第9話 帰宅部の活動(レース編)

 服屋を出て、再び進行方向の流れに沿ってショッピングモール内を進んでいく。

 10階建てであるこのショッピングモール。気づけば俺達は7階フロアまで昇っていた。前方からガヤガヤジャラジャラと賑やかな音が入り口から溢れ出ていて、自然と意識はそちらに向けられる。


 ゲーセンだった。


「ゲーセンだぁ! ここ寄って行こう!?」


 目をキラキラと輝かせ、子供のようにテンションを上げたのは黒崎。この子、自分の好きなことになると普通にキャラ崩壊するけどその点は大丈夫なのかしら……。

 そんな心配をしていると、既に入り口まで進んでいる黒崎は俺たちの方へと振り返り、「はやくはやくー!」とはしゃぎ出す。


「おう。今行く」


 そんな黒崎に目もくれず、アリアと神林はゲーセンの中を見て呆けていた。


「二人とも、どうした?」

「いえ。こういう場所、来るの初めてだから」

「実は僕も……」

「へー、そうなのか。ゲーセンはいいぞ? 一人から複数人で遊べるゲームが盛りだくさんだし、何より退屈にならない。子供から大人まで愛される娯楽施設がこのゲーセンの醍醐味だからな。ま、中に入れば分かるさ」


 俺たちも黒崎のあとを追いながらゲーセンの中を見渡す。中はこれといった特別な物が置いてあるわけではなく、UFOキャッチャーやメダルゲーム、太鼓の達人にリズムゲーム、他にもホラーゲームやレースゲームといった、どこにでも置いてありそうなものばかりだ。

 ゲーセンを利用したことのある者であればなんとも思わない光景だが、ゲーセンを利用したことのないアリアと神林からすれば、まるで別世界に飛び込んだかのような不思議な感覚に襲われることだろう。今だって、道に迷ってしまった子供のように落ち着かない素振りでキョロキョロと周囲を見渡している。そんな二人の姿がなんか新鮮で、思わず口が緩んでしまう。

 やがて黒崎の後に追いつくと、そこには誰もが知っているであろう有名なレースゲームがあった。


「やっぱ、みんなで遊ぶならこれでしょ!」


 車の運転席部分だけを取り除いた作りの物が4台並んでいるこのゲーム。そう––––––『マリオカート』だ。


(さすが黒崎、よく分かってる。これなら初心者でも十分楽しめること間違いなしのチョイスだ)

「これって免許証の提示とか必要ないの?」


 アリアが珍発言するものだから、俺と黒崎はずっこける。


「いるわけねえだろ……。リアルで走るわけじゃないんだから」

「そ、そうよね……! 思った通りだわ……!」

(嘘つけ! 明らかに『え、そうなの!?』みたいな顔しているぞ!)

「赤坂さんって、意外と世間知らずなところあるんだね……」


 黒崎が唖然とそう呟いてから、俺たちは運転席に座る。

 左から黒崎、林、アリア、神林という席順だ。

 百円玉を入れて、キャラを選び、残るはコースを選ぶだけとなる。


「コースは一番難しいのでいいよね?」

「俺は別にかまわないが、初心者にはちょっと厳しくないか?」


 黒崎が選ぼうとしているのは複雑な道が続いて障害物が多い、かつコースアウトもしやすいかなりテクニックが要求される難易度のものだ。

 慣れている俺や黒崎からすればこれぐらいの難易度じゃないとやりがいがないというのも正直な気持ちではあるが、初心者にしてみれば酷なことだろう。

 そんな二人を気遣う会話が俺の右隣にも聞こえたのか、熱のこもった口調で言う。


「一番難しいのでかまわないわ」

「え、いいのか? 結構難しいぞ?」

「だからこそ、やりがいがあるものでしょう?」

「……そうだな」


 アリアの目にはメラメラと闘争心が燃え上がっていて、その目からは『初心者だからって甘く見ないでちょうだい』と言っているかのようだった。目がマジだよこの子……。

 俺は神林にも声をかける。


「神林はそれで大丈夫か?」

「うん。みんながそれでいいなら、僕もそれでいいよっ」

「あいよ」


 神林もニコッと承諾してくれた。んもぉ! 俺たちに合わせてくれるなんてホント優しい子なんだから! でもごめん、神林。今回ばかりは俺たちは敵同士だ。助け合いができないゲームなんだこれは……。

 愛する二次元ヒロインとも競い合わないといけないなんて、ゲームはなんて残酷なのかしら……と思っているうちに、まもなくレースは始まろうとしていた。

 アリアと神林は操作方法が表示されている画面と真剣に向き合いながら必死に覚えようとしているなかで、左隣の黒崎が俺に話しかけてきた。


「ねぇ、結構得意なの?」

「まぁ、それなりに自信はある方だぞ」

「じゃあさ、一位を取って見せてよ」

「え?」

「もし一位を取れたら––––––ほっぺたにチューしてあげる♡」

「––––––」

「でも」


 画面がコースのスタート位置に切り替わり、選手が次々とカートに乗りながら指定位置に着き始める。

 一人分が乗れる小さな雲の上にぷかぷかと乗りながら、カウントダウンが表示される黒い画面を釣り糸にぶら下げている『ジュゲム』が登場。画面に3の数字が表示され、まもなくレースが開始されようとしていた。


 2––––––


 両隣から、白熱の眼差しが。


「「林くん」」


 1––––––


「「あなたには勝たせないから」」


––––––スタート!


「え? え?」


 何故かアリアも闘争心を燃やしていることに驚きを隠せないでいた俺はアクセルを踏むのを忘れていて、見事ビリでのスタートとなった。



     ★



 このレースはコースを3周し終えた時点での順位で決まる。

 スタートに失敗し、みんなとの距離にかなりハンデを負ってしまった俺ではあったものの、取り乱すことはない。

 このゲームはコースの途中に所々出現する『アイテム』が存在するのだが、それを使えば形勢逆転も許してしまう便利なツールが用意されているからだ。

 順位が最下位であればあるほどに強力なアイテムが用意されており、今は最下位でも一気に上位に食い込むことも可能。

 現在の順位は、



 一位 黒崎

 二位 赤坂

 三位 神林

 四位 林



となっている。

 まだ慌てるような時間じゃない。ゲームは始まったばかりだ。––––––それに、勝負は『3周目から』だ。



     ★



 俺の予想していた通り、2週目に突入した頃にはみんなとの距離は僅差まで縮まっていた。もちろん、アイテムのおかげだ。

 正直、初心者であるアリアと神林は途中で障害物に衝突したり、コースアウトしたりして時間をロスするだろうと思っていたが、意外にもそのようなことはなかった。

 センスによるものか。それとも飲み込みが早いのか。少なくとも、ハンドルをしっかりと握り締め、画面と真剣に向き合っている二人の集中力はハンパじゃなかった。初めての体験に没頭しているのだろう。一周し終えたところで、もはや操作に慣れつつある。初心者だからと甘く見ているのは少し危険か。


(二人には申し訳ないが、ここで退場してもらうか)


 俺はいくつもの急カーブが差し掛かる部分でドリフトを決め、二人を追い越してアイテムを入手した。


『大量のバナナ』だった。


 それをドリフトしながら一本ずつ撒いていき、後ろから追いかけてくる二人に仕掛けた。


「なッ!?」

「あッ!?」


 アリアと神林。二人は見事俺のバナナに引っかかり、スリップしながらコースアウトしていく。ハッハッハ! これぞハメ技! 闇へと消えるがいい!!


(さて、あとは黒崎だな)


 まだレースは2週目と半分が過ぎたところ。勝負に出るには少し早いかもしれないが、やむを得なかった。

 黒崎の場合だと、このまま独走してしまう気がしたから。

 俺は黒崎の後に追いついた状態で、レースは3周目と突入した。



     ★



「さすが林くん。言うだけあるね」

「そりゃどうも」

「このまま独走して一位を獲ってもつまらないなぁと思っていたところだから安心した」

「そうか」

「期待してもいいんだよね?」

「それは結果が教えてくれる」

「いいね〜そういうの。ちょっと燃えてきちゃうよ」


 3周半に差し掛かろうとする現時点の順位はこうだ。



 一位 黒崎

 二位 林

 三位 アリア

 四位 神林



 順位だけみればそこまで大差を感じられないが、レース場において上位(1〜2位)と下位(3〜4位)の差はそれなりに開いていた。レースもここまでくると、一つのミスが致命的になる。下位のアリアと神林はアイテムによってはまだ逆転の余地はあるけど、その前に減速したりコースアウトを一度でも犯してしまった場合、上位に食い込むことはほぼ無理と言っても過言ではない。

 その間に俺と黒崎、どちらかが持ち前のテクニックを生かして先にゴールをしてしまうからだ。

 もはや運に任せるしかない二人の状況は、ほぼ絶望的と言っていいだろう。


 そんな二人の前で一位争いをしている俺と黒崎。互いの実力はほぼ互角なのだが、中々順位が入れ替わることがない。

 上位に訪れるアイテムというのは、スリップさせる『バナナ』や加速させる『ダッシュキノコ』、狙った方向へ真っ直ぐ発射できる『緑コーラ』、前にいる敵を自動的に狙ってくれる『赤コーラ』といったものがほとんで、唯一相手を妨害しやすいアイテムがあるとすれば追跡効果を持つ赤コーラなのだが、これはバナナや緑コーラでうまくタイミングを合わせれば防ぐこともできてしまい、黒崎はそうして俺の攻撃を全て防いでいる。だから、中々追い抜くことができない。

勝負のカギを握るアイテムのせいにしたらそこまでなのだが、プレイヤーとしてその言い訳はみっともない。だが、テクニックだけでは差が縮まらないのも事実。

 ゴールもだんだんと近くなっていき、コース的にもアイテムが出現するのは後一回だけだ。

 俺と黒崎の勝負は次のアイテムで決まることだろう。後ろからはアリアと神林も追いついてきていた。


「そろそろ決着の時だね」

「そうだな」

「正直ここまで追いついてくるなんて思わなかった」

「俺もここまでの奴とは思わなかったよ」


 アイテムが、見えてきた。


「勝ちたい?」

「そりゃあな」


 その時だった。


「!?」


 黒崎がアイテムを取る手前、急停止し始める。その謎めいた行動に俺は困惑を隠しきれない。


「じゃあ、お先にどうぞ」

「……どういうつもりだよ?」

「さあ?」


 未だに読めない黒崎の行動。何故このタイミングで急停止する必要がある? そのまま加速していった方が一位を取れる確率は高いはずだろうに。もし俺に情けをかけているのなら、それはプレイヤーとしての侮辱でしかない。ゲームは本気でやり合うから楽しいんだ。そんなことをされて手にした勝利など……俺は嬉しくないッ!

 自ずとハンドルを握る力が弛緩する。熱くなっていた勝負魂が、冷水で一気に冷やされたかのように。

 俺が手にしたアイテム『緑コーラ』をテキトーな方向にぶん投げる。緑のコーラは呆気なくコースの外へと落ちていった。

 後ろからはアイテムを手にしたばかりのアリアと神林が迫ってきているころだろう。それも今となってはなんの緊張感も持たなくなってしまっている自分がいる。

 念願の一位でのゴールも目の前まで迫ってきているのに、なんだか後味悪そうだ。



––––––と、思っていた自分をこの時ぶん殴ってやりたいと思った。



 後ろから猛スピードで迫ってくる『青いコーラ』。

 それは一位の選手を猛スピードで追跡し、確実に爆発を喰らわせる回避不可能のアイテムで、周囲にいた選手もその爆発に巻き添えを喰らわせることもできてしまう代物なのだ。

 一位であった俺が青いコーラのターゲットにされ爆発。その近くにいたアリアと神林も巻き添えに。

 そして、一人優雅に追い抜いていく選手が。


「おっ先〜♪」


 見事一位でゴールしたのは黒崎だった。


「ファッ!?」


 俺はようやく理解する。



 黒崎は勝ちを譲ったのではく、勝つために先を譲ったのだと。



 アイテムは順位が低いほどに強力な物を使用できる。それも大逆転が出来るほどの。

 最後のアイテムを手にする時、黒崎は一位だったから強力なアイテムを手にすることはできない。

 だからといって、終盤で最下位まで順位を落とことは一位との差を大幅に広げてしまい、取り返しのつかないぐらいリスクが大きいようにも思える。––––––が、状況次第ではそうとも言い切れない。

 そう。あの時、すぐ後ろにはアリアと神林がいたから、一位との差を大きく広げることなく実行することができたのだ。

 つまりまとめると、


 黒崎はわざと自分の順位を最下位に下げ、強力なアイテムを使用し、逆転一位を果たした、ということだ。


 余程メンタルが強くないとできないその神プレイに、俺は唖然とするしかない。


(くそっ、一位は逃したか。なら、せめて二位を––––––)


 悲劇は続いた。


 爆発で吹っ飛んだあと俺はすぐに走行するも、後ろから赤コーラを神林に当てられ、最後にとどめと言わんばかりに、キラーに乗ったアリアが俺のことを勢いよく吹っ飛ばしコースアウトさせてきたのだ。


「なに今の連携プレイ!! ちょ、ひどくない!?」


 加害者に目を向けてみれば、これはこれは……。お二人とも大変満足そうな顔をしておるではないか。


「おかえしよっ♪」

「えへっ♪」

「え」


 ……そういえば、俺もバナナで二人をコースアウトさせたっけな。これでおあいこというわけか。あとで倍返しとかされないよね?

 二人のやられたらやり返す精神を見てしまった僕ちんはちょっと恐怖を感じちゃってるよ? お願いだから今はその笑顔を向けないで? 殺意の笑顔にしか見えないから……。


 こうして、白熱のレースゲームは幕を下ろすことに。

 帰宅部メンバー、記念すべき初のレースゲームは以下の結果となった。



 一位 黒崎

 二位 アリア

 三位 神林

 四位 林

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