『引き裂かれた恋人』3

「宝石類です。いくつかの宝石と、大きないわく付きのブラックダイヤ、そして大きなホワイトダイヤが無くなっていました。特にこの二つは対として博物館に飾られていたそうなんですが、この火事に乗じて誰かが持ち出し、そのまま消えてしまったんです」

「えぇ⁉」

「これを聞いて、僕は思いました。もしかしたら曽祖父は宝石を持ちだし、その宝石を売って金に換えてあの墓地を建てたのではないか、と」

「そ、それはいくら何でも……」


 伊織が困ったように言うと、ジョンもまた困ったように笑って言った。


「あ、今のはここだけの話にしておいてください。僕がそんな事を言ったとバレたら、家族にドヤされてしまいます」

「え、ええ、もちろんです! お忙しい中ありがとうございました! あ、最後にもう一つお聞きしたいんですが、ジョン・スミスという方をご存知ですか?」

「ジョン・スミスですか? ああ、それは――」


 伊織は急いで頭を下げてジョンと別れ、その足でクリストファーの屋敷に急いだ。もちろんエドワードにも連絡をして。


 到着するなりジョンから聞いた話を興奮気味に話し終えた伊織は、クリストファーが出してくれた不思議な匂いのお茶を一気に飲み干す。


「と、いう訳なんですよ! どう思いますか⁉」


 少し前に書いた消えた楽譜とは違う、それこそ本気のミステリーである。興奮するなという方が無理だ。


 一部始終を聞き終えたクリストファーが珍しく困ったようにため息を落とす。


「困りましたね。こんな所でどうやら私の依頼と被ってしまったようです」

「どういう事です?」

「私に今回きた依頼の内容は、消えた二つのダイヤを会わせてやって欲しい、という依頼だったんですよ」

「ダイヤを……会わせる?」

「ええ。鉱石というのは不思議で、力のある鉱石にはそれぞれ力のある妖精が住んで居ると言われています。何故かと言うと、強い鉱石はそこにあるだけで不思議な事象を引き起こすからです。一番有名なのはやはりホープダイヤでしょうね」

「あれは嘘も多いだろうが」

「ええ。中には宝石に箔を持たせるため、もしくは値段を吊り上げる為に作り話も混ざっています。ですが、だからと言って全てが嘘という訳でもない。そして今回の二つのダイヤ。これらは二つ揃って初めて完成品なんです。二つが共に無いと、お互いの力が強すぎて災いをもたらしてしまう。だから私の依頼人は、二つのダイヤを会わせてやってくれと依頼にきた訳です」


 それを聞いてエドワードはフンと鼻を鳴らす。


「バカバカしい。そんな訳あるか。実際、何も起こらないじゃないか。世界は今日も正しく回っているぞ」

「そうですか? 世界はいつだって歪ですよ。けれど、結局あのジョン・スミスについては何か分からなかったんですか?」

「分かりましたよ。ジョン・スミスさんというのが博物館の管理者だったそうです。いえ、その名前を使っていたそうです」

「使っていた? 本名では無かったという事か」

「そうみたいです……」

「墓の創設者も怪しいがその博物館の管理人とやらも相当だな」

「墓でも暴きますか?」

「言うと思った。お前は本当に手段を選ばないな。よし、俺が明日聞いておいてやろう」

「エドワードさんも暴く気満々じゃないですか! 全くもう。駄目ですよ、他人様のお墓なんて暴いちゃ! とりあえずもう少し調べてみましょう。僕は当時の博物館を知っている人に当たってみます」

「では私はジョン・スミスについて調べてみましょう」

「俺は人魂だな。どんなカラクリを使ったか、徹底的に調べ上げてやる」


 そう言って意気込んだエドワードに笑いながら、三人は別れた。


 伊織は翌日から三日ほど会社に泊まり込んであちこちに電話をしまくっていた。


 けれどジョンの言う博物館はどうやらとてもマイナーだったようで、誰も存在すら知らないという。どれだけ探しても何の資料もなく、手掛かりすら掴めないでいた。


 伊織が会社に泊まり込んでいる間、食事は楓と桜が交互に持ってきてくれて妹の有難さを実感していたのだが、ある日、ふと桜が弁当を持ってきた時に言った。


「お兄ちゃん、そう言えばね、私達の行く高校にこの辺の歴史に詳しいっていう先生が居るんだよ。凄く綺麗な人なんだ」

「え、なんでまだ通ってもないのにそんな事知ってんの?」


 学校が始まるのは九月からだ。まだ八月なのだが? 不思議に思った伊織が尋ねると、桜は突然スマホを操作してあるページを見せてくれた。それは双子が九月から通う学校のコミュニティのようだ。


「少しでも早く慣れたくって、楓ちゃんと登録したの。明日皆がロンドン案内してくれるんだって」

「え⁉ も、もう友達いるの?」

「うん」


 そう言って楓は微笑んだ。どうやら留学が決まった時に九月からよろしく、という意味を込めて学校のコミュニティに参加していたようだ。この双子の隔たりの無さが少し羨ましい伊織である。


「そうなんだ。何て先生?」

「ジェーン先生。歴史担当の先生だよ。もう大分長い事同じ顔だから学校では親しみも込めて魔女って呼ばれてるんだって」

「……魔女」

「うん。もしかしたら何か知ってるかもね」


 そう言って桜は伊織に弁当を手渡して帰って行ってしまった。


 伊織は桜から受け取った弁当を食べ終え、スマホを手にして九月から双子がお世話になる学校に電話をして事情を説明すると、ジェーンは事情を聞いてすぐさま快諾してくれた。


 翌日、伊織がお土産に菓子折りを持って指定された公園に行くと、そこにはハッとするほど美しい黒髪の美女が居た。


 美女は伊織に気付いたのか、にこやかに立ち上がってこちらに近寄ってくる。


「あなたが桜と楓のお兄さん?」

「あ、はい。九月から妹達がお世話になります。ジェーン先生、ですか?」

「ええ。今日は私に聞きたい事があるって桜から聞いたんだけど、何かしら?」

「あ、はい。まずは自己紹介を。僕は迷宮事件奇譚の長谷川伊織と申します。今日はどうぞよろしくお願いします。あ、これつまらないものですが、どうぞ」


 そう言って伊織が頭を下げてお土産を渡すと、ジェーンは笑顔で頷いてお土産の中身を見て顔をさらに綻ばせた。


「まぁ! オルガニカのお菓子とお茶のセット? 私、ここのなら食べられるのよ!」

「桜が教えてくれたんです。喜んでもらえて良かったです」


 それから二人は公園のベンチに腰を下ろして、ジェーンが淹れてくれたハーブティを飲みながら事情を話し出した。


「……そうね、その博物館の事は私も色々調べたわ。でも誰も覚えていなくて当然よ。だって、その博物館は一般開放されていなかったの」

「え?」

「表向きはね、ただの大きなお屋敷だったのよ。住んで居たのは老夫婦。二人とも無類の宝石好きで有名だったわ。そんなお屋敷が何故博物館と呼ばれていたのか。それはそこで宝石のオークションが行われていたからなの。だからしょっちゅう色んな人が出入りしてた。そのせいで庶民は入れない博物館だなんて呼ばれていたのよ」

「だから誰も知らないんですね……」

「ええ。老夫婦の名前はジョンとジェーン」

「同じ名前……?」

「そうなの。だから興味を持って調べたのよ。そうしたら不思議な事が分かったの。ジョンとジェーンの屋敷には大きな二つのダイヤがあった。それだけは絶対に彼らは手放そうとしなかったらしいわ。どうしてか分かる?」

「……いえ」

「まるで我が子の様にその宝石を可愛がっていたからよ。宝石にはしばしば妖精が宿ると言われてるわ。もしかしたら老夫婦はその妖精達の存在に気付いたのかもしれないわね。名前をつけて毎日磨いて、それはそれは可愛がっていたそうよ」

「何だか……凄いですね。僕なんかはただの石だと思うんですけど、そこまで思わせる程、その二つのダイヤは何か不思議な力があったんでしょうか……」


 感慨深く頷いた伊織に、ジェーンも頷く。


「二つのダイヤは離れていた時間があまりにも長かった。でも、このジェーンとジョンによって対に戻る事が出来たの。ところが……あの事件が起こってしまった。警察の調べでは表向きは夫婦の火の不始末となっていたけれど、実際は違う。あれは放火よ」

「……そんな……ダイヤはまた離れ離れに?」

「……ええ。今もずっとお互いに探し合っているわ、きっと」

「まるで恋人同士のようですね……会わせてあげないと可哀相です」


 しんみりした口調で伊織が言うと、ジェーンは声を出して笑った。


「やっぱり桜のお兄さんね! きっと博物館で調べても何も出て来ないわ。宝石商、オークション、そしてあの墓地。そこから探ってみるといいと思うわよ」

「はい! 今日はありがとうございました!」

「こちらこそ、楽しいひと時だった。あと、お菓子もありがとう。頑張ってね、お兄さん」

「はい!」


 そう言って伊織はジェーンと別れて会社に戻ろうとしたが、スマホにエドワードからメッセージが届いている事に気付いて、そのままエドワードの自宅に向かった。


「お疲れ様です、伊織です」

「ああ、入れ。人魂の正体が分かったぞ」

「えっ!」


 案内されるがまま伊織は室内に上がってソファに座ると、それを確認しかたかのようにエドワードが一枚の紙きれを机の上に置いた。

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