レクトール・ラスナン4
「アニス……ロロは魔獣だからの? 人が殴ったくらいでは怪我なんぞせんよ?」
と、オースティン神父は言うが。
「でも痛いことにはかわらないわよねえ」
私の大事な子に暴力なんてゆるせない。ちょっと気まずそうな将軍様は放っておいて、私はひたすらロロを撫でたのだった。
痛いの痛いの飛んでいけ~。
だけどレックは、私との気まずさよりもヒメに自分の死を予言された方が気になったらしい。ちょっと言いにくそうにしながらも口を開いた。
「あー、アニス、今まで黙っていて悪かった。実は君が僕に会いたい理由を教えてくれたらその時に、ちゃんと改めて言って君をびっくりさせようと最初は思っていたんだが、全然そんな機会がないままにここまでずるずるときてしまった。そのせいで君を驚かせてしまったことについては悪かったと思っている。申し訳ない。だがあれを見ていたのなら教えてくれないか。彼女の言っていたあの話は一体なんなんだ? もしかして同じ世界から来たという君は何か知っているのか?」
うーん、知っている。だけどそれがまさに言えなかったことなのだよ……。
でもじゃあもし私が彼の納得するような理由を言えていたら、その時には彼は自分がその将軍だと教えてくれる予定だったのか。
「びっくりした?」
そう言って笑う彼の表情が目に浮かんだ。
それに改めて考えてみると、もしその彼の立場に私がいたとしたら、私もその言えないという理由がわかるまではきっとあえて正体を教えることはしないだろうと思ってしまった。思惑を教えてもらうまでは、あえてこちらから切り出さなくても……そう私でも思ってしまったから。
まあ、責められないかな……。
まさか本人だとは露程も思っていなかったから、思いっきり「最終目標は将軍」感を出していたよ……はは……。
「うーん、いや頑なだった私も悪かったと思っているので……あの、私もすみませんでした。でもなにしろ全然想定していなかったから……だからまさか将軍様本人を目の前にしてどこまで話すかなんてこともまだ何も考えていなくて。突然本人だと言われても、ねえ……? そんな突然言われても……」
なにしろここで私が「その通りです彼女の言うとおり」なんて言っても私にもあの「何言ってんだ?」な顔をしそうだしねえ。だからといって、こんなに伝え方が難しい話もなかなか無いよ。どうしよう?
しかし。
「もしかして、『将軍に会いたい』という理由はそのことなのか?」
さすが有能と言われる将軍様は察しがよかった。
そうなると本人にまっすぐ見つめられてのこの状況、もう誤魔化すことが出来る気がしないし、してはいけないだろう。
「ああ、はい……実はそれです。でも本人に会ったらもしかしたら伝えたかもしれないのだけれど、でも伝えなかったかもしれなくて……えっと、勝手に恩にきせようと思っていたので」
そう、私はあわよくば「その時」に近くにいさえすれば、すかさずしゃしゃり出て勝手に救おうと思っていたのだ。だから実は事前に本人に説明することはないと思っていたんだよね……ははは、見通しが甘かったね。
まさか他から本人に知らされるとは思わなかったんだよ。
「まさか……君も同じように思っているのか? まさか君もあんな突拍子もない話を信じているのか?」
うーん「突拍子もない」と。
でも思わずそう言ってしまうくらいには、やっぱり信じる気はないと。
「なんのことじゃな?」
「うーん、たしかにその話ではあるんだけど……難しい……なんて言えばいいのか……」
ここであっさり私が「だけど本当に起こることなの」なんて言っても、どうやら彼には信じる気がないのにどうすれば?
「君が知っていることを教えて欲しい。あの女は偽りが多すぎる。何も信じられない」
うーん、でももはやこうなってしまったら、どのみちいつかは知ってもらうことになるのかな。
それにあのガーランド治療院で出会ったころよりかは、今なら少しは彼も私の事を信じてくれそうな気がする。
それにもし本人が信じなくても、私はもう随分前に将軍を「勝手に」救うと決めていたのだ。それは今も変わりない。
彼が知っても知らなくても、私のやることはきっと変わらないだろう。
だから私はレックの目をまっすぐ見ながら言ったのだった。
「……まあ、概ねその通りだとは認識しています。きっと最初の頃に言っても信じてはもらえないだろうと思って黙っていましたが、この状況で嘘は言えません。そして私はその時には勝手に将軍を救おうと思っていたのです。だからレック、あなたが本当に”ファーグロウの盾”将軍だというのなら、この先は出来るだけあなたと一緒にいさせてくれると嬉しいです。せめて来年の春までは。そうしたらその間、たとえあなたに何があっても私は全力であなたを救います。もともとそのために私はファーグロウに行きたかったのですから。私はファーグロウの将軍に生き延びて欲しい。もしも私が近くにいるのを許してくれるのなら、私はあなたの身に何か危険な事が起こった時にはすぐに、私の全ての能力を使ってあなたを救います。少なくとも病気と怪我については私は有能ですよ」
私とレックの視線がぶつかった。彼の真剣な碧の目が私を射貫く。
そしてレック、いやレクトール将軍はピクリと眉をひそめた後に、いつものようにニヤリとして言ったのだった。
「かっこいいねえ、惚れるね。わかった。じゃあ私を救ってもらおうか」
「わかりました。私ほどの癒し手はいませんよ。必ずベストを尽くします」
まるで契約のように。
私は堂々と目的の将軍本人に、危険があった時には彼を癒す許しをもらったのだった。
「おおよくわからんが美しいのう。良い関係じゃ。眩しいのう。ふぉっふぉっふぉ」
そう言ってオースティン神父は小さくパチパチと拍手をしていた。
これで私の目的にまた一歩近づいた。と、信じたい。
「じゃあ、そろそろここを出るか。私はもうここには用はなくなった」
レックが腕をぐるぐる回しながら言った。
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