第3話 可愛い彼には旅をさせよ

 後衛女子三人による女子会は、モチの自宅で開かれた。

 それぞれが近くの店で買ったお菓子やジュースを持ち寄って、変なぬいぐるみがたくさん置いてあるモチの部屋に集まる。


「うぃ~労働後のジュースとポテトスライスは体に染みるねぇ~」


 どう見ても一人分ではないジュースの瓶をラッパ飲みし、ポテトをスライスして焼いた通称ポテトスライスをむしゃむしゃと食べる。

 モチは小柄の割に大食いなのだ。


「アンタ……将来が心配になる食べっぷりに飲みっぷりね」


「だーいじょうぶ、大丈夫。うちの家系は太らないからね~」


 そう言いながらも次から次へと口に食べ物を放り込んでいった。


 いつも、いやそれ以上に大食いするモチに対し、イオーネはジュースをチビチビと飲むだけだ。


「イオちゃんは全然食べてないけど……やっぱりグラくんのことが気になる?」


 ティーガンは彼女を気遣い、声をかける。

 イオーネは言いよどんだが、諦めたように口を開いた。


「別に……って言いたいけど、まぁそうよ。気になるわよ、滅茶苦茶」


 持っているジュースを握りしめ、吐露する。

 それを見ていたモチは食べていたお菓子を袋に戻した。


「なんだい、それじゃああたしが薄情者みたいじゃないか」


 そう言うモチに、ティーガンは首を横に振る。


「ううん。モチちゃんもモチちゃんなりに心配してるのは伝わってるわよ。だって……食べ過ぎよ」


 彼女の言う通り、明らかにモチは食べ過ぎていた。

 それも幸せそうに食べるのではなく、押し込むように食べていたのだ。


 ストレスや心配になって食べ物が喉を通らない者もいれば、食べ物で満たさないと不安を誤魔化しきれない者もいる。


「みんな心配よねぇ……なんとかスランプを克服させてあげれられればいいんだけど……」


 ティーガンは手を頬に当て、思い悩む。

 同じようにイオーネとモチもそれぞれ思案していたが、先にモチがある案に達した。


「うーん、あたしが思うに甘やかしすぎてる気がするんだよねぇ」


「私は甘やかしたりなんてしてないんだけど!?」


 久しぶりに大きな声を出し、イオーネは速攻で否定する。

 彼女をしり目に、モチはニヤリとしながら続ける。


「いやいや、甘いよ」


 モチはティーガンにも目を向ける。


「うーん私は……あはは」


「まぁ自覚あるよね」


 モチはやれやれと肩をすくめた。


「かく言うあたしもだよ。だからこの際、心を鬼にする必要があるかもしんないね」


「心を鬼にって……どうやんのよ」


 グラジオラスを甘やかし過ぎているからこそ、厳しく接する。

 そこまでは思い浮かんだものの、そもそも厳しく接することとはどんなことなのかまではまだ思いついていなかった。


「どうすっかねぇ~」


 考えるモチを前に、何か思い出したのかティーガンが声を上げる。


「あ! そういえばちょっと前にお隣のギルドが団員の一人を追放? にしたらしいんだけど、それで追放されたその子がすごく逞しくなって帰ってきたんだって。だからもしかすると同じような感じで……」


 そこまで言ったものの、彼女は脳内で追放する対象をグラジオラスに置き換えると、途端に語気を弱めてしまった。


「いやいや、グラくんを追放なんてありえないわね……」


 ティーガンの結論にモチも頷く。


「右に同じだよ。グラグラがいないとウチら弱小ギルドもいいところなんだから、ギルドハウスの支払いもきっつよ。ってかそもそもグラグラがいないとか耐えらんないし無理」


 ギルド『ストーリー』はグラジオラスが来る前は弱小もいいところのギルドであった。

 ギルドハウスの支払いも常にその場しのぎの連続であった。

 今グラジオラスが籍を移すとなると、ギルドの存続自体が危ぶまれる。


 何より彼女の最後の言葉が全てである。


 皆が否定するであろう提案だったが、ただ一人その案に乗る者がいた。


「……やるわよ」


「え?」


 イオーネから発せられた予想外の言葉に、モチとティーガンは同じタイミングで聞き返した。


「だから、やるって言ってんの!」


 彼女の目は本気だ。


「いや、無理でしょ。なんなら一番グラグラがいないのに耐えられないのイオイオじゃん」


 紛れもない事実を言うモチに、イオーネは反論する。


「だからこそよ。アイツが苦しい思いして頑張ってるんだから、ちょっとぐらい私たちも耐えなきゃダメでしょ」


 イオーネはグラジオラスのスランプにもがく姿を間近で見てきた。

 だからこそ、彼がその苦しみから抜け出せるように自らも苦しむ道を選んだ。


「まぁ、そりゃそうか」


「そうね……ここは我慢しなきゃね」


 モチとティーガンも彼女の想いに賛同し、耐えることを選ぶ。


「でも実際問題として、グラグラがしばらく離れるとしたらその穴はどうするの? あー、なんか後輩がどうのこうのって言ってたっけ」


 感情の話は置いておくにしても、グラジオラスが居ないとギルドは回らない。

 メインアタッカーの不在は防がねばならないのだ。


「えぇ、私の後輩にあたってみるわ。たぶん彼女なら了承してくれるだろうし、グラジオラスと同じメインアタッカー……みたいなもんだからパーティのバランスは保てるはずよ」


 メインアタッカーのポジションは、人気はあるが実際にやりたいと名乗りを上げる者や適性のある者は少ない。

 一番功績を実感しやすい役割ではあるものの、危険度で言えば群を抜いているからだ。

 ギルドを建てパーティを結成する上で一番埋めるのに苦労するのがこのメインアタッカーの席なのである。


「そんじゃあなんとか凌げそうかなぁ~」


 取り敢えずはメインアタッカーの代役がほぼ決まり、モチはほっと胸をなでおろす。


 ティーガンも同じく安心したようであったが、気がかりなことがあるのか恐る恐る二人に話す。


「あの、グラくんを本当に追放しちゃうなら、その追放期間ってどれぐらいなのかしら……せいぜい一週間ぐらいよね?」


「一週間!?」


 ティーガンの想定している短すぎる追放期間に、モチは目を丸くする。

 だが、甘すぎる見積もりは彼女一人だけではなかった。


「い、一週間か……長いわね。三日ぐらい……いや日帰りでも」


「おい」


 イオーネのティーガンをも上回る過保護ぶりに、流石に呆れ顔になるモチ。

 またもや発揮してしまった過保護さに気が付き、イオーネは顔を真っ赤にしながら動揺を見せる。


「わかってるわよ! アイツが色々吹っ切れて、いつもみたいな調子に戻るまで待つわよ。それがどれだけの長さになるかはわからないけど……絶対に待つから」


「イオちゃん……」


 イオーネの決心は二人にも通じたのか、双方とも納得したような表情を見せた。


「じゃあ決まりだね」


 こうして彼、グラジオラスの追放が決まった。

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