聖女の派遣5
結婚したばかりの時にも乗った、やたら豪華な紋付きの馬車に乗って。
そしてその豪華馬車の周りを囲むたくさんの荷物を積んだたくさんの馬車、たくさんの随行員、そして山ほどの護衛。
なにこれ、西洋風大名行列?
たった一人の私のために、「聖女」として、そして「王族」としての威光も強烈な、それはそれは大げさな一行が「グランジの民」指定の場所に向けて出発したのだった。
別れ際の、表面上は冷静なのに妙に寂しそうなキラキラを送ってきていたレクトールとは反対の、この道中での神父様のはしゃぎようったら。
「おお~山ほどの馬車~ふかふかクッション~ふかふか毛布~そして豪華なテント! これぞ贅沢じゃの~」
と、休憩のたびにウキウキとあちこち覗きながら常にウロウロしていたのだった。
はい、楽しそうでナニヨリデスネ。
そしてちゃっかり神父様の旅の定番の小遣い稼ぎである「オースティン神父の幸運のお札」を、随行員やすれ違う人々にまでちゃっかり売りつけて結構稼いでいたのも知ってますよ。
注意? もちろんしませんとも。
そうやって神父様の「加護」スキルを切り売りしてくれて、それをこの一行の何人もの人が持っているお陰で結果的にそれらがこの一行を守る大きな「加護」となり、盗賊や事故の被害に遭う可能性がとても低く旅が出来るのだから。
なにしろ高いだけあって、すごく効くのよ、そのお札。
私も最近は魔術を視るのにも随分慣れてきて、魔術のかかっているものは頑張れば目視できるようになったのだ。
するとその神父様のお札はちゃんと常にうっすら光っていて、そこに魔術があるのが視える。
そして本当にたまにその札がピカッと光って、その持ち主を何かの不運から守っているのが視えてしまうとね。もう止めろとは言えないよね。むしろありがとうございます。
「いやあレック、いいやつじゃのう~ああ楽しい」
と、どうやら神父様のレクトールへの評価も爆上がりだ。
そんな感じで最初はてっきり一人寂しい旅かと思ったのに、実際は浮かれる神父さまもいて、そして私は離れているはずのレクトールの気配をも感じながら過ごすことになったのだった。
なにしろ私と常に接する今回の私の随行員に選ばれた人々は、全員レクトールが再鑑定しているから安心できる人たちな上、とても真面目で親切で、なにより私に好意的な人達だった。
それにこの、これでもかという豪華な備品と過剰とも思える護衛。
その全ては、レクトールが私のために用意したものだ。
私の乗るレクトールの紋がついている豪華馬車の他にも様々な馬車がいくつも並び、それらが運ぶのは金張の椅子に総刺繍のクッション、ふかふかの枕に絹の上掛け、そして畳んでも分厚くて重くて大きい、丈夫で立派なテント等々。その他旅に出るなら普通は省略されそうな数々の品々。全部おそらく最高級品。
つまり、あの城で私が普通に使っていたものほぼ全部。
もはや無いのはベッドくらい? ねえ、この総刺繍のクッション、旅に必要かしら? これ、怖くて汚せないと思っていた、いつも使っていたものと同じものなのよ?
とにかく、全部よ全部。
一体何を考えているのやら。
出立の前、日常使っているものとほぼ変わらない備品たちが次々と積み込まれるのを見た時には、私はびっくりし過ぎて口を開けたまま固まってしまった。開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。
「なにごと?」そんな言葉はとっさに飲み込んだけれど、さすがにレクトールのように当然という顔は出来なかったよね。
だいたいなんでそんなものたちが旅用として存在していたの? レクトール用? ああ、まあ、そうだろうね。
でも羽根枕や刺繍入りの絹製お布団なんて、持ち歩くものではないんじゃないの?
そこらへんの布を丸めて枕にして、毛布にくるまれば良くないですかね?
寝ずの番の人がいるだけでも贅沢だわーなんて思っていたのに。
もはや神父様が言ったように、へたな宿より居心地が良い。
テントの中がまるで高級ホテル、いやもう自宅。真冬なのに暖房もばっちりで非常に快適。
暖かいお湯で体を拭いてもらった後はテーブルについて美味しい夕食をいただき、そしてタイミングよく出された温かいお茶を飲む食後のひととき。
ここ、何もない真冬の荒野のはずよね?
そりゃあもう、神父様大喜び。
「さすがファーグロウの王族じゃのう~至れり尽くせりじゃ~」
もちろんレクトールの配慮で、神父様も私と全く同じ優雅な生活を堪能している。
彼の意向もあるからずっと私と一緒だ。
おかげで私も寂しくないし、心強い。
今、私のことを「アニス~」と敬称抜きで気軽に呼ぶのは神父様かレクトールくらいだから。
よくわからないけれど、どんどん随行員の人達が神父様を尊敬の眼差しで見るようになってきているようだから、多分「幸運のお札」がらみで何かあったのだろう。
すっかりこの一行の人気者になったようだった。
そんな神父様に、あるとき私は遠い目をして愚痴っていた。
「レクトールにはもし大規模で護衛が対処しきれないような敵に襲われたら、全てを捨てて護衛と逃げろと言われたんだけれどね、出来ないよね、この豪華な設備を全て捨てるなんて」
これ、この設備だけで多分普通に宿が買えると思う。その上この大勢の人たちの人件費、食費、その他もろもろ。この旅にかかる費用は膨大だ。
ついつい考えてしまうけれど、そのたびに胃が痛くなりそうになる。
だってこれ、全部、私一人のための騒ぎよ?
「私が移動する」というその一点のためだけに、レクトールが当然のような顔をして手配したもの。
なのにいざというときには、全部捨てろと。
いやー無理よね……。
私の今までの人生の間に染みついた貧乏性が「もったいない!」と全力で拒否しそうだ。
でも神父様は、
「でもそのためのこの豪華さでもあるんじゃよ? 盗賊達の欲しいのは金じゃ。だからこの金目のものに目を引きつけて、人間の逃げる時間を稼ぐんじゃよ。設備は後でまた買えるからの。でも、忠誠心のある『人』は、なかなかモノのようには簡単には集められんでの~」
と、言うのだった。
なるほど……肉を切らせて骨を断つ作戦なのね……。
「でも私、そろそろ彼の趣味でもあるような気がするのよ。彼、実は好きだよね、こういう豪華な高級品」
最近思うのよね。彼、お金を使う機会があると、すかさず出来るだけたくさん使おうとするような気がするの。
なんというか、買い物の基準が違う。
私は「どれが一番適切か」なのに対して、彼は「どれが一番上質で高級か」な気がするのだ。
「まあ金持ち国の王族だからのう。これが普通なんじゃろうて。それに王族がこうして率先して金を使って権威を示すのは良いことじゃよ?」
「ああ、そうね……私にはなかなか出来ないことだけれど、でも必要なのも今はわかる」
たしかに権威は大事だ。それはファーグロウのあの城に入った、当初の私で骨身に染みていた。
人は自分と何ら変わらないような人間には、なかなか心から仕えようとは思えないものなのだろう。
「自分は凄い人に仕えているんだ」という気持ちが有るのと無いのとでは、どうしても仕事に差が出てしまう。
だから私も使用人の前では、立派な人として振る舞うべきなのだ。たとえそれが虚飾だろうとも。
「最近はアニスも堂々としてきて、なかなかいいんでないかい? このまま贅沢に余生を送るのもよいものじゃよ? もう楽しんじゃえばいいんじゃよ」
お茶を飲みながら、そう神父様はのんびり言うけれど。
「いやこれ、実は必死ですからね? 今でもついボロが出るとアリスにすかさず注意されてしまうんですから。もういつも内心ビクビクしているんですよ? 気の休まるときなんて無いんですよ?」
そう言ったら、ちょっと私の後方でかすかに動揺した空気を感じたけれど、だって本当に厳しいのよ、この影でもある貴族の先生は。お陰様で私は随分成長出来ました。はい感謝しています。ありがとうございますアリス先生。見捨てないでくださいね。
「ふぉっふぉっふぉ。バレなければいいんじゃて~。それにボロが出ても誤魔化せばいいんじゃよ~」
「それが出来れば苦労はしない……でもたしかに前よりは随分この快適さを味わえるようになってはきました。慣れってすごいですね」
こんな冬の荒野のど真ん中で、たいして厚着もせずに分厚いテントの中で温かい甘いお茶をゆったりいただく自分のこの姿を、かつての私は想像できただろうか。否。
ありがとうレクトール。
彼が私にここまでしてくれるから、私もここで人々に大切にしてもらえる。
この豪華な設備とたくさんの随行員達の存在全てが、レクトールが私を「大切な存在」だと思っているということを、周りに明確に示してくれている。
だから私も堂々と、この豪華なテントの中で、ふわふわのお布団にくるまって今日も眠るのだ。
それがこの集団の、私の主としての務めでもあるのだから。
たくさんの護衛と使用人を引き連れて、豪華な隊列で進む「聖女の行進」。
まさかそんなものの中心になる日が来ようとは。
大勢での移動だからどうしても時間はかかるけれど、できるだけ早く。でも「聖女」としての威厳も損なってはいけないので、内心はじりじりしながらも微笑みと共に進んだ日々。
そして私たちはとうとう、「グランジの民」が指定した場所に着いたのだった。
「グランジの民」の指定した場所は、どうやら彼らの村? のようだった。
一見立派で大きな村、というかもう町?
でも、遊牧民というからには、この町が移動していくということなのかな?
それ、出来るの?
などと驚いているうちに、代表らしき人が進み出て言った。
「ようこそ聖女様。お待ち申し上げておりました」
そう深々とお辞儀をするのは、この「グランジの民」の長老という人だった。
なかなか眼光鋭いお年寄りで、人がよさそうとはちょっと思えない感じね。
でも立派な身なりと態度で一目で偉い人とわかる威厳の漂う人だった。
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