《 第24話 初デート(再現) 》

 柚花が風邪を治して1週間が過ぎた。


 日曜日の朝。


 脱衣所の鏡で格好をチェックしていると、佐奈が寝ぼけ眼でやってきた。鏡に映る俺を見て、カッと目を見開く。



「兄ちゃんがオシャレになってる! 爽やか男子高生だ!」


「俺はいつも爽やかだろ」


「いつもはもっと野暮ったいよ! その服どうしたの?」


「こないだ買ってきたんだよ」


「鯉川さんに選んでもらったの?」


「ちゃんとひとりで買ったぞ」


「兄ちゃん、ひとりで服買えたんだ……」


「何歳だと思ってんだよ……。ひとりで服くらい買えるっての」


「いつもは通販で買ってるじゃん。お店のひとに話しかけられるのが嫌だからって」


「今回は自分から声かけたぞ。試着していいですか、ってな」


「私の知らないところで兄ちゃんが成長してる……ちょっと待ってて!」



 足音を響かせながら階段を駆け上がり、ケータイを手に戻ってきた。


 パシャパシャと撮影する。



「そんなに撮ってどうするんだよ」


「成長した兄ちゃんを記録したくて! あと友達に見せたり」


「見せるなよ……恥ずかしいだろ」


「どうして? みんなニコニコ笑って見てくれるよ?」



 それは佐奈のブラコンっぷりが可愛くてほほ笑ましそうにされてるだけだろ。



「いや~、それにしてもあの兄ちゃんがオシャレに目覚めるなんてねぇ。恋をするとこうも変わるんだねぇ」


「べ、べつに恋とかしてねえよ!」



 俺は恋などしていない!


 まだ好きになりかけてる段階だ!


 だからこそ、男女の垣根を越えた友情を築くため、ふたりきりのときは手を繋いでいるのだ!


 最近始めたおやすみ電話も、ケータイの待ち受け画面をお互いの写真にしたのも、ショック療法の一環だ!



「で、どう思う?」


「お似合いだと思うよ!」


「じゃなくて服だよ。似合ってるか?」


「ばっちり! デートっぽい服装だよっ!」


「デートじゃないっての」


「でも相手は鯉川さんだよね?」


「そうだけど……べつにかっこよく思われたいからオシャレしてるわけじゃないぞ。こないだ柚花に英字シャツを翻訳されて、からかわれたから違う服を着ただけだ」



 この服装を見れば、柚花はあっと驚くだろう。


 その服ひとりで選んだの? やるわね。――そんなふうに俺を見直すに違いない。



「変なこと書いてあったの?」


「自分で和訳しなさいって言われたよ」


「なんて書いてあったの?」


「俺の英語力じゃさっぱりだ。佐奈わかる?」


「兄ちゃんにわからないのに私にわかるわけないじゃん」



 さすが佐奈。俺によく似て英語力がからっきしだ。



「ところでデートって何時から?」


「もう出かけるよ。あとデートじゃないから。んじゃ行ってくる」


「うん! がんばっ!」


「おう。お前も部活頑張れよ」



 玄関前で待機していたニヤニヤ顔の両親と佐奈に見送られ、家を出る。


 今日は晴れ。絶好のデート(再現)日和だ。途中のコンビニで飲み物を買い、駅に到着。


 ベンチに座っていた柚花が、立ち上がって迎えてくれた。


 ピンクカラーのブラウスにデニムジャケットを羽織り、白のミニスカートを穿いている。


 まさかミニスカートで来るとは思わず、どきっとしてしまった。



「よ、よう。待った?」


「さっき来たところよ。……航平、そんな服持ってたっけ?」


「こないだ買ったんだよ」


「通販?」


「いや、商店街」


「そう。誘ってくれればよかったのに。ちゃんと試着していいですかって言えた?」


「何歳だと思ってんだよ……。ちゃんと言えたって。証拠にほら、ぴったりだろ? てか柚花こそその服どうしたんだよ」


「通販で買ったのよ。……変?」


「変じゃないよ。ただ、柚花がミニスカートなんて珍しいなと思ってさ。制服以外でミニスカートは恥ずかしいみたいなこと言ってただろ?」


「そりゃ恥ずかしいけど……初デートでもミニスカートだったから……」



 つまり当時のデートを再現したわけか。


 意図がわかって納得できたけど……なんかどきどきしてきた。デートのつもりじゃなかったのに、デートを意識させられたから。


 気を取りなおして駅に入り、切符を購入する。



「けっこう遠くまで行くのね」


「近場で条件満たせる場所が、そこくらいしかなかったからな。探すの苦労したぞ」


「頑張って見つけてくれてありがと」


「どういたしまして」



 電車が来て、2人掛けの席に腰かける。


 アニメの話や、ゲームの話、近々始まる中間試験の話なんかをしていると、目的の駅に到着した。


 燦々と降り注ぐ日射しを浴びながら、公園へと向かう。


 大きな池のある公園で、散歩コースには色とりどりのチューリップが咲いていた。



「いい場所ねっ!」


「だろ? 夏はひまわりが咲くらしいぞ。向こうにはカフェがあって、花を見ながら軽食が楽しめるんだ」


「お昼もそこで食べるの?」


「そのつもりだったが……希望があるなら聞くぞ」


「希望っていうか、お弁当を作ってきたのよ。初デートのときも作ったじゃない?」


「覚えてるよ。風が強くてレジャーシートが吹き飛ばされそうになったんだよな」


「ね。あのときは落ち着いて食べられなかったけど、今回はのんびりできそうね」


「だな。んじゃボートのあとに食べるとするか」


「それでもいいけど、先に食べちゃわない? このあとボートを漕ぐんだから。体力つけとかないとバテちゃうわよ」


「俺が漕ぐ前提かよ。あれかなり疲れるんだが」


「再現よ再現。前回もそうだったじゃない。あのときみたいに頑張れ~って応援してあげるから」


「仕方ないな。今回も頑張ってみるか」



 池を望めるベンチへ向かい、柚花が弁当箱を取り出した。


 中身はサンドイッチだ。



「どう?」


「美味いよ」


「ありがと。残さず食べてね?」


「おう」



 青空が映る池を眺めながらサンドイッチを食べ、体力をつけたところでボート乗り場へ向かう。


 初デートではスワンボートだったが、今回は手漕ぎボートだ。


 おじさんに料金を支払い、ボートに乗ると――



「うおっ!?」


「だ、だいじょうぶ!?」


「けっこう揺れるな……。気をつけて乗れよ?」



 手を伸ばすと、ぎゅっと握ってきた。怖々とボートに乗った瞬間にぐらっと揺れ、胸に倒れこんでくる。


 ごん、とアゴに頭突きが!



「んぎッ!?」


「ご、ごめん! だいじょうぶ!?」


「へ、平気」


「で、でも赤くなってる……」


「これくらいへっちゃらだって。夫婦喧嘩で喰らったパンチに比べれば全然マシだ」


「ごめん……」


「いいってば。俺のほうこそ、あのときは悪かったよ」


「……どのとき?」


「全部ひっくるめて。けっこう酷い言葉も浴びせたし……」


「も、もういいわよ。お互い様ってことで水に流しましょ」



 昔のことを謝り、あらためて仲直りして、お互いすっきりしたところで、ボートを漕ぐ。


 キィコキィコと軽快な音が響くが、思ったように進まなかった。


 苦戦していると、柚花が心配そうに声をかけてくる。



「だいじょうぶ? 大変そうだけど……」


「平気だって。力仕事は俺に任せて、柚花は景色を楽しんでろよ。こういう景色好きだっただろ?」


「航平と一緒じゃなきゃ楽しめないわよ」



 こんなこと言われたら、景色を楽しまざるを得ない。


 漕ぐのを止め、わずかに揺れるボートから池を眺めることにしたのだが……なんとなく柚花がどういう表情をしているのか気になり、チラッと振り向き――



「――ッ!?」



 ミニスカートから下着が! 春を感じさせる桜色のパンツが!


 いかん! 目を逸らせ! まじまじと見るんじゃない! 


 そう頭ではわかっているのに、視線が吸い寄せられてしまう。


 すると幸か不幸か、脚が閉じた。


 ゆっくりと顔を上げると、赤く染まった柚花の顔が。


 頬を紅潮させ、じっとりとした眼差しで、



「えっち」


「ち、違う! 誤解だ!」


「なにが誤解よ。じっと見てたじゃない。景色を楽しめって言ったのに、スカートのなかを楽しむなんて……」


「そ、その言い方だと俺が変態みたいだろっ! てかパンツ見せたのは柚花だろ!」


「は、はあ!? 見せてないわよっ!」


「わざとじゃないにしろ、パンチラしたのは柚花のほうだろっ。ミニスカートなんだから気をつけろよ!」


「ふたりきりだから気が緩んじゃうのよっ。ていうかあんた、まさか下着が見たくて手漕ぎボートを選んだんじゃないでしょうね?」


「そんな回りくどいことするかっ!」


「ストレートに見せてくれって言うつもりだったわけ……?」


「そんなこと言うわけないだろっ! だ、だいたい、下着を見られるのが恥ずかしいなら洗濯物の回収を俺に頼むなよ!」



 看病したときのことだ。


 夜中に目覚めた柚花に回収を頼まれ、洗濯物を仕舞いこみ、しわにならないように衣類をタンスに入れたのだ。



「だって……仕方ないじゃない。熱があったんだから。迷惑かけて悪かったわね」


「べ、べつに迷惑とか思ってねえよ。頼られて嬉しかったし……」


「……うん。あのときの航平、本当に頼もしかったわ。看病してくれてありがと」


「どういたしまして」



 下着のことはすっかり忘れ、仲直りをしたところで、ボート漕ぎを再開。あっちへふらふら、こっちへふらふらしながらもボートを楽しみ、船着き場へ帰還する。



「まだ揺れてる気がするわ……」


「だな……。ボート、楽しんでくれた?」


「うん。また来たいわ」


「俺もだ」



 普段使わない筋肉を使ったせいでへとへとだ。


 だけど柚花の幸せそうな顔を見ていると、疲れなんて吹っ飛んでしまう。



「次は映画ね。早く行きましょっ」


「休まなくて平気か?」


「平気よ。航平と一緒にいると疲れなんて吹っ飛んじゃうわっ」



 明るい笑みでそう言われ、思わずどきっとしてしまう。



「じゃ、じゃあ行くか。映画館」


「うんっ。なに観るか決めてるの?」


「行ってから決めようかと」


「そ。だったらホラー以外にしてよね」


「べつにいいけど……昔、苦手を克服したって自慢してなかったか?」


「航平がそばにいてくれたから平気だったのよ。いまホラー映画を観たら……怖くてひとりじゃ寝られなくなるわ。……それとも、朝まで一緒にいてくれるの?」


「そ、そんなことできるわけないだろ」


「先月は一緒に寝てくれたじゃない」


「それはそれ、これはこれだ」



 あのときはまだ好意が芽生えていなかった。


 あくまで友達としての好きで、恋愛感情なんかなかった。


 いまは違う。


 思いきり柚花を意識してるし、恋愛感情だってある。


 好きになりかけてるとかじゃなく、完全に恋に落ちてしまった。


 ぜったいに表に出しちゃいけない気持ちだ。だからこそ好意を抑えるために、手を繋いだり、待ち受けを柚花にしているわけで……。


 だけど、正直それも逆効果。


 ショック療法のつもりだったが、常識的に考えればわかることだ。気になる女子と手を繋いだら、もっと好きになることくらい。


 なのに――



「ねえ、手を繋がない? 昔みたいに、指を絡ませて……」



 ショック療法が順調なのか、柚花が恋人繋ぎを提案してくる。


 これ以上柚花を好きになるとマズいので、こっちからも提案する。



「恋人繋ぎをする前に、ひとつ頼みを聞いてくれないか?」


「頼みって?」


「変なこと言うけど……柚花に変顔をしてほしいんだ」



 大まじめに告げると、ぽかんとされた。



「……は? いまなんて?」


「変顔してほしいんだ。たとえばこんなふうに白目剥いてダブルピースしてくれると助かる」


「ちょっ、ちょっと! バカみたいだから白目ダブルピースするのやめて!」


「バカみたいとか言うなよ! わかりやすくお手本見せてやったのに! ほら、次は柚花の番だぞ!」


「嫌よ! なんでデート中に白目ダブルピースしなくちゃいけないわけ!?」


「デートじゃなくてデートの再現だろ!」


「どこが再現よ!? あんた前回は白目ダブルピースとかしなかったでしょ!」


「当たり前だろ! どこの世界に初デートで白目ダブルピースを披露する男がいるんだよ! さっき手本を見せたときも、ほんとは恥ずかしかったんだからな!」


「そんな恥ずかしいことをあたしにさせないでよ!」


「俺だってさせたくねえよ! お前が可愛いのがいけないんだろ!」


「は、はあ!? バカじゃないの!? 大声で可愛いとか言わないで!」


「仕方ないだろ! マジで可愛いんだから! だから変顔でリセットしたいんだ! どきどきを消すために、100年の恋も冷めるような変顔を見せてほしいんだ!」


「嫌よ!」


「頼む! べつに白目ダブルピースじゃなくてもいいから! とにかくめっちゃ変な顔を見せてくれ! そしたら冷静になれると思うんだよ! 俺もうどきどきしすぎて頭がおかしくなりそうなんだよ!」


「すでにおかしくなってるわよ! そうじゃなかったらデート中に白目ダブルピースしてくれとか言わないわよ!」


「だろ? 説得力あるだろ!? だから頼む! 変顔してくれ! 男女の友情を守るために協力してくれ……!」



 心からお願いすると、柚花は嫌そうな顔でため息をついた。



「……1回だけだからね?」


「ありがと! マジで助かるよ!」



 柚花は恥じらうように頬を染め、よく見えるように俺に顔を近づけてきた。


 どきどきしていると――


 柚花が、キス顔をした。



「なんでキス顔!?」


「だからタコ口よ! こないだも同じこと言ってたわよね!? あたしキスするとき変顔してたの!?」


「そもそも変顔になってねえよ! 恥じらいを捨てきれない女子アナの変顔みたいになってるよ!」


「たとえがわかんないわよ!」


「もっとバラエティ見ろ! タコ口ってのはこうやるんだ!」


「あんただってキス顔じゃない!」


「俺キスするときこんな顔してた!?」


「酔っ払ってキスをせがんでくるときはその顔だったわよ!」


「覚えてない」


「そりゃそうでしょうよ! べろべろに酔ってたんだから!」



 真っ赤な顔でそう叫び、ぷいっと顔を背ける柚花。


 それからチラッとこっちを見て、手を伸ばしてきた。



「約束通り、手を繋いでよね」


「次の変顔は……」


「1回だけって約束したでしょ。ほら、手」


「わ、わかったよ……」



 キス顔を見せつけられ、恋人繋ぎをしたせいで、ますます好きになってしまった。


 好きな女の子と手を繋ぐ――。本来ならば幸せなことのはずなのに、つらい気分になってしまう。


 だけど、我慢しないと。


 好きという気持ちを抑えこみ、一生我慢し続けないと。


 恋心を消すことはできないし、この気持ちが報われないのはつらいけど……それは罰だ。あの日、離婚という愚かな選択をしてしまった俺への罰だ。


 恋人にさえ――夫婦にさえならなければ、いつまでも仲良く過ごせるんだ。柚花と仲良く過ごせるだけで、充分幸せなことじゃないか。


 自分にそう言い聞かせ、俺はデート(再現)を続行するのだった。

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