番外編 副将軍の愛妻5
「昔からあの調子だから、やっぱり毎日は辛いんじゃないかな」
「いやでもさっきは副将軍も奥様に会えて嬉しそうだったよ」
「そうか……?」
「ほんのりデレてた」
「へえ……?」
あれ、この人には見えてないのか?
どこからどう見ても熱々相思相愛なんだけれどな。だから、
「戦争も終わったことだし、そろそろ単身赴任が終わるといいね」
私は心からそう言ったのだけれど。
「僕もそう言っているんだけれどね……。でもジュバンスは『そんなこといっていざ帰ったら邪魔なだけなんですよ。なにしろ王都では連日お茶会やパーティーですよ。しかも私は興味もないのに、家にいるならエスコートしろって毎日引っ張り出されるんですよ。それなら戦場の方が何倍もマシってもんでしょう!』だってさ」
「ええ……」
「彼は昔から社交が好きじゃないからな。流行りの服で着飾るより着慣れた軍服の方がいいんだろう」
ああー、まあそれは私もわかる気がするけれど。
「でも、クローウィル姫は寂しいかも?」
あんなに熱愛している旦那様と普段は離ればなれよ?
するとレクトールがちょっとジト目になって、
「いやあの自由姫は本当に自由にやっているだけだぞ? ジュバンスと一緒にいたければいつでも勝手に押しかけてくる。そういう性格じゃないか。だから普段はこっちにはこないで王都で毎日パーティー三昧なのは彼女の意思なんだよ。知らないだろうが、クローウィル姫といったら社交界の重鎮だぞ? パーティーの女王だぞ。だけどたまーに気が向くとジュバンスを構いに突然やってきてああなるんだ。全ては彼女の気分次第で、飽きたらまたぷいっと王都に戻るの繰り返しだ」
「えっそうなの!?」
「今まで何度も見た」
「そうか、何度も繰り返しているのね……」
ま、まああの積極性と身分だとそれもあり得る、そう思った私だった。
私がちょっと遠い目をして二人を見やると、ちょうどクローウィル姫がこちらに気付いたらしく大きく私たちに手を振った。
「あらレクトール! そこにいたのね? まあ聖女様と一緒だなんて、なんて絵になるお二人でしょう! うふふ素敵ねえ~!」
そして半ば副将軍を引きずりながらこっちにやってこようとするクローウィル姫。
いやレクトールはさっき副将軍の隣から、クローウィル姫に弾き飛ばされたんですけど?
気付いていなかったのか!?
しかしあの屈強な副将軍が、奥様の細腕に腕を取られて引きずられている姿に私は愛を感じるよ。
どう見ても副将軍が少しでも抵抗したらあの奥様には微動だにさせられない体格差なのに。
けれども目を輝かせてふんふんと鼻息荒く副将軍を引きずりながらこちらにやってくるクローウィル姫は、それなりのお年なはずなのにとても可愛らしかった。
「お話は終わりましたか?」
レクトールが聞くと。
「あらいやだ、私とこの人の会話が終わることなんてないのよ? 女にはおしゃべりしたいことなんてたくさんあるんだから! でも今はちょっとだけ聞きたいことがあるの。ちょっとこの人を一週間か二週間貸してほしいのよ。王都で大事な用事があってね」
嬉しそうにうきうきと言うクローウィル姫とは反対に、なにやらジュバンス副将軍は若干不本意そうな顔をしていたが。
「モチロンデス。ドウゾ」
レクトールは即答だった。なんだか台詞から感情が抜け落ちているような気がするが。
「あらありがとう! ジュバンスは理解のある上司がいて本当に幸せね。じゃあそちらもごゆっくり~」
そうしてクローウィル姫はまた、大きな体のジュバンス副将軍を引きずって行ってしまったのだった。
「……レクトール、副将軍とは仕事中だったんじゃないの……?」
「あーうん……。でもあれではもうしばらくは無理そうだな」
「しかも王都に行くんだって。クローウィル姫は帰るということかな。副将軍も一緒に? いいの?」
「うーん。でもまた二人で帰ってくるかもしれない。なんだかまだここに飽きている感じはないからな。でもだからといってあそこでダメだと言ってもどうせ彼女はジュバンスを連れ去ってしまうんだよ。そもそも僕の答えに従う気なんて最初からないんだ」
「ああー……自由なのね」
「そう。だから自由姫と呼んでいるんだよ」
ちらりと見上げたレクトールの顔は、全てを諦めてなすがままになった人の顔になっていた。
なんでもニヤニヤと腹黒く人を操縦している人としてはとても珍しい顔だった。
「なるほど。昔からああなのね?」
「そう。彼女にとって僕は単なる若造で、永遠に手のかかるジュバンスの弟子なんだ」
「ふむ……。まあ師匠の奥さんには勝てないか。昔からお世話になっているんじゃあねえ……」
「そうなんだ。そして僕が見ていようと関係なく昔からあの調子で。最初は僕も子供だったから、そりゃあびっくりしたものだよ」
そう言いながら彼は、呆れではなく憧憬のような表情で、さっきの二人が去って行った方向を見つめていた。
ふむ……もしかして。
「ふうん、で、レクトールは羨ましいんだ?」
試しに私がそう言うと、レクトールはびっくりしたように私の方を見て赤くなって言った。
「はあっ!? べつに羨ましくなんか……あれはあの二人だからできるんであって、僕は……だいたい君だって柄じゃないだろう君は……」
ふうん、でもはっきりばっさり否定しないということは、どうやら図星だったのではないか。
へえ……?
ならばと私は言ってみた。
「ええ? あー、でも私も普段はあまり言わないかもしれないけれど、あなたのことが大好きよ? いつもかっこいいと思っているし、もちろんジュバンス副将軍よりもずうっとあなたの方が素敵だと思っているよ」
たしかにこんなの柄じゃあないのだけれど、どうやら私も毎日あのクローウィル姫ののろけを聞いていたらちょっと影響されたようで、なんだか今なら言えるような気がしたのだった。
だからいつもの軽口のようにさりげなく言って、その後にレクトールの顔を見ながらにっこりとしてみたんだけれど、そうしたらいつもは余裕の笑顔のレクトールが、珍しく私を見つめ返したまま絶句していた。
あれ?
しかもなんだか目を見開いたままキラキラしはじめたよ?
ちょっと、いつものチャラ男キャラはどこに行ったんだ。チャラっと「僕もだよ」とかなんとか言うと思ったのに、なんでだんまりなんだ。
でもなんだかとても喜んでいるのは、雰囲気でわかった。
なるほど、嬉しいのね。
そして彼の漏れ出るキラキラが弾んでいるように感じるということは、実はこういう台詞が好きなんだな?
あ、だからクローウィル姫と副将軍がデレデレといちゃついているときは心を閉ざして、羨ましそうにしないようにしていたんだね?
そうか、ああいうの、実は好きだったのか……。
私は今まで考えたこともなかった彼の意外な一面を見て、思わず目をぱちくりとしてしまったのだった。
うんそうか……そんなに喜ぶなら、じゃあまた、たまには言ってあげましょうか、ね……。
心なしかその日一日ご機嫌だったレクトールを見て、私は密かにそう思ったのだった。
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