第11話 ”子供部屋”  逃走中

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~sideソフィ~


「えー、うっそだぁ」

「ホントだもん!ほんとに話せるもん!」


 土を塗り固められたような壁で囲われた空間に、子供たちの声が響く。

 有事の際の備えとして作られた避難所は、日の光が届かない地下に作られていた。

日の光の届かない地下と言っても、魔導ランプの明かりがあるため、完全な暗闇ではなく、薄暗くて読書がしづらい程度の明るさはあるが。


 避難所と言っても、現代の日本のような災害のみから身を守る避難所とは違い、戦火や今回のようなモンスターの大量発生から身を守るという役割も持っているため、防空壕のように中に食料を備蓄しており、数か月程度は生活することが出来た。さらに、土魔法などで簡単に作り広げられるため中はかなりの広さで、さらに個室付きというかなり快適な造りの避難所となっている。


 そんな避難所の中に、女子供や老人などの非力な村人が避難してきていた。もちろん、ソフィもである。


「ソフィちゃん。私もさすがにそれは無いと思うの…。」


「えぇ!?ユキちゃんまで裏切るのぉ!?」


「ほら見ろ。そもそも、ローチ種はしぶといだけが取り柄で、ロクな知能もないって聞いたぞ?お前が言うみたいな喋れるローチなんているわけないだろ、嘘つきソフィ。」


「なによ!私は嘘つきなんかじゃないわ!!」


「嘘つきだろ!この前だって、森の動物の言うことがわかるなんて嘘ついていたくせに!」


「アレもホントのことよ!なによ、この泣き虫ピート!」


「なんだとぉ!?俺がいつ泣いたって言うんだよ!」


「あ~ら?モンスターが来るかもって聞いてがくがく震えて半べそかいてたのは誰かしら?」


「なんだとぉ!?」


「何よぉ!」


「ちょ、ちょっとぉ。やめてよぉ二人ともぉ!」


 避難してきた村人は、いくつかに仕切られた広いスペースでくつろいでいた。

ソフィら子供たちは、子供用に作られた玩具などがある子供用スペースで年の近い者同士で集まって遊んでいる。


 年の近い3人で仲良く(?)喧嘩していると、ソフィらよりも少し年上のやや太り気味の男の子が、3人の同年代の取り巻きを連れて近づいてきた。


「おいおい、ちびっ子ども。うるさいぞ。このモーガン様の邪魔をするな。」


「げっ、モーガンが来ちゃった…」


「なによ。邪魔も何も、アンタはただチャンバラごっこしてるだけじゃない。遊んでるだけなら、少しうるさいのぐらい我慢しなさいよ。」


「ちょ、ちょっとソフィちゃん…。やめなよ。長者様の子供だから失礼のないようにって大人たちから言われたじゃんかぁ…。」


「なによ、ユキ、止めないで。私、前々からこのブタは気に入らなかったのよ。長者様の子供だからって偉そうに。別に自分が偉いわけでもないのにさ」


「げっ…俺しーらねっ。」


 モーガンと呼ばれた男の子は、顔を真っ赤にして小刻みにプルプルと震えていた。

その様子に気付いた取り巻きの一人が、慌ててソフィたちに向かって声を上げた。


「お、お前ら!モーガン様に向かってなんて口の利き方をするんだ!訂正しろっ!」


「へぇへぇ、わるうござんした」


ソフィが、いかにも小ばかにしたような調子でモーガンに向かって謝罪をする。しかし、ブチギレたモーガン少年の怒りがその程度で収まるはずもなく、むしろヒートアップしてソフィたちに殴りかかった。


「くっそぉぉぉ!お前らはいつもいつも僕を馬鹿にしやがってぇぇぇ!今日という今日は許さないぞぉぉ!」


「なによ!口で勝てないからって力に頼る気!?いいわよ、返り討ちにしてあげるわ!このおデブ!」


「もーー!やめてよぉ!」


「いてぇっ!?なんで俺まで!?」


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「フゥフゥ…きょ、今日のところはこれで勘弁してやる!ハァハァ…これに懲りたら、もう僕をバカにするなよ!」

 数分間取っ組み合って疲れたのか、顔中アザだらけになったモーガンは捨て台詞を吐くとこれ以上こいつらと関わるのは御免とばかりにそそくさと子供用スペースの奥へと引っ込んで行った。


「ハァハァ…あんたこそ、もう二度と近寄って来るんじゃないわよ!」


「ヒィヒィ…くそっ。ソフィといるとロクなことにならねぇ!ハァハァ…」


「何よ!?アンタ殴られたいわけ?」


「も、もうやめなよぉ…。」


 ソフィとピートの二人は、右目にお揃いの青タンを作りながらまた取っ組み合いを始めた。


「………ソフィ。ピート。」

「なによ!」「なんだよ!」


「怒るよ?」


「「ごめんなさいぃ!」」


 静かな怒りのオーラを纏わせたユキが二人をたしなめると、二人はシンクロした動作で渾身の土下座をした。


「もー!ソフィちゃんは女の子なんだから、もっとお淑やかにしなさい!ピート君も、そんなにムキにならないの!二人とも、もう11歳でしょ!」


「「ハイ。スミマセンデシタ。」」


「まったくぅ、もうやめてよね!ほら、ケガしたとこ見せて!」


二人は、おとなしくユキに従って服をはだけた。

と、途端にユキの雰囲気が変わり、その手から暖かな光が溢れてきた。それと同時に、呪文のような言葉を二言三言呟いた。

「精霊よ癒しの精霊よ我が身に宿りてこの二人を癒し給え『ヒール』」

すると、手から溢れた光が二人の体へと移り、じわじわと青タンを消していった。


「ふぅ…。疲れたぁ。もうやらないでよねぇ。」


「あぁ、ありがと、ユキ。やっぱりすごいわね。」


「ありがとな、ユキ。いいなぁ、俺にも魔法使えないかなぁ。」


「あんたは無理よ。だって馬鹿だもの。」


「へっ、バカでも、嘘つきよりはマシだね。」


「なんですってぇ!?」「なんだとぉ!?」


「もう…!やめてってばぁ!」


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一方その頃…


(あぁぁぁぁ!逃げても逃げても逃げきれないぃぃ!)


 ゴキブリは村を追いかけまわされていた。


 追いかけてくる相手は、山から出てきた魔物たち―――などではもちろんなく、くわすき、斧などを持った村の男衆である。

 人間であるため魔物や魔獣のような超常識的な身体能力は持っていないが、魔物の使用できない武器である“連携”を使って、巧みに追い込んでいく。

 全ては、愛する者を、あるいは生まれ育った村を、またあるいは己の命を守るために、少しの異変をも追いかけて叩き潰す心構えでいた。そう、少し大きなだけの虫ケラでさえも。


 しかし、いくら人間に連携プレイが出来るからと言って、相手は人間並みの狡猾さを持ったゴキブリである。いつまでも追いかけ続けることなど不可能であった。


 異常なまでの瞬発力を活かし、速度の緩急をつけて、一気に引き離す。だが、それだけだと、広範囲に散らばる人の目を回避することなどできない。そのため、近くにあった角を曲がってすぐにあった木製バケツの陰に隠れる。外に抜け殻を置いて。


 触角に意識を集中すると、バケツの外で抜け殻を見つけて騒いでいる音がする。


…ちなみに、なぜ触角に意識を集中するのかというと、ゴキブリには耳がない代わりに、空気の振動を感知するセンサーのようなものが触角に存在しているからである。触角は、他にも匂いを感じる機能も備えている。…嗅覚、触角、聴覚の役割を果たす…いや、目がほとんど見えなかったことを考えると、視覚の代わりまで担っているのだ。かなり凄い。ちなみに、味覚は口のところにある髭のようなもので認識している。


(ふぅ…これで、完璧に逃げ切ったはずだ…!)


 気を抜いて、ロクに状況確認もせずにノコノコとバケツの中から顔を出すと、たまたま辺りを周回していたと思わしき青年と目が合った。


(あっ)


「おーーーーい!!まだ一匹ローチがいたぞーーー!それもかなりの大物だー!」


(やべえぇぇぇぇ!)


 このまま人が集まってくれば、再び村の男衆から追いかけまわされる羽目になるだろう。さらに、今回は抜け殻がないため簡単に逃げることは叶わないだろう。


(そんなのは嫌だぁぁぁ!)


 人が集まる前に青年に潰されないように逃げようと思い、辺りを見回すと、ふと、ある家と地面の間にちょうどこの体が入り込めそうな隙間があるのを見つけた。


(あぁぁぁ!ここしかないっ!)


 青年が振り回す鍬をかいくぐり、集まって来た村人たちの足をすり抜けて隙間へと向かっていった。途中でスピードに振られて何度もぶつかったり、驚いた人にふまれそうになったりもしたが、どうにか隙間まで到達することが出来た。

 スピードに乗ったそのままの勢いで、かなりの大きさの隙間に滑り込んだ。…が、隙間は実は深い穴のようになっており、真っ逆さまに落ちて行った。

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