第4話 裏切りの英雄
ノパとそこでいったん別れ、俺は古い納屋からふたたびシャーノ国に移動する。
あの穴とこの泉が出入り口になっているわけか。それはそうと、まずは巫女様に会いに行って話をうかがわないとな。
村は再建していたが、まだわずかに襲撃の傷跡をのこしている。
屋根の一部がくずれた堂にちかづくと、「お待ちしておりました」と巫女様とそのお孫さんの少女がこころよく出迎えてくれた。
「こちらは孫のヨサラでございます」
「こんにちは……です」
ナモさんに寄り添いながら、恥ずかしそうにヨサラは一礼してくる。俺も「ヒラユキと言います」と頭を下げた。
年の離れた小さな子どもにたいしてであっても、礼儀は重んじておきたい。
「おばあさま、本当にこの方が……?」
少女がこそこそとナモさんの耳元でささやく。
「うむ」
「思ってたアルス様はもっとダンディなおじさまだったのだけど……」
少女はそうつぶやくように言って、俺をじと目で見てくる。
「これヨサ……」
ナモさんは顔を青くして、俺のほうを見て頭を下げる。
ヨサラという少女は俺の顔をにらむようにじっと見たあと、ぷいっとそっぽを向いて堂の奥へ去っていく。
「すみません。あの子はふだん魔法学校に通っていて、たまたま帰ってきているだけなもので、礼儀というものが……」
「いえすみません……。俺もアルス……さんのことはまったく知らなくて。気にせず、御存知のことを教えてください」
すでに事情は伝えてあり、ナモさんは座りなおして話をはじめてくれた。
「失礼しました。それでまずは、なにからお話すべきですかな……」
堂の座敷でむかいあって、ナモさんがつぶやくように問いかけてくる。
「まずは、ダンジョンのことを」
と俺は願った。
「ダンジョンというのは、魔物であるブラムの巣窟(そうくつ)が突如として出現する現象のことですじゃ。それは数千年に一度の周期で、起きるのじゃが……今回のものは今までのなかでも最もその数が大きく、各地で被害を生んでおります」
「どうすればいいんでしょうか」
「ダンジョンの最深部には核(コア)があり、それを見つけて破壊すればあの球体ごと消えます。しかし内部の構造(こうぞう)はフクザツで、並みの兵やハンターたちでは手に負えないようで」
「それをひとつひとつ対処しなきゃいけない、ということですか……」
俺がためいき交じりに言うと、ナモさんは否定した。
「いえ、ダンジョンというのはどこかでつながっているものが多いのです。そしてダンジョン全体の核であるブレインと呼ばれるものがあり、アルス様が活躍なされた第六厄災では、アルス様がそのブレインを破壊し世界を救ったのでございます」
「はあ……。ダンジョンの核を壊せばダンジョンは消える、ダンジョン全体を消すにはどこかにあるブレインを壊す必要がある、ということでいいんでしょうか」
「さようでございます」
ふう、と思わず息がこぼれる。これは厄介だな。とても一日やそこらで解決できそうなことじゃない。
「そうだ、どうも自分は魔法があまり使えないみたいで……なにかアルス……さんの手掛かりとかがあったらいいなと思ってきたんですけど」
「魔法が? ……それはゆゆしきことですな。しかしそれをどうこうできるというのは、精霊くらいの存在でなければ……。では、シャーノ国に出向いてみるというのはいかがでしょう」
ナモさんは考え込んだ末に、そう提案してくれる。
「アルス様のつかえていた場所です。そこにいけばアルスどのの詳しい記録なども残っているやもしれませぬ」
「なるほど……」
「馬車を出しましょう。これヨサラ」
ナモさんが呼ぶと、堂の奥から少女があらわれる。
「ついておいきなさい」
「はい」
すす、とヨサラが歩み出てくる。俺の前に座ることはせず立ったままだった。どこか不機嫌そうで、最初に会ったときより目つきが厳しくなっている。
そしてナモさんとともにさきほどまで一風変わった巫女の衣装を着ていたはずだが、今はすこし女学生らしい服の上にマントを羽織るような恰好をしている。
手には、紫色の数珠がまかれていた。
「私の書状とともにこの子を連れて行けば、今の事態下でも関門を通れるでしょう。また、若いですが魔法の腕は優秀でございます」
「あ、ありがとうございます。……でもこんな小さい子」
村の外に連れて行くのは危なくないんだろうか。
俺が心配して少女のほうをみると、彼女はフンと鼻を鳴らして目を閉じ、顔を背ける。
「アルスどの……いえソウどのは、この時代に慣れていないご様子。おともの者がいたほうが良いでしょう。わしがついていければよかったのですが、調査の足手まといになっとしまうでしょうから」
「なにからなにまで、ありがとうございます。じゃあ、シャーノに行ってきます」
「この村が受けた恩にくらべればあまりに取るに足らぬことです」
恩、という言葉に俺は思うところがあった。アルスデュラントのことだ。
「あの……どうしてアルスは裏切りの英雄と呼ばれているんでしょうか。ずっと気になってて」
厄災とやらを片付けたのも、この村を救ったのも、そのアルスのはずだ。なぜそんな不名誉な呼ばれ方をしているのだろう。
「アルス様は……」
すこし言いにくそうによどみつつ、ナモさんは教えてくれた。
「人を見捨てて、精霊王に永遠の愛をちかったのでございます」
「……人を、見捨てた?」
こくり、とナモさんは気まずそうにうなずく。
「シャーノの宮廷魔術師であり、厄災を終わらせた英雄……しかし数年後、こんどは人間同士が領地をめぐっての血まみれの戦争を起こすのです」
俺は黙って、彼女の話をききいっていた。
「アルス様はそんな人間たちを見下げ果て、想い人であった精霊王と結びつき、その里から二度と出ることはなかったのです。つまり……駆け落ちということですな」
「駆け落ち……」
単語自体は知っているが、じっさいに話のなかで聞いたのははじめてな気がする。
「でもそれでなぜ裏切りなんですか?」
他人事のようにしか思えないので、俺はたんたんとたずねた。
「それは……残された人々の勝手な考えなのです。誰もが知る英雄が、人を見捨てた。最高の魔法使いであるアルス様がいれば、シャーノ側の勝利で戦争はすぐに終結していたはずだと。彼らがおろかに違いないのですが、事実戦争は長引き……厄災のときと同じように地は荒れ果てました。民衆は怒り、国王は激怒し、アルス=デュラントの名を後世口に出すことを禁じたのです。法律を作り……そう、アルスではなく、『裏切りの英雄』と呼ぶようにと」
民衆を見捨て、精霊王とやらと姿をくらましたということか。
俺とはちがってなかなか波乱万丈な人生を生きているように思える。
「……ですが一度だけ、アルス様は使いの精霊をこの村によこしてくれたことがあるのです」
「……え?」
話をきいているかぎりだと世捨て人のアルスだが、この村にはまだ愛着があったのだろうか。
「その精霊の話によれば、この村が無事であるかなどを確認しにつかわされたのだと。アルス様は……裏切りの英雄などではありません。とても心優しきお方なのです」
どこか悔しそうに、彼女は言っていた。
「それが、アクリルに伝わる言い伝えです。その精霊はアルス様の心境を語ってくれたといいます。ほかにも、精霊王とともにいて、とても幸福であることなど……」
「精霊、王……」
なんだかすごそうなのとくっついたものだな。
「アルス様は……大変な愛妻家であったとききます」
ふっと微笑んで、ナモさんは言う。彼女がアルスをとても尊敬していることはよく伝わった。
馬車に揺られながら、俺はアルスのことをすこし考えていた。
世捨て人で、愛妻家、最強の魔術師。
きけばきくほど俺とはかけ離れすぎている。俺自身はというと、恋をしたこともなければテレビのアイドルや女優にもあまり興味がない。それに学業もまじめにそこそこやっている。
ナモさんは俺の格好は目立つからと、黒っぽいコート、というかローブのようなものをくれた。今まではシャツにネクタイ、制服のズボンという格好だったのでこれを羽織っていれば悪目立ちすることはないだろう。
「あの、ヒラユキ様。のどがかわいておりませんか? 飲み物をもってきております」
荷台のなかで、ヨサラが正座をして格式ばった礼をする。額を床につけるその姿に、俺はとまどった。
「あ、ああ。もらえますか」
「は、はい。毒は入っておりませんので……」
そう言ってヨサラは装飾のほどこされた竹筒のような水筒をとりだし、小さな杯にそそいで飲み干す。
すごすごと頭を下げながら、俺にも別の杯をさしだしてくる。
「そ、そんなにかしこまらないでください。ふつうにしてもらえると、助かる」
耐えきれず俺は言った。
「あぁ、ええ」
それがむしろ混乱させたのか、ヨサラはおろおろと落ち着きがなくなる。
「ヨサラさん、だっけ。巫女様が、君は魔法を使えると言ってたのだけど、俺に教えてもらえないかな」
「……え、ええ!? わ、私が、あ、アルス様に……ですか?」
なるほど、どうやらあの村の人たちにとってやはりアルスというのは大きな存在らしい。
「ああ。あの、君が思ってるアルスはすごい人なのかもしれないけど、今の俺は炎の剣しか使えない大したことないやつなんだよ。ぜひお願いしたい」
ヨサラはそれでもまだ遠慮があったが、うなずくとすこし目つきを険しくして言う。
「魔法が使えない、とは……なぜですか」
「……わからない。けど、まったく」
ヨサラは目をしばたたかせるほど驚いたようだ。
「あなた……本当にアルス様なの?」
またも、ヨサラがじと目を向けてくる。俺はうろたえつつ、自分の頬をかいて首をひねる。
ヨサラは困ったような表情になりながらも術のことを教えてくれた。
「では回復魔法をやってみようと思うのですが……」
ちら、と俺の顔を見る。
「ああ、もちろんそんな魔法できないから安心して教えてくれ」
知っていたらどうしようと思っていたのか、ヨサラは安堵の息をつく。あるいは落胆のため息だったかもしれない。
「では……ヒラユキ様、手に切り傷(きず)のかさぶたがありますね」
「ああ。ここに来る前に、ブラムとすこしやりあって」
「……じっとしていてくださいね」
ヨサラは俺の横にきて、両手をつつむように俺の手にかざす。
すると傷がほとんど消えかけた。俺は目を見開いておどろく。
「ヒール、と唱えると使うことができます。アルス様は、物を直すこともできたとか……」
尊敬のまなざしでヨサラは言う。俺もさっそくやってみようと、たまたま荷台のマストに開いた穴が目に入り、それに手を添えた。
「ヒール」
となえてみたが、やぶれかけている穴は元通りにはならない。
「え、えっと……本当にアルス様……なんですよね?」
ヨサラは苦笑いを浮かべて言う。
「さあ……」
俺は首をひねり、後ろ頭をかきながらそう答えることしかできない。
「な、何度もやっていればそのうちできるようになりますよ」
ヨサラはおだやかにフォローしてくれたが、俺はなんの手ごたえも感じられず顎に手を当てて首をひねる。
その後も何回か試しているうちに、わりとすぐに目的地についた。
警兵にナモさんのくれた書状を渡すと、簡単に通してくれる。
そこで場所を降り、街に入る。
シャーノ国の城壁のなかはとてもにぎわっていた。壁の外は殺気立った兵士たちがたくさんいたのに、中の人々はふつうに暮らしており、売店なども立ち並ぶ。
アクリル村の必死な感じとはずいぶんちがうんだな、と思いながら、人々を見る。
ローブを着ている人が多い。そのなかにすこし俺の世界にもあるような帽子やジャケットのようなものを着ている人もちらほら見受けられた。すこし見上げれば大きな城が目に入る。
アルスは昔ここにいたことがあるらしい。なにか思い出すようなそういう感じはなく、慣れない景色にかこまれて外国に来たような気分だ。
ヨサラとともに商店通りのなかを進みながら、俺は飲み物を売っている店の店主に話しかけた。
「あの、アルス……裏切りの英雄について調べてるんですが、どこにいったらくわしくわかりますか」
「はあ? 裏切りの英雄ぅ? あんなやつのこと調べてどうすんだい」
あからさまに感触のよくない返事がかえってくる。
「いやー……まあちょっと」
「あいつは最低のやつさ。今まで世話になった民衆と国を見捨てやがった。ま、同じ時代に生きてなくてよかったぜ。今も厄災のせいで大変だってのに、たぶんそいつが今いたらまたおじけづいて精霊の里に逃げ込んだだろうよ」
心底侮蔑(ぶべつ)するかのように店主は言っていた。まあ俺には別にノーダメージなのだが、アルスとかいう人はぼろくそに言われて大変だな。
「とはいえ昔の厄災を解決した人なので、なにかヒントが得られないかなと思って……」
「やめとけやめとけ、ただの臆病もんだぜそんなやつ」
「なんだい、裏切りの英雄の話かい?」
通行人のおばさんもなぜか話に加わってくる。
「おう厄災のことで詳しく調べたいんだと。こんな大変なときにおかしな奴だ」
「やめときなよあんた、警兵ににらまれるよ? あたしゃ忠告したからね」
おばさんは俺に注意だけして、どこかへ行った。
「国立図書館にでも行くしかないだろうな。ま、悪い意味でシャーノのやつならだれでも知ってる名だがな」
「……ええ。そのようですね」
返礼に果物の皮の容器に入った飲み物を買い、その場をあとにする。
ちら、とヨサラを見るとむくっと頬をふくらませて赤くなっており、今にも怒声を吐き出しそうになっていた。
「落ち着いて」
と俺はあわてて声をかける。
「……ヒラユキ様、どうしてだまっているんですか。あんな間違ったことをいいたい放題言わせて……」
ぶるぶる、と肩をふるわせてヨサラは言う。
「……間違ってるかどうかも俺にはわからないしな。もしかしたら、本当にそうだったのかも……」
「そんな人じゃありません!」
急にヨサラが大声で叫んで、俺は背筋が勝手にただされる。まわりの人も、一瞬おどろいてこちらを見やっていた。
ヨサラは気分が悪そうに、唇を噛んで視線を落とす。やがて口を開く。
「……しかし、これが現状です。気を悪くしないでくださいね。もう当時のアルス様の人柄を知っている人は、いないので……」
「ああ、別にいいよ。自分のことだとは思ってないからさ」
俺がそう言うと、ヨサラはさらに肩を落としてあきらかに落胆するような表情になった。
本当にアルスなのかどうか、まだ彼女のなかでは決まりきっていないのだろう。それは俺も同じだ。
そこにふと、背後に視線を感じて振り返る。
通りの向こうから誰かがこちらを見ていたようなねばりつく感じがあった。だが人ごみではっきりとはわからない。
よほど裏切りの英雄に恨みがある人が話に反応したのかもしれないな、と気にしないことにする。
書状を提示して立派な建築の図書館に入ったが、なんというかにわかに予想していた通りいい結果は得られなかった。
アルス=デュラントの記録はほとんど残っていない。あるのは、国を見捨てて精霊王のもとに逃げ込み、裏切りの英雄と呼ばれたということばかりだった。
図書館のすぐ外に出たところにある、大きな階段のところで座り込む。そしてヨサラと共に途方に暮れた。
「厄災のときどうしただの、どういう魔法を使ってただの、そういうことの記録が残ってると思ったんだけどな……」
「アルス様のことがくわしく書いてある本は、まったく残っていませんでしたね……」
「……裏切りの英雄、か。名前を呼ぶことが法律で禁止されてるくらいなんだから、そりゃ資料も残ってないか……」
「……第六厄災を救った、すごいお方なのに……」
歯がゆそうに、ヨサラは膝を抱きかかえて縮こまり、自分の足に向かって文句を吐き捨てた。
一方の俺は、悔しいとかいうよりかは、困り果てるよりほかにない。
小さく息をはいて、空を見上げる。
「だいたい、本当にアルスデュラントが厄災を終わらせたのかな。一応とうの本人らしい俺は、ぜんぜん魔法使えないんだが……」
「じ、自信を……失わないでください」
「うーん……」
ヨサラはあの村の人だからそう言ってくれるけど、自信があるほうが無理だ。そもそも彼女の瞳にもすこし疑念があるような気がする。俺が本物なのかどうか、というところに対してのだ。
ヨサラは立ち上がって、俺の前に来る。小さいので、立つと座ってる俺とちょうど目があう。その俺の目をじっと見てヨサラは言った。
「わ……私も、正直に言わせていただきますが、あなたがアルス様かどうかまだ信じることができていません」
最初はおとなしい少女という印象だったので、はっきりとした物言いに俺はおどろいた。
ヨサラは続けて言う。
「だけど……私は信じています。もし……本当にアルス様がまたあらわれたのなら、きっとまた世界を守ってくださるのだと」
強い期待のこめられた目、そして口元はおだやかに微笑んでいた。
俺もつられて気がゆるみ、うなずいて見せる。
「やるだけやってみないとだな」
なにか自分のなかに確信があっていったわけではないが、ヨサラは嬉しそうにうなずいてくれた。
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