第7話 結成、帰宅部!

 四時限目の終了チャイムが鳴ると、多くの生徒たちは颯爽とし始める。席の数が限られている食堂へと向かうためだ。終了してから数分足らずで廊下には既に多くの生徒達で賑わっている。

 俺が授業で使っていた教科書や文房具などを片付けていると、隣の席から声がかけられた。


「林くん、一緒にお昼でもどうかしら?」

「––––––!」

「……なに? 私の顔に何かついてる?」

「……いや、なんでも」

「?」

(ああ。あの時と同じだ。あの時の温もりを、本当にちゃんと取り返せたんだな。本当によかった)


 道具を全て片付け終えたところで、俺は立ち上がる。


「よしっ、じゃあ行くか。食堂へ」

「ふふっ。そうね」

「そうですね。席がなくならないうちに、早く行きましょう」

「「!?」」


 突然話しに割り込んできたのはアリアにも引けを取らない才美の持ち主、黒崎だった。


「あらあら。お二人共、そんなに驚いてどうなされたのですか?」


 ニコニコと天使のような笑顔で振る舞う彼女。その姿は俺にとってやはり違和感でしかなかった。

 そんな違和感に、アリアもとっくに気がついているようだった。


「……あなた、試合の時とキャラ変わってない?」

「そうですね。あの時は少々熱くなってしまい、荒い部分もありました。ですが、これが本来の私ですのでお気になさらないでください」

「そう……。分かったわ」

(普通に嘘ついたよこの人……)


 戸惑った顔で納得するアリアと内心ツッコミを入れておく俺。

 俺は迷っていた。アリアに黒崎の件を伝えるべきか。

 わざとキャラ作りをしていることも。佐藤先輩の事件に関与していたことも。そして何より––––––アリアと同じ中学出身であることを。

 アリアはおそらく、黒崎と同じ中学であることに気付いていない。元々中学時代のアリアは他人に興味関心が湧かないほどに孤独で過ごしてきた身だから知らなくても不思議ではない。それに知らないフリをしているとも思えない。

 でも黒崎の言動からして、二人の間には何かあったということだけは分かる。

 それを理解するためにも、二人との時間をもっと共有する必要があるだろう。


「よし、じゃあ3人で行くか」


 今度こそ、食堂へ向かおうとした––––––その時だった。


「あ、あのぉ……!」

(ったく、今度は誰だよ! こっちは急いでいるんだ! 用があるなら後にしろってんだ!)

「ぼくも一緒に……いい、かな?」


 神林だった。相変わらずもじもじとしながら頑張って声を張る様子がなんとも愛おしい。こんな目の保養にもなる可愛い子を後にしろだなんて、一体どこのどいつよ! 人としてどうかしているわ! もう人間じゃない! 林くん最低!


「もちろんだ。これからもずっと一緒にいてくれ」

「えっ!? ……う、うん! ずっと一緒にいたい!」


 綺麗なお花畑のように満面の笑顔を見せる神林。やだ!! 可愛い!! なにこの生き物!! 思わずプロボーズしちゃったわ!!


「林クン? あなたには少し、お仕置きが必要みたいね」

「え、アリア……? どうしました……? なんか氷の女王みたいに冷たい眼差しをしていますけどぉ!?」


 デュクシ––––––。


 林は屍となった。アリアと黒崎は置いて先に行ってしまう。


「だ、だいじょうぶ!? 林くん!」

「……な、なんとか」


 神林は俺の手を握り、心配そうに見つめてくる。


(フッ。長生きはするものだな)


 こうして、二次元ヒロインに手を握ってもらうという夢が叶ったのだから。

 全く。二次元ヒロインは最高だぜ!



     ★



 急いでアリアと黒崎に追いついた俺と二次元ヒロイン(神林)。

 食券を受付人に渡して料理を受け取り、ちょうど4人が対面で座れる位置のテーブルを確保することに成功。

 俺の隣に神林、その前にアリアと黒崎が隣合わせで座る形となる。こうして美女3人と一緒に食事を交わす機会が訪れようとは当時の俺ならあり得ないことだ。


「なんだか、急に食事が賑わったわね」

「そうだな。俺以外全員女子という時点ですごいメンツだが」

「ぼく、男の子なんだけどなぁ……」

「まぁ、いいことじゃないですか〜。食事は賑やかな方が美味しいですよ?」


 俺は親子丼、アリアと黒崎がミートパスタ、そして神林はオムライスを食べている。オムライスにかけるケチャップはセルフ用で置いてあるため、自分でかけるスタイルになっているのだが、神林はシンプルに波状に上からかけたらしい。くそッ! どうして俺が『LOVE』と書いてやらなかったんだ!!


「うん。みんなで食べると美味しいよね!」


 神林が答える。


「二人は、これまで食事はどうしてたんだ?」


 俺はそんな何気ないことを聞いてみる。


「私は色んな方とここで食事をしていましたよ」

「ぼ、ぼくは……いつも、一人で食べていたかな。屋上で……」

「へー、全然気づかなかったな」


 当時はアリアとの件もあったので他の生徒など眼中になかったのだが、こうして聞いてみると自分の知らない部分が知れてなんだか新鮮な気分にさせられる。

 これまで家族を除く、複数人で会話を交わしながら食事をするという機会がなかったというのが大きな要因なのだろう。


「てか、屋上入れるんだな。知らなかったよ」

「学校が開いている日なら基本いつでも入れるらしいですよ〜。帝学園は勉強だけじゃなくスポーツにも力を入れていまして、コートを使えない運動部が筋力トレーニングとして使いたいと要望が複数出てから、屋上は常時開けておくようにしたようです」

「案外そういうのって通るもんなんだな。屋上って出入り禁止のイメージがあるからさ」

「帝学園は文武両道を教訓にしていますからね。そこを理由に意見を出せば大抵のことは通ってしまうのではないかと」

「要は、言いようってことだな」

「そうなりますね〜」


 帝学園は全国の中で最も偏差値が高い高校でありながらも、部活のレベルも全体的に高い。

 全国大会での決勝進出はもちろん、コンクールにおいても金賞、銀賞を当たり前のように毎年成し遂げている。これは願書を取り寄せた時に届いたパンフレットにも記載してあったから紛れもない事実だ。

 俺が中学時代にいた頃の部活動のほとんどは遊び感覚でなんとなくやっている程度で、ほとんどが一回戦、二回戦敗退ばかりの集まりだった。

 こことは真逆の世界。

 そういったことから、帝学園で部活をやっている人達は決して揺るがない高い目標を持ち、本気でてっぺんを目指している熱い選手の集まりなのだろう。生半可な気持ちではそこに自分の居場所がなくなってしまうぐらいに。


「みんなは部活とかやらないのか?」

「やらないわ」

「やらないかな」

「やりませんわ〜」

「あ、そうですか……」


 清々しいほどに言い切る姿に思わず苦笑する。帝学園は部活が強制ではないためどこか入部しないといけないということはない。そういう部分も含めて、自由を尊重する学園でもあるためだ。

 どうやら俺達は、戦のない平和な帰宅部へと入部することになりそうだ。俺自身も初めから部活に入るつもりはなかったので、これはこれで微笑ましい光景と言えよう。


「それじゃあ僕達、同じ帰宅部メンバーだね」


 テヘッ、と頬を掻きながら気恥ずかしそうに冗談じみた言動を放つ神林。最高かよ……。


「よしっ神林、俺は同じ部員としてお前を全力で守る。だから困ったことがあればなんでも相談してくれ。いつでも待っている」

「えっ……? うん、ありがとう! 頼りにさせてもらうねっ」

「えへへ〜、こちらこそ〜––––––イダァッ!?」

「わっ、どうしたの……? 林くん」

「いや、なんでもない……」


 突如、俺のすね部分に激痛が走り、思わず叫んでしまった。

 明らかに誰かが蹴ったような感覚だった。……まぁ、位置的に犯人は一人しかいないわけで……。


「赤坂さん、どうかした?」

「……別に?」


 黒崎がアリアの違和感を察して声をかけるのだが、アリアはすねた顔のまま特に答えない。すねだけに。

 俺は何故か不機嫌そうなアリアの方を見てみる。手元には空のコップをよそよそしく動かしている。


「あー……アリア、水でも飲むか? ついでに取ってくるけど」

「ん」


 アリアが空っぽになったコップを渡してくる。俺はそれを受け取って、給水機

まで歩いて行く。

 すると、アリアはボソッと呟いた。



「私にも言って欲しかったのに……」



 コップに水を入れ終えて戻ってきた俺はアリアに渡す。


「はい、アリア」

「ん、ありがとう」


 アリアは受け取ると、水を一気に飲み干してしまう。よく見ればさっきより少しだけ顔が赤いような……。きっと食堂内が熱くて、余程喉が乾いていたのかもしれない。


(全く。水を頼むぐらいですねは蹴らなくてもいいだろうに)


 何はともあれ、水を飲み干したアリアの気分が落ち着いたようでほっとした俺なのであった。


「みなさんは部活に入らないとのことですが、帰宅したら何をなさっているのですか?」


 今度は黒崎が問う。


「俺は特には」

「私も特には」

「僕も特には」

「あ、そうなのですね……」


 なんだかデジャブのような会話ではあったが、意外にもみんな家に帰ってもすることがないことに驚きだ。


「黒崎もないのか?」

「そうですね〜。これといっては、特に」

「そうですかい……」


 なんだよこの部活。どんだけやることねえんだよ。社内ニートならぬ、学内ニートなの?


「あっ、でしたら、みなさんで休日どこか遊びに出かけるというのはいかがでしょう〜?」

「遊び、ねぇ……」


 入学してから一ヶ月ちょい。

 振り返ってみれば、俺はこれまでに学校の友達と遊ぶ機会なんて一度もなかった。いや、正しくいうと小学生の頃に一度だけあるのだが、グループに馴染めなくてほとんど誰とも会話をしないでただ時間が過ぎるのを待っていただけの退屈な時間……。

思い出したくないぐらいにとてもつまらない思い出だ。

 そんなつまらない日々の連続に耐えられなくなった俺は誰かと遊ぶのをやめた。

 相手の方も俺と一緒にいてもつまらないとはっきり言ってくれたから、こっちも吹っ切れることができた。もちろんそれ以降、誰かに誘われることはない。一人の時間の日々だ。

 だが意外にも、一人の時間は俺にとって羽を伸ばせる唯一の時間で幸せだった。一人の時間がこんなにも心地良いだなんて思わなかった。

 誰かと一緒に遊ぶ必要なんてない。一人でも楽しめる娯楽などこの世には溢れるほどたくさんあるのだから。

 一人で遊ぶことに慣れている俺は黒崎の案が出された時に……一瞬だけ拒絶反応が起こったのだ。

 過去の辛い経験からによる警告。俺の本能が親切にそう教えてくれた。


 断れ、と。


 昔の俺ならテキトーに言い訳を並べて断ったと思う。––––––でも、今の俺は違った。

 無縁であるはずの超絶美少女のアリアに声をかけられ、早く爆発してほしい佐藤先輩と対峙し、黒崎の誘いで絶対にやらないであろう副学級員にもついた。

 どれもこれも、普段の俺なら絶対にあり得ないことだ。


 でもそれが、かえって俺に自信を与えてくれていた。


 何もなかった無色透明の自分に、何色かが染まったように。

 そんな自惚れにも近い感覚の勢いに乗って、俺は言ったのだ。


「それはいい案だな。行こうぜ、みんなで」


 きっと、過去の俺が見たら馬鹿にするだろうな。正気かと。あの辛い経験を忘れたのかと。

 それでも俺は口にしてしまったことを後悔していなかった。

 人生で一度きりの高校生活。初めから期待などせずに、無縁だと思い込んでいた青春の色を知る機会がそこにはあるのだから。

 俺はもう一度だけ、手を伸ばしたいと思う。


 みんなと一緒にどこかへ出かけるということが、どんな気持ちなのかを知りたかったから。


 ありがたいことに反対の意見は出ず、みんな笑顔で頷いてくれた。


「じゃあ、決まりですね〜。集合時間と場所は後でゆっくり話し合いましょう〜」


 黒崎が時計に視線を誘導する。

 時計を見てみれば、時刻は昼休み終了まで10分を切っていた。

 意外にも、時間の経過を早く感じる俺だった。

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