第53話
「さて、じゃあさっそく登録してもらおうか。」
狭い個室の椅子に窮屈そうに座ったゴリウスがおもむろに切り出した。
『え、いきなり?』
「なんだ、なりたくはないのか?」
『いや、そうじゃなくて…。事前の説明とか注意とか、いろいろあるんじゃないですか?』
「なんだ、本部の奴らみたいなことを言う奴だな。マナーの範囲内で自由にしてりゃいいんだよ。冒険者なんてそんなもんだ。」
ゴリウスはかなり大雑把な性格のようだ。
一抹の不安を覚えながらも、ワクワクしながら書類に名前を記入するソフィ達。
書類と言っても、不思議な文様が描かれた紙のど真ん中に名前を書く欄があるだけの正方形の紙だ。
「何眺めているんだ?お前も書くんだよ。」
ヤマトが気体と緊張に満ちたソフィ達の様子を微笑ましく眺めていると、不意にゴリウスに声を掛けられた。
『え?俺も登録できるの?ってか、ペン持てないんですけど?』
「出来る。…が、そうかその体だと書き辛いか。代わりに書いてやろう。確か…ヤマトとか言ったな?」
『あ、はい。正式名称はヤマト・アールピジー・マジマです。』
「なんだ、長ったらしいな。…これでいいか。」
渡された紙を見て見ると、力強い達筆で“ヤマト・アルピズ・マジカ”と書かれていた。
『ちょ、オッサン誤字ってる誤字ってる!』
「問題ねぇ。多少名前が違ったってお前みたいな存在は他に居ねぇだろうよ。」
『そういう問題か!?』
「そんなもんだ。よし他のも書けたな?」
ヤマトの叫びに耳を貸さず、ソフィ達に目を向ける。
因みにだが、この世界での識字率は、60%程度と高めである。先輩転生者が教育というものをかなり熱心に広めてきた影響があるのだ。
その転生者たちが集まり、自重もクソも無く快適さを求めた村から来たソフィたちが、字を書けないなんてことは無かった。貴族教育として幼い頃から勉強し続けてきたメイビスは言うまでもないだろう。
「よし、じゃあここに血判を押せ。」
そう言ってゴリウスは5本のナイフを取り出してそれぞれの前に置いた。
『え…?俺はどうすれば。』
「む?こうスパッと…あぁそうか。最悪体液なら何でも良い。俺が押してやろう」
『よくねぇよ!何もかもアバウトだなおい!待て待て、やめろぉぉ放せ――ぐえっ』
無理やりヤマトを掴んで、顔面をグリグリと紙に押し付ける。関節からピキピキと嫌な音が鳴り、頑強な外骨格に
「ん、準備ができたな。では、これをぺルプレに嵌めてさっきの紙の上に置け。」
「「「「『???』」」」」
半濁点の多い可愛い響きの単語が、ゴリッゴリのゴリウスの口から飛び出し困惑する4人+1匹。
「なんだ?ペルソナプレートの事も知らんのか?」
「「「「『あぁ!』」」」」
全員、納得がいった様子で手を打つ。
ペルソナプレートとは、成人式でもらえた金属の板の事である。
これは、名前や生年月日、ギフトに加え、犯罪履歴なども記された個人情報の塊である。そのため、身分証明書のような役割も果たしており、各種契約にはこのペルソナプレートの提示が必須になるほど、この世界では重要なアイテムである。
紛失した際などは教会で再発行ができるが、悪用の可能性もある為、扱いには注意しなければならない。
しかし、そんな大切なもののことを聞いて、理解できなかったのは何故かのか。
それは、ゴリウスが口にした“ぺルプレ”の略称のせいだ。
ペルソナプレートを略して呼ぶことは少なくない。身近にある物の正式名称を知らない…なんてこともあるのだから。
しかし、ペルソナプレートの略称として最も多いものは、「プレート」である。
身近な大人も、日常生活でプレートと呼んでいるくらいだ。ぺルプレとは呼ばない。
つまり、“ぺルプレ”は何処か遠い地方の方言的な何かか、ゴリウス個人の略称である。
普段使っているものを知らない言葉で表現されると、少し違和感を覚える。それが独自の呼び方であれば、気持ち悪くもある。
これを例えるなら、「リモコン」を「コントロ」と略されるような感じか。
「まぁいい。さっさと嵌めて紙の上に置け。」
そう言って出してきたのは、緑色のプラスチック的な素材のケースだった。
「これは何ですか?」
「あぁ?あー…まぁ後で説明しよう。とりあえず言うとおりにしろ。」
少し投げやりな様子だ。
『と言うか、俺はそれ貰ってないんだけど。』
「あぁ?あー…ちょっと待て、そうか。お前一応魔物か。そうだな…これにでも嵌め…あぁ、お前の身体じゃ無理か。」
そう言って取り出したのは、何も書かれていないペルソナプレートだった。
『え、何も書いてないけどいいの…?』
「まぁ、別にいいだろ。冒険者登録するだけならな。…ちっ、細かい作業は苦手だ」
ゴツイ手で四苦八苦しながらプレートを押し込み、ヤマトへ乗せるゴリウス。
『正直不安しかないが…せーので乗せるぞ?…せーのっ』
4人+1匹は、同時に紙の上にプレートを置く。
すると、紙が淡く白い光を発し、気付けば紙は無くなっていた。
「よし、これで登録は終わりだ。これがギルドカードだ。失くすと再発行に金が必要だからな、気をつけろ。じゃ、解散。」
『ちょっと待て、ちゃんと説明しろ。最悪、質問にだけは答えて?』
カードを渡した途端、仕事は終わったとばかりに手を振るゴリウスにヤマトは食い下がる。そもそも、先程後で説明すると言ったことも説明してもらっていない。
「あー…そうか」
ポツリポツリと非常にめんどくさそうに説明をする。
冒険者とは、遺跡の探索や旅を行い、そこで得た魔道具や知識、地理情報などを売って生計を立てる者たちの事であった。
あった、と過去形であるのは、百数年ほど前に狩人ギルドと合併して、今では魔物狩りも行っているからである。他にも、お手伝いギルドや傭兵ギルドなどとも合併を繰り返し、街の住人の雑用や護衛なども行う、何でも屋状態なのだ。冒険者ギルドと呼ばれているのは、ただの慣習である。
冒険者になるには、冒険者ギルドに登録が必要だ。
登録が可能となるのは、成人となる13歳からでペルソナプレートの提示が必須となる。と言うのも、ペルソナプレートがギルドカードの核となるからだ。
ギルドカードとは、そのギルドに登録していることを示す身分証のようなものだ。これは、ペルソナプレートに専用のケースを嵌めて同期させることで作動させるものだ。
ギルドカードに記される情報は各ギルドによって様々ではあるが、冒険者ギルドの場合は、ランクや魔物の討伐種類と数、移動の履歴、現在受けている依頼の有無などだ。
また、ギルドカードには緑、青、赤、金色の4種類があり、それぞれで受けられる特典が異なる。
登録から3年間はグリーンカードと呼ばれ、初心者である事を表す。
グリーンカードには、ギルド内の武器防具や食事場所での割引、宿屋の
登録3年でカードの更新をした場合は、ブルーカードとなる。
ブルーカードは一人前を表すもので、グリーンカードで可能だったサービスは受けられなくなる。その代わり、グリーンカードで受注できなかった依頼が受けられるようになり、仕事の幅が広がるのだ。
問題を起こすと、レッドカードとなる。
これは、受注可能依頼に大幅な制限が掛かり、街の奉仕活動に強制参加させられるのだ。これは、1年間問題を起こさずに更新をすると、ブルーカードに戻る。
(あ、退場させられるわけじゃないのね。)
過去5年間、無問題の上にノルマ達成でゴールドカードとなる。
これは、信頼の証の色であり、割引サービスや国境での税免除などの特権が与えられる。更に、カード更新の代金が不要になるなどの特典もあるのだ。
(―――運転免許証かな?ゴールド免許で免許更新費用が安くなる…的な。)
ランクとは、冒険者の活動実績によって決定される身分のようなもので、最高がSランク最低がGランクである。
Sランクの冒険者は現在7人しかおらず、その全員が英雄と呼ばれるほどの経歴と実力を持っているという。
こちらも、ランクごとに様々な特典が存在しているという。
(そう、これも何故かアルファベット。)
「そして、お前らは先日の魔物の襲来での活躍を見込まれて、Eランクからのスタートだ。本来はG、Fと順番に経験を積んで上がっていくものだが、ルーウィンの知り合いってことで特別だ。」
(つまり、実績とコネで飛び級ってわけね。)
「話は以上だ。それでは、良い冒険を。」
始終面倒くさそうにではあるが、丁寧な説明を終えて、ゴリウスはシッシッと追い払うように手を振った。
一応お辞儀をして、部屋から退出する。
「えっと…?これで冒険者になれた、のかな?」
あっさりと夢の一端を掴んだソフィが、呆然と呟く。
『何言ってるんだ。冒険者になれて、はいおしまい。じゃないだろ?』
「そうそう。冒険しねぇとな!」
「ほらソフィちゃん、シャキッとして!」
「楽しい1年間にするよ。」
各々ソフィの肩を叩きながら、晴れやかな顔で空を見上げる。
『俺たちの冒険はここからだ!!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます