5.意思の疎通が出来るって素晴らしい

 いつの間にかこの世界にいた。前世の記憶はあるが、魔王の前に誰かの頭に付いていた気がしないでもない。だからこの世界での年齢は曖昧だった。自我がはっきりしたのは、今の魔王から4代前だ。少なくとも300年以上はツノ生活を送った計算になる。


 話しても誰にも届かず、聞こえる音や見える方角も限られ、手足がない。最悪の状況だが、魔王ってのは意外とアクティブな生き物だった。あちこち出歩いてくれるので、気分転換は出来たのだ。その意味で、魔王は便利な手足とも言える。意思疎通が出来たらもっと良かったが。


「すてぇたす」


 教えた単語を何度も繰り返す子どもは、朝ご飯のカエルを食べてからずっと頑張っている。というか、カエルの色がピンクだったけど、あれ毒があるんじゃないか? 母猫もあれは食べなかったし。


「でない」


 しょんぼりと肩を落とす。僕も確証があるわけじゃないが、ここが異世界ならステータス画面が出るかな? と思ったんだけど。やはり僕が知る異世界転生と違うのか。


 仕方ないよ、世界の仕組みが違うのかも。慰めて、頑張ったことを褒めてあげると嬉しそうだった。この子、一度も愛されなかった子じゃないね。誰かに愛されて、その後嫌な思いをして今に至る。残酷だな。


「ごはんとりにいく」


 魔法のレッスンが終わったと考えたらしく、お昼ご飯を見つけると言い出した。僕を必ず連れていくよう話したので、左手に握って歩き出す。物置小屋を出て、進む先でキノコがあった。それを摘み始めるが、毒キノコが大半だ。


 危ないから赤に白の斑点はダメ、その隣の青いのも危険。頷きながら整理すると、彼の手元にはほとんど残らない。残念だけど、腹痛や嘔吐の原因になるキノコは諦めてもらった。次は草に見えるニラもどき。これも毒性が強いのでやめてもらう。


 ちょっと……この子、毒性が強い物ばかり好んでる気がする。そういう種族いたっけ? うーんと唸るが思い付かず、小さな兎を捕まえて帰った。罠の仕掛け方を教えたら、上手に捕まえたから頭はいいと思う。


「うさぎ、かわいい」


 いやいや、これ食料だからね。言い聞かせるも可哀想だと肩を落とす。お腹空いてるだろうに、どうしたものか。小鳥を捕まえた母猫が戻り、耳を掴まれた兎を見るなり噛み付いた。野生の本能か。一発で仕留めた。


 母猫が噛んで仕留めたので、諦めたらしい。母猫が毛皮を齧って剥き始め、この子も手伝い始めた。ああ、そうだ。いい加減に呼び名を決めないといけない。


 名前、わからないの?


 頷いて、赤く染まった手で鼻を擦る。ちょうどいい機会だから、浄化の魔法も教えておこう。冷たい水で手足を洗わなくて済むからね。見て覚えた魔法を説明したら、すぐに成功させた。ごっそり魔力を奪われたけど、どうせ時間経過で回復するし。問題ないので、彼の名前を考える。


 名前がないなら、僕がつけてもいい? 尋ねた僕を抱きしめて喜ぶ。どうやら名前がないのはおかしいと知ってるようだ。


「よぶひとない、かった」


 呼ぶ人がいなかった。だから名前はなくてもいいと思ってたのか。うんといい名前を考えてやるからな。

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