10話 奴隷商館へ

 ルモンドが経営する奴隷商館までやって来た。

 エルカの町の大通りから少し外れたところにある。


 入口には門番がいる。

 奴隷は高級品なので、防犯にも気をつけているのだろう。


 建物の外観はきれいだ。

 奴隷というイメージにはそぐわないが、よく考えれば当然のことでもある。

 高級品を買いに来るものは、富裕層が多いだろうからな。

 あまり劣悪な環境だと、客足が遠のく。


「よう。店に入らせてもらってもいいか?」


 俺は門番にそう声を掛ける。

 この世界の飲食店や雑貨屋は、日本と同じく基本的には黙って入っても構わない。

 しかし、奴隷商館のような高級店に無言で入るのは避けたほうが無難だ。


「少々お待ちください。冒険者の方ですか?」


「ああ、そうだ」


「お名前と冒険者ランクを登録させていただいております。そして、武器はこちらでお預かりさせていただきます」


 門番がそう言う。

 やはり、防犯はかなりしっかりしている。

 身元の怪しいやつは入れない、武器は持ち込ませないといったところか。


「俺はコウタ。先日登録したばかりのEランクだ。武器を預ける件は了解した」


 俺はそう言って、剣を門番に渡す。

 彼はそれを別の店員に渡した。

 どうやら、別室にて保管しておくようだ。


 門番が門の警護に戻る。

 そして、店の奥から見覚えのある男が歩いてきた。


「おお! コウタ殿。1週間ぶりですな」


 ルモンドだ。

 1週間ほど前に、ゴブリンの群れに追われていた彼を助けたことがある。


「ああ、久しぶりだな」


「お噂は聞いておりますよ。駆け出し冒険者として、極めて順調な滑り出しをされたそうですな」


 ルモンドがそう言う。

 やはり商人だけあって、情報収集にも余念がないようだ。

 もし仮に、俺が駆け出し冒険者として全く見込みがない感じだったなら、シルヴィを他の者に売る算段をつけるつもりだったのかもしれない。


 売る相手は俺で固定して考えていたとしても、条件次第で準備しておくべき事柄は異なる。

 1か月後に売れそうなのか、半年後に売れそうなのか。

 一括払いなのか、前金のみの支払いで後は分割払いなのか。

 情報はいくらあっても困ることはない。


 ルモンドと俺は会話をしつつ、奴隷商館内を進んでいく。

 応接室に入り、イスに腰掛ける。


「俺の冒険者活動は順調だ。しかし、ホーンラビットやゴブリンの相手も飽きてきている」


「左様ですか。確かに、コウタ殿の実力であればエルカ草原は物足りないかもしれませんな」


 ルモンドは、俺がゴブリンの群れを軽く掃討するところを目撃している。

 俺の実力を高く評価してくれている感じだ。

 しかし、俺は経験値ブーストの恩恵もあり、あの頃よりもさらに強くなっている。

 俺の成長速度は、彼の予測をはるかに超えていることだろう。


「それでだ。そろそろ、中級の魔物や魔獣に挑戦したいと思っている」


 中型の魔物を倒せば、ミッションが達成となる。

 中型の魔獣に関するミッションは今はないが、単純に素材や肉を売却して稼ぐことができる。

 俺のストレージの能力の出番だ。


「ふむ……。つまり、奴隷を購入して新たなパーティメンバーとして迎え入れたいと?」


「ご明察だ」


「それならば、以前お目にかけていただいたシルヴィがオススメでございます」


「シルヴィか。彼女はかわいいし、俺としてもぜひ購入したいと思っていた。しかも、戦闘能力も高いわけか」


 見た目は10代中盤くらいだったし、あまり強そうには見えなかったが。

 だいじょうぶなのだろうか?

 この世界はMSCに準拠しているし、スキルの存在もある。

 見かけ通りの強さとは限らないが。


「ご存知ありませんか? 彼女は希少種族の『白狼族』です。『氷魔法使い』と『獣戦士』に適正がありますし、条件次第ではより上級のジョブへ転職も可能です」


 白狼族か。

 MSCでも、存在した種族だ。

 プレイヤーキャラとしても選択可能だし、NPCとしても登場していた。


 ルモンドの言う通り、白狼族は『氷魔法使い』と『獣戦士』への適正が高い。

 もちろん、他のジョブに就いている者もいるが。


 氷魔法使いは、その名の通り氷魔法を操るジョブだ。

 獣戦士は、獣人族の高い身体能力をさらに増強するジョブである。


「白狼族か。どうやって仕入れたんだ? 奴隷狩りは禁止されていたはずだろう」


 俺はそう言う。

 MSCでは、奴隷狩りは違法行為だった。

 無法者の奴隷狩り集団を殲滅するイベントはあったが、このように町中で堂々と違法奴隷が売買されることはなかった。


「もちろん、シルヴィは合法な奴隷でございます。白狼族の村『ヴァイス』にて、何やら諍いがあったようで……。彼女の両親や村長などとも同意の上で、当商会が仕入れました」


 ルモンドがそう言う。

 両親や村長の同意がある以上、シルヴィは合法奴隷ということになる。

 しかし、そこにシルヴィ本人の意思は介在しない。


 この世界全体が無法地帯というわけではないが、日本と比べると少し人権意識が低い。

 後ろ盾がない俺も、注意しておくべきだろう。


「なるほど。それなら、安心して購入できるな」


「はい。それで、コウタ殿。購入資金のほうは目処がつきそうでしょうか? さすがに、この短期間でご用意されたということはないかと思いますが……」


 ルモンドがそう言う。

 やはり、俺の予算は見透かされているか。

 まあ、冒険者ギルドから漏れる活動実績などから、稼ぎもある程度は推測できるだろうしな。


 仮にわずか1週間で金貨50枚以上を稼ぐほど活躍していたら、もっと話題になっていてもおかしくない。

 そういう意味でも、俺がまだ前金すら用意できていないのは丸わかりだ。

 ここは懐事情を正直に話して、今後の方針を相談してみることにするか。

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