第13話

 卒業式の日。私たち在校生は、先に体育館の自席について、卒業生の入場を拍手で迎えた。

 入場が始まるとすぐに、私はすぐに律月を発見できた。こんな時でもあまりピシッとせず、いつもの柔らかい表情で歩いているのが見えた。

 お偉いさん方の眠たいお話が終わると、卒業生の合唱があり、式は思っていたよりもすぐに閉会した。

 SHRが終わると、すぐに第二音楽準備室へと階段を駆け下りた。

 あの日から一か月と少し、毎日律月が頭から離れなくて、こんなに期間が開いてしまうのに、なんであの日に言ってしまったんだと、何度も後悔した。でも今はもう、覚悟はできている。

 相変わらずの埃っぽさで、カーテンと窓を開く。午前中にこの部屋にいたことがなかったので知らなかったが、お昼前はとてもよく日が当たる場所だったらしい。差し込む光が眩しかった。

 いつもより鼓動が早いのは、走ってきたからだろうか。多分、いや絶対に違う。

 心を落ち着かせようと、ピアノの椅子に腰掛けた。

『乙女の祈り』

 金色とピンクだっけ。律月の見えている音の色を、すごく一生懸命に伝えようとしてくれていたことを思い出して、懐かしい。

 もうすぐ律月が来る。そう思うだけで胸が高鳴ってしまう。どうか、笑顔でいられますように。私はピアノの音色に祈りを込めた。

 一曲弾き終えると、鼓動はもう通常運転に戻っていた。

 ピアノの音が消え去るとすぐに、控えめなノックの音が聞こえた。ドアの方を見ると、胸に卒業の印のコサージュを付けた、律月が立っていた。

「ちょっと久しぶりだね」

 律月の様子が思っていたよりもいつも通りで、私は少し安心した。

「うん、元気?」

「うん。卒業したよ」

 そう言ってジャーンと、卒業証書を見せてきた。

 私は卒業おめでとう、と言ってピアノ椅子から腰を上げて、律月の方に近寄った。

「『乙女の祈り』良かったよ今日も。金色とピンクだった」

「え~、聞いてたの。早く入って来てよ。でも、ありがとう」

 二人して笑顔になって、すぐに目をそらした。

 沈黙が流れる。防音の造りになっているので、本当に無音だ。どうしよう、と思っていると、今回は律月がこの気まずい沈黙を破った。

「見て、これ」

 律月がカバンから取り出したのは、卒業生へのお花だった。

「あのね、卒業式のお花、毎年うちが担当させてもらってるんだ」

「そうなんだ」

「今年は僕がお花を選ばせてもらったんだ」

 花屋の息子の特権だよね、と笑いながら律月は言った。

 どういう意味か分からないでいると、律月が二歩、近づいてきた。

「紗夜さん、このお花何かわかる?」

「……チューリップ?」

 確か、チューリップの花言葉って……。

「そう。この間、紗夜さんに好きって言ってもらえてとっても嬉しかった。言葉のプレゼント、たくさんありがとうね」


 いつか最初にお花をもらった時のように、律月は私の手を取った。

「だから僕からは、この花を贈るよ」

 律月から受け取ったチューリップの花は、私にも確かに、赤く色づいて見えた。


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