第2話

 翌日も、僕はまた公園の広場に立っていた。もちろん、目の前には昨日のおじさん。

 おじさんは僕が来たのを確認すると、軽く右手を挙げた。


「やぁ、よく来てくれた。」

「まぁ、約束しましたから。」

「ははっ。良い子だね、君。名前は?」

唯月巴ゆいづきともえです。」

「巴君か。おじさんは――」

「――だいだらぼっち。」


 家に帰った後、軽く調べた。だいだらぼっちという言葉と共に出てきたのは、山を越える巨体。その男に見える巨体が通った後には湖等ができたという。国生み伝説さえ持つ彼はここ、武蔵野に深い縁を持つ存在だった。


「その顔はおじさんのこと、調べてみてくれたみたいだね。」

「まぁ、一応は。」

「おじさんは凄い存在だっただろう。」

「そうですね、でも。」

「何故おじさんなのか、かな?」


 黙って頷くとおじさんも納得したように先を続けた。


「巴君はだいだらぼっちのこと、知らなかっただろ。おじさん達のような伝承の中で生きる存在は、人々の信仰が無いと生きていられないんだ。だから、おじさんはおじさんになってしまったんだよ。」

「おじさんが、おじさんに。」


 偉大な存在と目の前のくたびれたおじさんが結びつかないからか、話が頭に入ってこない。ふざけているのか、と思うがおじさんの顔は真剣だ。

 困惑する僕を確認したおじさんは、ここではないどこかを見るように遠くへ視線を向けた。

 

「忘れられてしまう、それが何よりも恐ろしい。」

「忘れられたら、消えてしまうから?」

「そうだね。人間の人生は短い。人間は忘れられるのが怖くて子孫を残すんじゃないかな。おじさんはそんな彼等のことを覚えている。でも、時を経る毎に人間の方はおじさんを忘れていってしまった。」


 おじさんの肩が微かに震えている。


「死ぬのが……怖い?」

「あぁ。怖いさ。生まれて初めて、死に怯えなくちゃならなくなったからね。」

「死にたくないの?」

「そうだね。おじさんはずっと君達を見守っていたいんだ。」


 おじさんの声が終わった瞬間、強い風が吹きすさび、思わず目を瞑る。

 しばらくの後、まぶたを開けた時にもおじさんは変わらぬ姿のままいた。


「じゃあ、また明日。」


 こうして、僕とおじさんの夏休みは始まった。



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