第1話 隣の席の赤坂アリア

 私立帝学園。日本全国の中で最も偏差値の高い超難関高校だ。

 倍率も非常に高く、大勢のライバルがいるなかで入学試験を見事突破した者は称賛されること間違いなしのエリートが集まる学園。

 その難関を突破した時点で己の自頭が天才の域を達していると証明したに等しいことだろう。

 俺も、一応そのなかの一人。


 だが所詮、自頭だけだ。


 この帝学園には自頭のみならず、容姿までも称賛される超絶美少女がいるのだという。

 容姿を偏差値で表した場合、間違いなくトップクラスの領域。


「わ〜! 見てー! アリアさんよ!」

「ほんっと相変わらず美人だよねー! もう見ているだけで目の保養になる〜」


 通学の最中、正門を通り抜けた辺りで周りのギャラリーからはキャーキャーと盛り上がる称賛の声。

 その声の対象は正門に向かって孤高に歩いていく一人の美少女だというのがすぐに分かった。


––––––赤坂(あかさか)アリア。


 整った顔立ちにパッチリ二重、抜群のスタイル、甘い香りが漂っていそうなさらさらとしたベージュ色のロングヘア。

 歩いているだけで絵になるこの赤坂という超絶美少女は、他の人とは比べ物にならないほどに完璧なオーラが纏っていた。

 赤坂は日本人とロシア人のハーフであり、純日本人にはない美しがそこには溢れ出ていた。


「へいっ、そこの可愛い子猫ちゃん。ちょっとお時間いいかな?」


 そんな赤坂の前に、一人のイケメン男子生徒が立ち塞がる。


「えっ、ちょっと待って待って! あの人、佐藤先輩じゃない!?」

「えっ! やだほんとだ! キャー! 佐藤せんぱ〜い!」


 これまた周りの女子から絶賛の声があがる。

 赤坂とはまた色の違う称賛だが、俺は佐藤先輩とやらは噂で耳に挟んだことがある。

 雑誌モデルにも掲載されるほど超絶イケメンで、最近人気急上昇中の話題の高校生なのだという。

 おまけに得意のサッカーでも全国選抜されるぐらい上手いらしく、もはや非の打ち所がない完璧イケメン。

 そんな超絶コンビが目の前で対峙しており、平民では近づくことが許されないキラキラなオーラを感じとれた。

 実際、俺以外の周りの人もなんとなく気をつかい、二人だけの空間を作り出すように距離を置いている。


「……何かしら?」


 赤坂は怪訝そうに首を傾げる。

 すると、佐藤先輩は急に片膝をつきはじめ、赤坂に向かって手を差し伸べた。

 それは誰が見ても分かる。––––––プロポーズだ。

 そんな佐藤先輩の姿を見てさらに女子達はヒートアップ。ほんっと耳を閉じたくなる騒ぎようだった。


「赤坂アリアさん。僕は君を一目見た時、君が僕の運命の相手だと悟った。それからのこと、頭の中は君のことでいっぱいになって……もう、君への愛の熱が止まらないんだ。君のことは僕が一生幸せにする。だからどうか––––––僕と付き合ってほしい!」


 これは劇団ですか? とツッコミを入れたくなるほど、佐藤先輩の告白はドラマティックすぎてくどかった。なんなら背景に赤い薔薇が見える迫力である。

 まぁ、それでもセーフと感じてしまうのは持ち前の武器であるイケメンが功を成しているからだと言えるだろう。キモブタが同じことをやれば地獄絵図になりかねない。

 周りにいる男子は若干引いているものの、女子達は顔を真っ赤にしながら口元を手で覆い、甘酸っぱそうな表情で告白の成り行きを見守っている。


「結構です」

「えっ?」


 赤坂の返答は、ノーだった。それも迷いが一切なく清々しいほどに。

 自分の全てに自信のある佐藤先輩は予想外の返答に困惑している。自分がフラれるなんて微塵も思っていなかったのだろう。佐藤先輩は自身の全てが否定されかのような感覚を覚え、今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうである。


「そういうの、今は興味ないんで」


 クールに一言だけ告げ、赤坂は何事もなかったかのように歩いてその場を去って行く。

 ポツンと一人残された佐藤先輩。

 フラれたショックによるものか、口をポカーンと開け抜け殻状態となっている。


(うひぇ〜。告白がくどかったとはいえ、あの佐藤先輩がフラれるなんてな。まぁ、あの赤坂っていう人、恋愛とか興味無さそうだもんな。なんか孤高って感じだし)


 俺も赤坂同様、何も見ていない風で教室へと向かう。

 佐藤先輩がフラれたという大事件は、直ぐに学校中で広まるのであった。



     ★



 俺の名前は林清正(はやしきよまさ)。私立帝学園でぼっち生活を送っている孤高(自称)の男子高校生。趣味は一人でも娯楽を堪能できる漫画や小説、ゲームなどが趣味だ。

 朝のホームルームまで時間があるため、今もこうしてスマホゲームをしながら暇を弄んでいるのが通例。


「おはよう、林くん」

「あ。おはよう、アリア」


 目を合わせ、俺に機嫌よく挨拶の言葉をかけてくれたのは学園一の超絶美少女、赤坂アリアだ。

 彼女は窓際の一番後ろに座っており、俺はその隣の席であるため、こうして距離を近くに身を置くことが日常になっている。

 普段は孤高に学園生活を過ごしている彼女は自ら誰かに挨拶をかけるようなことはしないのだが、俺に関しては席が隣であるという理由で仕方なくしているものだと認識している。

 間違えても『もしかしてこいつ、俺に気があるのでは?』 という単純で甘い期待はしない。

 俺みたいなモブキャラAが赤坂アリアというヒロインと付き合う展開などあるはずないからだ。

 あいさつを終え、視線を手元のスマホゲームへと戻す。

 すると、アリアが俺のスマホ画面を横目で覗き込んだ。


(林くん、今日もゲームに熱中ね。せめて朝の時間ぐらい相手してくれてもいいのに……)


 その頃俺は、アリアの強い視線を横から感じ居心地が悪くなっていた。


(うわぁ、今日もめっちゃガン見されてるよ。え、なに? 俺なんかした!?)


 帝学園では授業中はもちろん、勉強を疎かにしたり人に迷惑をかけない事を約束できればスマホが禁止にされることない。だから俺の行動はルールに従った善ある行動だ。

 となれば、俺がアリアになにかしたか……いや、それはない。

入学してから早一ヶ月。

 俺は誰かを不快にさせるような行動は一切していない。

 アリア同様、俺もここまで一人で過ごしてきた身なのだからな。(自慢風)

 とはいえ、アリアが何の意味もなくガン見してくるというのは考えづらい。何か俺に対して不快な部分があるということ!


(そっか、あれだな! 臭いんだな、俺が臭いんだな! 今日から洗剤を変えよう!(泣) なんならアリアの使っている洗剤を聞いて真似するのもアリだな! 変態だな俺!!)


 いくらデリカシーがない俺(よく指摘される)でも、踏み込んでいいラインの線引きはできている。

 アリアの目殺しに一人苦悩していると、スマホの画面が輝き出した。

 俺は今、ゲームのガチャを回していたところ。この輝きは––––––。


(やったあ! 限定キャラゲットぉぉぉ! うぉぉ可愛い〜っ!)


 輝きが失うと、画面には肌の面積を多く晒した水着姿の女の子が映し出されていた。

 あまりの露出度の高さに、ほぼ全裸といっても過言ではない。


「––––––ッッ!!」


 何やらアリアが隣で赤面しながらわなわなと震えている。

 俺に何か声をかけるよりも、スマホゲームを強引に没収された。なぜ。


「え? アリア……!?」

「………………この変態ッ」

「なんでぇ!?」


 アリアは俺が見事引き当てた水着の限定キャラを直視し、軽蔑するように見下ろしている。


(……ふーん。林くんはこういう露出狂の女の子が好きなのかしら。ちょっと意外かも……。今度からもうちょっとスカート短くしようかしら……)

「おいアリア、俺のスマホを返してくれませんかね?」

「ふふっ。返してほしい?」

「んなっ!」


 素直に返してもらえるかと思いきや、まさかのサドスティック発動である。


(おいおいなんでだよ! アリアはそんなことするキャラじゃないだろ!)


 アリアは基本的に同性異性問わず、事務的な会話以外話すようなことはしない。

 答えられる範囲であれば答えるスタンスではあるが、自分から誰かに絡みに行くことはまずない。

 こうやって俺のスマホを没収する馴れ合いなど特にだ。


「林くん、スマホ没収されるとそんな顔するのね。面白くてずっと見てられるわ」

「顔がひどいのは重々理解しておりますので、それ以上傷口を広げないでくださいませ」

「あら、誰もひどいなんて言ってないわよ?」

「言わなくても自分の顔面偏差値ぐらい把握しているよ。佐藤先輩をみてみろ。俺なんてどのパーツとっても相手にならんわ」


 自虐的に言うと、アリアはイタズラな笑みで言った。



「私はあなたの顔、結構タイプだけど?」



 その言葉は本音か冗談か。


 見極める方法はないが、きっと後者だろう。

 佐藤先輩みたいな100点に近い男と比べ、平均スペックの俺(そこまでひどいとは思いたくない)をこんな超絶美少女が好むはずなどないからだ。期待はしない。期待しちゃあアカン。


「っ…………心踊るお世辞をありがとう」


 アリアが面白半分、いや、100%面白がって言っていることは理解しているつもりだ。それでも超絶美少女にお褒めの言葉を頂くのは胸が高鳴るほどに嬉しく感じてしまう。

慣れない女子からの褒め言葉に照れてしまい、俺は思わずそっぽを向いてしまう。



「お世辞じゃないのに……」



 背後からごにょごにょと聞きそびれてしまうほどの小さな呟きが聞こえた。


(……今お世辞じゃないって言った? いや俺の聞き間違いか? でも、今確かにそんなことを言っていたような……)


 きっと俺の勘違いだと結論付け、俺は恐る恐るアリアの方へと振り向く。

 すると、すぐに目が合ってしまい、アリアはバッと窓の方へと顔を振り向けた。


(な、なんだよ今の反応は……っ。そんなに俺の顔を直視できないほど面白いのかよ。もう泣いていいか俺?)


 しくしくと哀しみの涙を流す俺に対して、アリアは大変嬉しそうな笑みを人に見られない角度で浮かべていた。


(キャー! 目があっちゃった! 目があっちゃったっ! もうどうしよう、ニヤニヤが止まらな〜い!!)


 アリアが肩を震わせ始め、妙に落ち着かない挙動が気になってしまい、俺は再びアリアの方へと振り向く。

 アリアは気付いていないようだが、窓にはアリアの顔が半透明に映し出されていた。

 そこには頬を真っ赤にし、ニヤついた笑みを必死に堪えているアリアの姿が。


(めっちゃ笑い堪えてる……。もう整形しようかな俺)


 自分の顔を見てもそんなに面白いとは思えないが、他人から見れば面白い顔をしているのかもしれない。え、マジで泣きそうなんだけど。今すぐ転生したい。


「林くん」


 しばらくすると、アリアの震えは収まり、なんとか平常心まで落ち着かせることが出来たようだ。


「今度はなんだよ……」


 傷づく覚悟で問うてみる。



「私、やっぱりあなたのことが好きっ」



 だが、その覚悟は無意味だった。

 今のアリアは先ほどのイタズラな笑みと違って、儚く、優しく、微笑ましく……まるで異性に恋をした瞬間を映像としてとらえたかのように……。

 俺の角膜というレンズフィルターを通して映ったアリアは、俺の恋心を刺激するほどにとても魅力的だった。


「––––––ッッ!! ……なんだ、そりゃあ……っ」

「ふふ〜ん♪」


 『好き』という言葉には色々な意味がある。

 面白いから好き、友達として好き、または……異性として好き、など。

 アリアがどの意味で好きと放ったのかは知りようもない。

 けど、先ほどのアリアを見たら……鼻から期待していない俺でも勘違いしそうになる。

 顔を真っ赤にしながら照れている俺を見て、何故か勝ち誇ったような笑みを向けてくるアリア。


(……おかしい。絶対におかしい。アリアは入学当初、こんな笑みを見せるなんてこと絶対になかった)


 アリアは自分から誰とも関わろうとせず、好きで孤高を貫いているようかのように冷たくて近づき難い印象だった。

 それが結果として友人一人作ることも出来ず、いつも一人でいた。周りからはどこか恐れられている存在になってしまっていた。

 急に寂しくなって比較的声をかけやすく、ぼっち同士である俺に親近感が湧いたとか? いや、アリアはそんなちっぽけな理由で誰かにかまうような真似はしない。

 じゃあ、一体何故?


(………………そうだ。思い出した。確か二週間前のあの日。そこからアリアの様子が変わったんだ)


 アリアが佐藤先輩に襲われたところを、俺が助けたあの日から。


 それをきっかけに、今はこうして下の名前で呼ぶようになったんだ。


 

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