双世のマジシャンズアート ー転生した人間嫌いの大魔術師、ラブコメするたび力をとりもどすー

isadeatu

第1話 精霊の夢


 『第六厄災(だいろくやくさい)』と呼ばれた魔物の軍勢との戦いを終え、時が流れて世界にはつかのまの平和がおとずれた。

 瓦礫の山になっていた街は復興し、すこしずつだが民にも活力がもどりつつある。

 しかしそれは長くは続かなかった。

 私のつかえるシャーノ国の属する連合軍と、世界の覇権を狙う国家アムステルドとの戦争がはじまった。

 魔物との戦いが終わったかと思えば、今度は人間同士の戦争が勃発したというわけだ。

 私は宮廷魔術師の身でありながら精神衰弱を理由に、軍議への参加を先延ばしにしている。

 すでに開戦の火ぶたは切って落とされたというのに、宮殿の与えられたわが部屋で何もせずにいる。

 ふとバルコニーに出て遠くの夜空をみると、行軍の灯りが蛍(ほたる)のようにうごめているのが見える。

 あの列の向かう先で戦いがはじまるのだと思うと胸がざわつき、第六厄災のことを思い出す。

 我々は死に物狂いで戦い、そして生と平和を手に得た。

 はずだった。

「これが俺の守りたかった世界なのか……イザエル」

 決死の思いで手に入れた平穏は、かつて私が守りたかったはずの者たちの手によっていともたやすく壊された。

 私のなかには無力感と、あきらめのような絶望が満ちはじめていた。

 気づけば私は宮廷を飛び出し、馬を走らせ夜道を駆けていた。

 私を待ってくれる者のもとへ行きたい。もはやそこにしか安息の地はないのだから。

 忠誠をささげてきたシャーノの思い出あふれる土地に別れを告げ、振り返ることはない。

 たとえ後世に、王を見捨てた裏切り者とよばれようとも。私自身の残りの寿命をただ愛のために使おうとすでに心は決まっていた。

「精霊よ。精霊王イザエルへの道をさししめしてくれ」

 私の手の中に丸い小さな光が生まれ、やがてひとりでに浮いて道を先導してくれる。

 森のなかに炎があがっているのが見えた。

 集落の離れの家屋が燃えているようだった。私は馬を降り家のまえで横たわる男にかけよった。

「なにがあった」

「シャーノ軍に……」

 男は行き絶え絶えに言う。暴行されたあとがある。治癒の魔法をかけてやった。

「シャーノ軍? なぜシャーノ軍が。たしかに周辺に敵意のある気配がかすかにあるようだが」

 言うやいなや黒い魔法の矢が無数に飛んでくる。シールド、と私は唱えふせぐ。

 その気配にはおぼえがある。

 間をおかず特大の火の玉が飛んできた。アクアボールの魔法でそれを打ち消す。

「ケジンバルト、なんのつもりだ」

 私より年上の大臣官ケジンバルトが森のなかにいた。野心が強く前々から私を敵視していた男だ。

 そのとき私は視界のすみになにかが動くのをとらえた。しかしそのときにはもう遅かった。

 さきほど助けたはずの男が短剣を私の心臓に突き刺していた。私は血を吐く。ダメージよりも、思考が混乱した。なにが起きているのか。

「おいおい大賢者様! まさかシャーノを裏切ってアムステルドに寝返る気とはなあ!?」

 ケジンバルトがわざとらしく芝居がかった演技で言う。さきほどの男がそれに寄って行く。それにあわせて四方八方から数百の兵士があらわれる。

 そこから数百の矢が放たれた。ほとんどはシールドでふせげたが何本かは体に突き刺さった。あの短剣にしても矢石にしても、毒がぬってある。

 そういうことか。

 やつは私が国を出ようとする機会をずっとうかがっていたんだ。二度ともどれないように。

「ち、ちがう。私はただ……愛する者としずかに暮らしたいだけだ」

「ああ、どのみち言い訳はきくつもりはない。ここにいるのは俺の忠実な部下だけ。開戦派のな。お前は、ずーっとジャマだった。前から目の上のこぶだった。なにかとあれば反戦だの、平和だのを口にして。第六厄災のときから秘密裏にアムステルド国を弱体化させる工作はできたのに、お前が反対したせいでできなかった。その結果どうだ。アムステルドは強大な軍事力を手にし、今度は人間同士の戦争になってしまった」

「もうこそこそと活動はさせない。お前のことだ、敵に寝返らずともまた吾輩の邪魔をするつもりなのだろう」

「お前のじゃまになることはしない……いかせてくれ」

 心臓の治癒にはそう時間はかからないだろう。問題はあの短剣と矢に塗られていた黒毒。あれのせいで魔力がうまく練れない。

「毒のせいで得意のバカ威力の魔法が出せんだろう、アルスよ。剣と矢に第六魔神の血をぬりこんであるからな。アムステルドに使うはずだったが、まあおなじことか」

 さらにケジンバルトの手には、見覚えのあるまがまがしい玉がある。

「それは……」

「そう、貴様が倒した第六魔神から戦利品として手に入れた宝玉よ」

「それは……全賢者の手で封印、したはず」

「だから貴様はおろかなのだよ。アムステルドとの戦争はもうとっくにはじまっている。敵の手に渡る前に我がものとしたのだ。そしてお前に見張りをつけ、まさかこういう形で使うことになるとは」

 やはりあれは壊しておくべきだったか。研究のために邪気がとれるまで眠らせておく判断は間違っていたようだ。

「吾輩ほどの者が使えば、手負いの貴様なら倒せる。ここで死ね。大賢者アルス……いや、敵国に寝返った裏切りの魔術師よ」

 その言葉どおり、ケジンバルトの魔法の前に私はほとんどあらがうことができなかった。

 手足に魔法の手錠をかけられ縛られる。体は燃え盛る家屋の壁に磔(はりつけ)のように固定され背中から焼けた。

 悲鳴をあげる間もなく、兵士たちがその複数の槍でもって私の体を幾度も突き刺した。

 何度も、何度も、死ぬまで。

 全身に炎が燃え移り、目の前に自分のまつげを燃やす火が見える。さすがに、自らの死をさとった。

 心残りは、我が愛しの精霊。

「イザエル……もう一度君に……」

 会いたかったけれど、再会できそうにない。すまない。

 私は人間のために最善をつくしてきたつもりだ。

 だというのに人間同士の戦争。あげくのはてには、味方に後ろから撃たれるとは。

 私がやってきたことは、まったくの無意味だったのか。これが人間の世界だというのなら、なんのためにやってきたのだろう。なぜこうして私は無様に死ぬのだろう。

 教えてくれ、イザエル。


 気づけば私は、見知らぬ場所にいた。

「ここは……精霊郷?」

 花畑と太い木々がどこまでも続く草原。精霊の光がちらほらと私を出迎える。

「イザエル……君なのか?」




 おかしな夢だったな。

 なんだ、愛に生きるって。よく内容はおぼえてないけど、なんだかしっかり寝たはずなのに疲れが残ったな。

 それに悲しい映画を見たあとのように胸がつっかえ、気分が晴れない。

 俺の名は平雪奏之(ヒラユキそうの)佑(すけ)。16歳で、流(る)根山(ねやま)高校に通うごくふつうのなんの変哲もない学生である。成績は中の中。得意科目は特になく、まんべんなく60点以上を狙えるのが強みと言ったところか。あんな風に愛に生きたりはしないし、馬に乗ったこともない。だからこそ変な夢だった。

 とにかく起きなければと、制服に着替える。

 朝食をとりながらテレビでニュースを見ていると、なにやらアナウンサーが慌(あわ)ただしく緊急の速報を読み上げていた。

『謎の巨大なオブジェが突如世界中に出現』その横に見慣れない物の映像がうつる。

 黒い球体――ところどころ機械のような無機質な表面がむき出ている、たしかに謎のオブジェと呼ぶほかないものが東京の街のど真ん中にあり、高層ビルには鉄球が食い込むかのようにそのオブジェが壁を壊して合体してしまっている。

 だがそれがなんなのかだれも知らないらしく、テレビにうつる人間たちが全員ただろうばいしていた。

 物騒なものじゃなければいいが、と思いながら支度(したく)を済ませる。

 外に出るとやけに空が暗いのが気になった。雨は降っていないが、雲が黒ずみ朝だと言うのに夜に近い。

 遠くに不穏なものが見える。さきほどテレビで見たものと同じ巨大なオブジェが、いきなりドーム型のスタジアムができたかのように街の景色を侵食(しんしょく)していた。

 ぼやけ具合からしてかなり離れたところにあるようで、ここから見えると言うことは自分が思っていたものより大きいらしかった。

 この街の近くにもあんなものが出るとは。いったいなんなんだろう、あれは。

 いつもの通学路の通りに、自分の他に人がいない。朝から妙な雰囲気だなと思っていると、突如すこし先にあった巨木に雨も降っていないのに雷が落ちた。まずまぶしさに目がくらみ、次に目の前の光景におどろく。すさまじい音鳴りがする。

 初めてこんな近くで見たな、と肝を冷やしていると、不思議な現象に気が付いた。電撃が消えないのである。

プラズマは真っ二つに折れた木の周りをただよい、生き物のように塊になっていく。

 その塊は液体になり、やがて変身して石像のようになった。そしてそれがとうとう動き出す。

 魔物――それが俺のそれを見て最初に思ったことだった。羽根が生えていて、牙があって、ほかのどんな動物ともちがう皮膚の質を持っている。絵画に描かれる悪魔のような姿のなにかが、3体おり、そしてこちらを見据えている。

 この世のものじゃない。そう感じたのは、その悪魔たちが殺気を放っているからとか、見たことのないものだからとか、そういう理由じゃない。虎や豹(ひょう)と対峙(たいじ)したかのような感覚、おそらくそれ以上のものを感じる。『こいつは人間の知識をはるかに越えた得体のしれない力を持って』いて、俺のことなど簡単に、一瞬で殺せるのだと生物としての直感でわかった。

 しかし驚きのあまり身動きひとつとれず、異形の怪物たちが近寄ってきても体が思うように動かず逃げることができない。

 やつらは俺の勘が教えたとおり、いっせいに襲ってきた。指を動かし、黒い雷撃のようなものを俺めがけてどこからともなく放つ。

 俺はこのときようやく自(おの)ずと体の自由をとりもどし、文字通り逃げまどった。寸(すん)でのところであの奇妙な雷をかわす。

 そこに、バサリと翼がはためくような大きな音がした。ふりむくと、あの悪魔たちが身体をねじらせ、すでに溶けはじめたアイスのように原形をとどめていない。

 その中央に、白い翼の生(は)えたこれまた大きな別の怪物がいた。こいつがやったのだろうか。あまりに一瞬のことで何が起きたかもわからなかった。

 その怪物は猫のように座り、ただこちらをじっと見ていた。体は獅子(しし)のようだが、顔は猿のような、かなりとぼけた顔をしている。

「オムカエニアガリマシタ」

 口をうごかさず、その怪物が俺をみて告げた。

 なんと言ったのかも、どうやって音を発したのかも混乱した頭で理解できなかったが、ただとにかく俺は恐怖と、この悪魔たちから逃げたいという感情に支配され、悲鳴のような息を吐き続けてそこから走り去った。

 あいつ、なにか呪文のようなものをとなえていた。なぜかわからないが狙われている。すぐに逃げないと。

 ――どこに?

 とにかく今見ているものが錯覚(さっかく)じゃないのなら、あの怪物たちから距離をとるしかない。

 俺は元来た方角をもどり、丘になっている階段を必死にかけあがる。

 家はこの先にある。わりと新しいなんの変哲(へんてつ)もない普通の家だが、そのすぐとなりには昔祖父たちが使っていたらしい廃屋(はいおく)がある。

 親戚の子どもたちとかくれんぼや鬼ごっこをするときよくその廃屋に隠れたものだ。

 あそこは見つかりにくい。俺はその泡のようにはかない

 合理的といえるようなものではない期待を頼りに飛び込んだ。

 工具やなにかしらが散らかっていて、俺はひときわ大きななにに使うんだかよくわからない機械のうしろに隠れた。小さい頃はもっと別のすきまにも隠れられたのだが、今はそうはいかない。

 じっとして息をひそめていると、窓の外にあの怪物の影がうつる。

「アルスサマ」

 おかしな音を発しながら、怪物はこの納屋のまわりをうろついている。

 そうなってほしくなかったが、怪物のシルエットが窓にうつったまま止まった。そして、扉に手をかける音がする。

 中から木の棒をつっかえにして開けられないようにはしてあるがそれがあれに通用するとは思えない。

 いざとなったら、今手に持っているそのへんにあったクワで戦うしかないんだろうか。

 いやだめだ。道はほかにもある。

 俺しか知らない、この納屋につながっている秘密の抜け道がある。

 深くまで入ったことはないが防空壕かなにかなんだろう。俺はたてかけてあった板をいったんはずし、そのうしろの空間へとあの化け物が入る前に身をかくす。板をうまくかけて、外からはわからないようにカモフラージュした。

 ちいさいころ、不思議なことにこの穴は俺しか見ることができなかった。まだその時は生きていた祖父母にきいても知らないと言っていたし、いったいなんなのだろう。

 ふとあたりを見わたし、携帯の灯(あか)りをつけると、この暗闇がさらに奥深くつながっていることに気がついた。

 入口はせまかったが中は広い。天井はかなり上にある。

 一面石畳(いしだたみ)の敷(し)かれた道が、どこかへとつづいている。足音をたてないように気をつけながらかぼそい光で先を照らし、ひたすらに進んでいった。

 ふとまばゆい光に視界をうばわれ、ややあってから目をひらく。すると目の前には深い緑と木々にあふれた自然がひろがっていた。

 ここは、森のなかだろうか。いつのまに出たのかと後ろをふりかえると、通ってきたはずの隠し通路が見当たらない。

 焦って周囲をうろついていると、どこかから河のせせらぎが聞こえた。草葉をかきわけて音のほうをのぞくと、じっさいには河ではなく小さな泉(いずみ)がぽつんとあるだけだった。

 今の音はなんだったのだろうと俺は首をかしげる。

 それにしても透き通ったきれいな泉だ。まるでこの下に妖精でも住んでいるかのような。

 それにしてもどこなんだろう、ここは。

 片方ずつ色の違うモノクロの蝶が飛んでいるのを見つける。それにインコのようにカラフルなフクロウに似た鳥がこちらを眺めていた。見たことのない異様な動植物の数々に目を奪われる。

 それからも辺りを散策(さんさく)してみたが、通路らしきものはなかった。

 でも、同時にあの怪物からは逃げられたということでもあるはずだ。とりあえずは助かった、と安堵(あんど)する。まあここも家からはそんなに離れてないだろう。しばらく歩いていれば町に出るはず。

 そうしてひたすら真っすぐに歩いていると、やがて遠くの空に灰色の煙があがっているのが見えた。

しかし同時に違和感もある。さっき見たときと空模様がまるでちがう。

こちらは晴れている。

 煙のほうに行き、その出所につくまえに別のものが気にかかった。耳をすますと、馬が地面を鳴らすような音がきこえる。

 そちらに向かってみると、ちょうど道の先から馬に乗った男2人が通りがかっていた。

「あのー……すみません」

 俺は草むらから出て、おおげさに手を振りながら姿をみせる。

 鎧を着た男二人が、馬を止めておどろいた様子でこちらを見た。

「なんだ!? なにやつだ」

 と、その一人がさけぶ。

「は? えーっと……」

 俺を見る目が、なんというかすごく敵意を感じる。それにこの二人のあの格好はなんなんだ。まさか、映画の撮影を邪魔してしまったとかそういうことか。

「こんなところに人間……?」

「あやしいな。ブラムが化けているかもしれんぞ」

 などと、俺を見てなにか疑(うたが)わし気な表情で談義(だんぎ)をしている。

「ブラム……? かはわかんないけど、変なやつに追われてて、逃げてきて……帰り道を教えてもらえませんか」

 そう伝えたが、変な間があった。ずいぶん無愛想というか、苛立(いらだ)って余裕のない様子の人たちだ。

「どこから来たんだ」

 いかつい顔の男が、俺にたずねる。「あっちのほうからです」と俺は来た方を指さした。

 すると、さらに男二人は怪訝(けげん)な顔になる。そして一人が俺をにらみつけて告げた。

「怪しいな。つかまえよう」

「え。なんですか? いや、学校をさぼってゲーセンいこうとかしているわけではないですよ。俺はただ……」

 弁明(べんめい)もまったくきいてもらえず、俺は一人に首元に剣をつきつけられ、もうひとりに体のまわりを縄でしばられた。

「なにするんだよ!」

 完全に身動きがとれなくなる前に暴れたが、剣を持っていた男に殴る蹴るの容赦(ようしゃ)ない暴行をくわえられる。顎(あご)にもろに喰らい、俺の意識はとおのいた。

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