426話 口移しで食べさせてほしい

 俺はリン(?)に看病してもらっている。

 深夜なので顔はわからないが、兎耳なのでおそらくリンだ。

 スープを飲ませてもらった次は、固形の病人食だ。

 栄養さえ摂取できれば、高レベルの俺は自力で快復できる。

 ここが踏ん張りどころだ。


「えっとぉ。コウタさまがご自分で食べられますかぁ?」


「いや、食べさせてもらえるか? 体調はまだ厳しい」


 スープを飲んだところで、それが吸収されるまでには時間差がある。


「わ、わかりましたぁ。それでは、あーんしてくださぃ」


「あ~ん……」


 俺は口を開ける。

 そして、口の中に病人食を入れてもらう。

 咀噛する。

 うむ、美味い。

 スープ同様、リンの料理は絶品だ。

 だが――


「少し固いかもしれん」


「すいません……。病人食って初めて作ったものですからぁ」


「いや、謝らないでくれ。リンはよくやってくれた」


 病人食を作るなんて、簡単なことではないはずだ。

 彼女は料亭ハーゼの元料理人で、今は『悠久の風』の料理担当を務めている。

 だが、病人食を作るとなると、また別の知識や経験が必要になる。


「では、これはもう少し加熱してほぐしてきますねぇ」


 リンがそう言って部屋から出て行こうとする。


「待ってくれ!」


 俺は思わず彼女の手を掴んだ。

 病で弱っているせいだろうか。

 なんとなく、彼女に部屋から出ていってほしくない気がしたのだ。


「ひゃっ!?」


 俺が手を掴んで引き止めたものだから、リンは驚いているようだ。


「すまない……。驚かせてしまったな」


「いえいえぇ……。ワタシの方こそ、変な声を出してしまってすみません」


「気にしないでくれ。それより、リンにお願いがあるのだが……」


「はい、何でしょう? ちなみにワタシはお姉ちゃんじゃ――」


 リンが何かを言いかけるが、体調不良の俺はそれを聞く余裕がない。

 自分の要求だけでも伝えておこう。


「口移しで食べさせてほしい」


「……え?」


 リンの動きが止まる。


「口移しで食べさせてくれ」


 俺はもう一度言う。


「あのぉ……コウタさま?」


「口移しで食べさせてくれ」


 俺は三度目の口移しの要求を行う。


「そ、そんな! ダメですよぉ。いくらなんでもそれはできませんよぉ」


「なぜだ? キスぐらいいつもしているじゃないか。少し咀嚼してから口移ししてくれるだけでいい」


「いつも? だから、ワタシは――」


「なあ、頼むよ。本当につらいんだ……。」


 俺がここまで弱るなんて、この世界に来て初めてのことだ。


「でもぉ……」


 リンは煮え切らない様子だ。

 俺が無事に快復できるかどうかは、『悠久の風』の未来、エウロス男爵家の将来、エルカの町の安寧にも大きく関わってくる。

 ここは何とか拝み倒して、口移しで病人食を食べさせてもらいたいところだ。

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