投げ合い、それをドッジボールの要領で避ける。それを交互におこなう。それをこなすと次にボールに魔法を乗せて、投げる予備動作なしで飛ばし相手はそれを避けなくてはいけないという訓練がはじまった。
綿乃と萌音、ヨサラとノパという組み合わせで行っている。
投げる側は当てるつもりで、避ける側も本気で避けなければケガしないまでも軽くぶたれるくらいの痛みを受けるため必死に避けなくてはならない。綿乃たちは楽しそうにしながらも熱心にやっている。
まあ俺はというとボールに魔法を乗せるなどという器用な真似はできないので、庭でずっとチェロが放つ魔法を帯びた石のつぶてを避け続けていた。
これがまたチェロは容赦なく、本気で体に当てようとしてくる。なので俺は避けきったつもりでもかすったり触れたりしてそのたびに擦(す)り傷が増えていく。魔法ですぐに治せるとはいえ気分のいいものではない。
しかしこの訓練のおかげか、だんだんと目が魔法を見ることに慣れてきて最後の方にはなんなくかわせるようになっていた。今までなにげなくやっていた攻撃をかわすということが、はっきりと意識を集中させて見ることで魔法の流れのようなものをとらえられるようになっていた。
きりのいいところでまた道場にもどり、柔道のような受け身の訓練を行った。でんぐり返ってうまく背中と腕で衝撃をやわらげるというものである。地味だが使いどころは多そうだ。
慣れてくると、次には受け身をとったあとすかさず魔法を使う態勢をとる、というような形態に変わる。綿乃らはわいわいと和やかにやっていたが、俺にはチェロが常に厳しくついていた。
特に俺だけ、別メニューで木刀をつかった稽古も行っていた。素振りを数百回とやったあとに、実際にチェロと打ちあうのである。突きや払い、振り下ろしを回避するだけでなく、時々無作為(むさくい)に放ってくる魔法も避けてなくてはならない。さすがにチェロは手加減がうまく剣撃も魔法も力を弱めてくれているが、精神的にも肉体的にもかなりこれは応えた。
夜になり、疲労(ひろう)困憊(こんぱい)のなか一風変わった山菜中心の食事とヒノキの風呂をいただき、寝る準備を整(ととの)える。
俺たちは和室っぽい部屋を使っていいとのことである。
萌音がノパとともに一度向こうへ帰った。綿乃はブレザーだけ脱いだ制服姿で、灯(あか)りのもとなにか裁縫(さいほう)のようなことをやっていた。
「なにやってるんだ?」
「見て見て。みんなの分のお守り作ってるの」
アップリケというのか、頭に風呂敷を巻いたノパに似た縫物(ぬいもの)を見せてくれる。
「へえ。器用なんだな」
「このくらいしかできないけどね」
「そんなことはない、すごいよ。まねできない」
素直に言うと、綿乃も素直に笑みを見せる。
「うれしい。みんなに無事でいてほしくて。ダンジョンってとっても危ないし……。だからそのお守り」
「優しいな」
「ソウくんのには、特別に私の髪の毛でもいれておこうかな? なんちゃって」
「いや、それはいいかな」
談笑して、わずかの間綿乃が針を器用に使って縫い付けているのをながめる。
そこにチェロがふすまを開けて入ってくる。浴衣のようなものを着ていた。
「いつまで起きているの? あしたは四時起きよ。さらに厳しいメニューを用意してあるから、楽しみにね」
腕を組んで、嫌味っぽく言う。これが彼女の素なのかわざと悪役を買っているのか、判断はつきかねる。
「きゃー……」
綿乃は苦笑いで裁縫道具を片付け初め、さっさと布団の方へと逃げ込む。
「寝るか」
「おやすみっソウくん」
「……ん」
俺の寝室は廊下をはさんだ向こうにある。おやすみなさい、とチェロも声をかけてくれる。
ヨサラはすでに毛布にくるまっていて、寝ているようだった。さすがに疲れたか。
「えへへ……おやすみメールより先に面と向かっておやすみって言いあっちゃった。てへ」
綿乃は布団に入りながら、そんなことを笑顔で言っていた。よくわからない人だな、と俺もつられて笑う。
「なにを言ってるんだか」
布団に入り、すぐに眠気が来た。体が重い。このまま寝れそうだ、と思っているとふすまの向こう側からヨサラの声がした。
「ヒラユキさん……起きてますか?」
「ん……ああ」
「すみません。あの……昼間はありがとうございました」
半分寝ぼけていたのでなんのことだろうと考えつつ、広場でのことを思い出す。あれもなかなか強烈だったが、激しい特訓のせいで薄(うす)らいでいた。
「昼間……ああ。……無事でなにより」
「が、がんばりましょうね。おやすみなさいませ」
ああ、と返す。「おやすみ」と言ったか言わないか、俺の意識はこと切れていた。
翌日チェロの言う通り、早朝から稽古が始まる。
チェロが山のどこかにしるしのつけた石を五つ隠したという。二手に別れてそれを探しつつ、チェロから逃げるのがこれから行う特訓だとか。彼女に捕まった者は筋トレなどの基礎練習のセット回数が増えるそうだ。また石を見つけた数だけセット回数は減るらしい。
午前中はずっとこれをやるとのことだった。俺は綿乃と組みどこまでに緑に包まれた山の中を、練(ね)り歩く。
しるしをつけた石と言っても簡単に見つけられるはずがない。さらにチェロが追ってくるうえ、姿は見せないので逃げ続けても振り切ったかどうか安心できない。
まだ昼までかなり時間があるというのに、ひとつも見つけられていない。
全く姿を見せないチェロの魔法を避けつつ、石を探し続ける。ハチの巣に近づいてしまい追われたりしながら山のなかを探索した。
すると突然綿乃がその場にへたれこんで「ソウくん、私疲れちゃった……」と泣き顔のように表情をくもらせて言った。
「え? なら、すこし休めばいい」
「休んだだけじゃだめそう……かも」
苦し気な声を出しつつ膝を抱えて、ちらと俺を見る。
「でも体力トレーニングなんだしずっと休んでるわけにも……」
「ストイックすぎるよー。ほんとに疲れたの」
ぶー、と文句を垂れる綿乃。
こうなると一度下山するしかないか。
「どうしよー。もう歩けないかも……。このままじゃ基礎トレーニング増やされちゃう……」
頭を抱える綿乃を見て、しょうがないなと俺は息をつく。
しかたなく彼女をおぶってやり、ふもとまで向かう。
「えへへー」
俺のほうはなかなか大変なのだが、おぶられている綿乃はなぜか楽しそうだった。疲れてるわりには上機嫌すぎないか……
トレーニングのおかげかそう重くは感じない、むしろやわらかすぎる感触と羞恥(しゅうち)心(しん)のほうが耐えがたい。気が散ってまともに歩けない。
その途中でヨサラと萌音に出くわした。萌音がまず俺たちの状況に驚きはらっていたが、ちゃんと説明してことなきを得る。なんと向こうのペアは一つ石を入手しており、ヨサラが見つけたのだと萌音が教えてくれる。
「それじゃ、いったん俺たちはチェロさんの家にもどるよ」
「二人とも無理しないでね」
「はーい」
綿乃が俺の顔の横で笑いながら手を振る。まあ無理は禁物だな、萌音の言う通りだ。
ふたたび綿乃をおぶった俺を、ヨサラがものすごいじと目でにらんでいた。隣の萌音も綿乃の表情を見て「……もしかしてふたりともー? アルスの力取り戻そうとしてない?」ぷすぷす、と意地の悪い笑いが噴き出すのをこらえている様子だった。
「これはそういうあれじゃない……からな」
「綿ちゃんに変なことしちゃだめだよ、ヒラユキくん」頬(ほお)をふくらませて萌音が言う。
「しません」
きっぱりと言い、さっさと山をおりることにする。
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