第17話 解決編(4)
「わかりました。では僭越ながらこの七原五月がベランダの逆密室のトリックを明かして見せましょう」
と僕は宣言した。
「本当かよ……」
「無論です! 早速、取り掛かりましょうか」
勢いで言ったが、緊張で喉が渇いてきた。
原作既読勢として、本来知りえないことまで僕は知っている。言ってはいけないことはないだろうか、頭の中で整理する。
「この密室のポイントは、愛川藍さんが失明しているところにあります。目が見えない以上、彼女にあまり器用な真似はできません」
「そうだね、それがこの密室の不可能性を際立たせている」
綾城さんが合の手を入れる。
あんたは助手に推理を丸投げしたんだから黙ってろよ!
「そしてもうひとつは、彼女に密室を作る必要がないということです。本来、密室とは被害者を自殺に見せかけるために形成するものです。自殺である以上、わざわざ密室を作って不可能犯罪ならぬ不可能自殺を演出する理由も必然性も、彼女にはありません。よって、この密室は故意に作られたものではなく、偶然の産物であると推測できます」
「じゃあ、なにか。ガラス戸を強く締めたらその勢いで錠がかかったってことか?」
累くんが言った。
「いえ、そうではありません。まだ、別の可能性が残っています。――累さん、あなたはお姉さんの部屋を見たことがありますか?」
「あるよ。それがなんだよ」
「部屋は綺麗でしたか?」
「まあ、整頓されてたよ。いや、綺麗ってより、あんまり物がなかったな」
「では、趣味はなかった?」
「いや、読書が趣味だった。びっくりするほどの本の虫だったしな……」
「充分です。これで鍵は揃いました」
「姉貴の部屋の様子が、この密室に関係あるのかよ」
「部屋の様子は密室に関係ありませんが、密室を解くためのデータにはなります。いいですか、密室とひとくちに言っても、そこにはさまざまなバリエーションがあります。まず、鍵がかかっているパターンと、実はかかっていなかったパターン。
前者は物理トリックで、錠に細工したとか、針と糸を活用して施錠したとか、実際に出入口に仕掛けを施すものが多いです。最近だと、部屋を仕切っていた壁が実は後付だった、なんてものもありました」
「おい、それってネタバレか? ネタバレはやめてくれよ。けっこう面白そうなトリックじゃないか」
杉下くんが抗議するが、小説ではなく実際の事件だ(いや、小説か)。しかしなんとも言えず、僕はスルーを決め込む。
「――続いて後者。こちらは心理トリックが主となるでしょうか。部屋の中に最初から隠れていて、みなが部屋に入ったタイミングを狙い、さりげなくたった今合流したかのように装うとか、部屋の錠がかかっているふりをして、ドアを破って有耶無耶にするなど。この場合、出入り口に細工はない場合が多い。
そして、今回の事件は分類としては心理トリックにあたるでしょう。なぜなら愛川藍さんは目が見えないので、物理トリックを仕掛けようがありませんからね。
では、なにが起こったのか。答えはシンプルです。
彼女は目が見えないなりにベランダへ出るガラス戸を探り、開け、ベランダに出て、飛び降りた。これだけです。これで密室が完成したんです」
「なにを言ってるのかわからないな。それでガラス戸の錠がかかるわけないだろ。そもそも、ガラス戸を閉めたかもわからないじゃないか」
「ですが、先程も言った通り、愛川藍さんに密室を作る必要はありませんし、目が見えないゆえ、難しいことはできません。彼女は素直に飛び降りたはずです。
しかし、密室は作られた――いや、厳密に言えば密室は作られていないんです。累さんのおっしゃる通り、ガラス戸は閉められてすらいないのかもしれません」
「じゃあ――」
なおも食いかかる累くんを、杉下くんは止めた。
真相に気づいたのだろう。
「実現された不可能犯罪は、不可能犯罪ではありません。また、不可能性の密室は、実際の出入りがあった以上密室ではありません。それは、あくまでも事象の表向きしか知らない人間の解釈にすぎない。開かれていた空間をそうでないと思い込んだ人間の頭の中にのみ、密室という幻想は生じるのです」
いささか観念論めいてきたため、累くんが胡散臭そうな表情をしている。煙に巻くつもりは毛頭ないので、僕は答えに切り込む。
「結論を言いましょう。愛川藍さんは、部屋をふたつ借りていたんです」
あっ――と声が上がった。
累くんの声だが、それだけじゃない。綾城さんを見ると、「あっ、そうか」などと合点がいったような表情を浮かべていた。僕はもう、気にしないことにした。
「愛川藍さんが部屋をふたつ借りていたのは、物置として利用するためです。おおかた、大量の本をそちらにでも置いていたのでしょう。だから部屋が整理されていたのです。そして、彼女がメタノールによって自殺を図ったのは、物置の部屋であり、最終的に飛び降りたのも、その部屋のベランダだった。当然、錠はかかっていません。
錠がかかっていたのは、あくまでも彼女の《住んでいた方》の部屋であり、実際に飛び降りた部屋ではない。外野が愛川藍さんの転落死体と実際に暮らす八〇二号室とを結びつけて解釈したとき、密室は生まれたんです。いわば《密室ならぬ密室》が、この《逆密室》の正体だったのです」
僕は、説明を終えた。
本来の僕が知りえていないようなことは、言わなかったはずだ。きちんと推理を装えていることを願う。
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