第11話 次の犠牲者 後編

田辺さんがどうしてチャペルに行こうと思ったのか謎だが、チャペルに何があるのだろう。

チャペルでの事故のことか?

今更証拠が残っているとは考えづらい。事故から二週間経っている。事故当時に警察が庭も含めて調べていたと聞いた。

どちらにしても、自分も一度見ておきたいと思い部屋を出た。

菅田の後ろには田辺のことがあり、吉村からはホテル内でも警護をつけさせてほしい言われたため、宿泊客に装った警護に切り替わっている。


溜息をついた。

「怪我をしていなければな」

菅田はアウトドア派ではない。一応ジムには通っているが、運動不足解消、太らない為であって体を鍛えるという意識は薄い。その自分がこの程度の怪我で済んだことを喜ぶべきか。

遊歩道の手前、懐石料理を出すレストランの前まで来た時、後ろから声をかけられた。


「副支配人、お話があります!」

振り返ると、例の客室係の二人が立っていた。私服なのですでに勤務から外れているのだろう。

「解雇は酷すぎませんか?」

菅田は言い訳も聞くつもりすらない。

昨年のあの事件の後、残ったスタッフたちの努力でやっとここまで持ち直したのだ。

それを面白おかしく囃し立てられるのも不快だし、ホテルの足を引っ張るようなスタッフはいらないと考えているし、到底、許すことなど出来ない。

「入社するときにホテル内のことは口外しないようにと伝えてあったはずです。あなた方もそれに同意してサインもしている。違反したものは社内規定で処罰するとも書かれていた」

「でも、いきなり解雇はないだろ?」

菅田は冷めた目で二人を見た。本性を現したか。はじめから興味本位でこのホテルに来たようだと他のスタッフから聞いていた。

「あなた方が話した内容は外部に漏らしてはいけない内容です。あの事件の裁判はまだ続いています。それがどういうことか分かりますか?」

「そんなこと、知るか!」

いきなり、殴りかかってきた。菅田は避けようと後ろに下がった。警護に当たっていた人が菅田の前にでて、菅田を庇う。

「なんだよ!」

吉村と佐竹に腕を掴まれた元客室係の二人は掴まれた腕を振り払った。

「はい。公務執行妨害」

佐竹は事務的に言って、近くにいた部下に二人を引き渡した。

「どうして……」

警察が出てきているのを知らなかった二人は焦っていた。

「しっかり調べろ。まだ、余罪があるかもしれないからな」

吉村は部下たちに伝えていた。

「手間が省けました。任意で事情を聞こうと思っていましたが」

吉村は笑っていた。


菅田はこれ以上、迷惑はかけられないと考え、部屋に戻ることにした。

気持ちを切り替えて仕事をする。


陽が沈み辺りが暗くなってから鍋島はやってきた。

「どうでした?」

「先程連絡したとおり意識は戻りました。菅田さんが言っていたチャペルのことですが、原口純子さんが亡くなる前にチャペルに居たという目撃情報があったそうです」

「目撃した人は誰ですか?」

「客がレストランで話しているのをスタッフが聞いたらしいので、その情報が正しいのか判らないと言っていました」

「又聞きか。怪しいな」

「そうです。田辺さんを誘い出す手かもしれません」

鍋島が鋭い目で菅田を見た。

菅田は鍋島から連絡を貰って、急いでそのスタッフに確認してみた。

「その客は……分からなかったのですね」

 鍋島は顔色を変えず聞いてくる。

 次のターゲットは鍋島だ。冷静だと菅田は感心する。

「聞いてきたのも宿泊客かどうかも分かりません。聞かれたのは昼食時だったと言っていたので日帰りの客かもしれません」

「どんな人物か分かっていますか?」

「男です。三十代くらいの。それ以外は分かりません」


「ホテルの宿泊客でしょうか」

鍋島が言う。

「それはまだ」

菅田が答える。鍋島が来る前に宿泊記録を調べてみたがその時期に三十代くらいの宿泊客は団体客以外いない。菅田が探すのは困難を極める。


「ホテル内に宿泊客を装って刑事たちを入れています」

「瀬田の娘は?」

「揉めているらしい」

「何が目的でしょうか? 父親が乗っ取ろうとしたホテルに宿泊するなんて普通の感覚ではあり得ないです」

鍋島が疑問に思うのは確かだ。ましてや、総支配人を殺したのだ。菅田は初め聞いた時、よく来れたなと思った。だからなのか、ホテルの責任問題だと言い出したのは。


「菅田さん、チャペル見に行きませんか?」

鍋島の突然の申し出に菅田は腰が引けた。先ほど出かけようとして止めたのだ。

「否、危ないでしょう。私もまだ本調子ではないですし」

菅田は包帯が巻かれた腕を見せる。

「刑事さんいますよね」

菅田は反論出来なかった。恐るべし行動力だ。

結局、明日の早朝行くことに決まった。


「では、明日、カフェに集合ということで」

その一言を残し、颯爽と帰っていく。

菅田はその後ろ姿を見送りながら、貴方も狙われていますよと呟いた。


翌朝、カフェに行くと鍋島が手配しただろ人員が配置されていた。

カフェで朝のコーヒーを飲む者、遊歩道で散策を楽しむ者、そして吉村さんが来ていた。皆、宿泊客に扮した刑事だ。

吉村さんは一緒にチャペルに行くらしい。

カフェを出てチャペルへ向かう途中、振り返るといつもより違う景色にやり過ぎではないかと思って吉村に言う。

「何言っているのですか! 三人も襲われているのですよ」

当然だと言わんばかりだ。


確かに見たいと思っていたが、ここまで大袈裟にされると居心地が悪い。

菅田は鍋島と吉村の後をついて行く。三人はチャペルに着くと庭に向かう。

建物の前が全て庭になっていて、その前は海だ。太陽が登り始めて建物を照らす。

鍋島と吉村は方々に散らばり庭を見ている。

菅田は建物を見ていた。大崎美緒はどこから落ちたのか。

「三階です」

吉村が近づいてきて指を差す。

「犯人はまだ見つからないのですね」

「田辺さんと松本さん、ここに残っていたスタッフの証言を元に探していますが、ホテルの従業員でも宿泊客でもありません」

「関係ない?」

「皆さんアリバイがありました」

「喜んでいいのか悩みます」

菅田は正直な感想を言う。


その後、菅田と吉村は鍋島と同じように庭を調べてみる。

菅田は大崎美緒が落ちたらしい場所のそばから小さなカケラを発見した。

「付け爪ですね」

鍋島が菅田の手のひらのカケラを見て言った。吉村が鑑識に調べさせると言って持って帰る。

その夜、付け爪は原口純子のものだと分かった。

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