特別室1

 さて最近はますます「ガーランド治療院にはとにかく凄い治療師がいる」という噂が広まっているらしい。そしてその噂を頼って来院する人たちがますます増えているそうで。

 もう、ちょっと珍しいことをすると噂が凄い勢いで拡散するんだね……もちろん願ったり叶ったり。にやり。


 だけども私が目的を果たすのが早いか王宮が怪しんで調査をしに来るのが早いか。

 そちらもますます時間が無くなってきている気もする。


 私がここに来て約二か月。新聞によると、どうやら長引いていたらしいこの国の王子と婚約者の『先読みの聖女』がさすがにそろそろ帰国するらしい。

 しかし王族で忙しいはずだろうに外遊、という名の旅行? が倍にも長引くって、どれだけその国が気に入ったんだろうね。まあ外交もするのだろうから気苦労が多そうで私は羨ましくはないけれど。

 作り笑いで政治的な駆け引きとか、想像するだけで大変そうだ。でも考えてみれば、息をするように作り話をして相手を操縦する彼女としては、もしや天職なのかもしれないとも思ったり。


 これで私の事を敵認定していなければ、はーそうですか良かったねで済むんだけどなあ。

 さすがにダメ押しで刺客が向けられたとなると、きっと放っておいてと言っても無駄だろう。


「はあ……」


 思わずため息が出る。

 私、結構この仕事が気に入っているんだけどな。

 私の特技というかスキルを活かして大勢の人の役に立って、そしてそれが評価されている。

 なかなか良い職場なのよ。

 ここを場合によっては捨てなければならないというのは本当に残念だ。


 そんなことを考えていたら。


「おや、高名な治療師様がため息ですか?」


 そんな声がして、私は今日も少々うんざりしながらドアを見やった。


 そこには私が予想した通りに、綺麗な顔の、若い男の人が立っていた。

 美しい艶のある黒髪に深い碧の瞳。背は高く、体格はがっしりとして……見かけはとても美しい男。


 また来たよ。よく飽きないな。


 この男、私のポーションの評判を聞いて遠方からわざわざやってきたという一番お高い特別室に入っている患者さんの関係者らしいのだけれど、この麗しい見た目であっというまにガーランド治療院の職員たちと患者さんたちの人気をさらい、どこに行ってもモテモテなのに、何故か毎日このポーション作成室に顔を出す物好きさんだ。


 そして何故だかヘラヘラと軽いノリで私をお茶やご飯に誘ったりしてこちらと関わりを持とうとする。なぜかそのたびにイケメンオーラなのかキラキラしい後光もさして見えるような気がして、非常にうざい。


 本来はここ、立ち入り禁止なのよ?

 なにしろポーションが貴重品だからね?

 限られた関係者しか入れないはずなのに、この男はどうやったのかこの部屋の入室許可を取り付けてしまったらしかった。

 なんだなんだ、どうやったんだ? 金か? 籠絡か?


 そしてこの部屋に日参しては、高名な治療師とは仲良くしたいとか言ってくるが、私にはその必要性は全く感じていませんよ?


 どうやらさすが特別室に入るようなお金持ちらしく、湯水のようにお金を使ってポーションを大量お買い上げしているそうではないですか。しかも最近は金を積んでより効果の高いポーションまで指定注文する金満っぷり。もちろん私への手当もちょっとはずんでくれるので喜んで作ってはおりますが。

 それで十分でしょう。


 それに初対面の時なんかはまるで珍獣を見るような目でジロジロ見られて、ほうほうと一人で勝手になにやら納得して上から下までなめるように観察されたら、誰だって嫌よね?

 だから私の彼に対する第一印象はすこぶる悪かったんですよ。それほど珍しかったか? 私が。

 そしてその後の態度でその印象が良くなることもさっぱりなかった。


「何しに来たんですか、レック。私は呼んでませんよ。まさかこの前渡したポーションの効きが悪かったんですか? それとももう足りなくなったとか?」

 思わず目が据わりつつ言う私。しかし。


「ええー? つれないなあ。他の人たちはみんなニコニコしてくれるのに、そんな冷たい目で見るのは君くらいだよ? 君はちょっとにっこりするだけで、この治療院で一番かわいらしくなると思うんだけどな?」

 そう言って大げさに悲しげな仕草をしているふり。


 そう、顔は良いのに中身がチャラい。軽い。ああ残念。


 しかしこの男は私がどんなに邪険に扱っても毎日のようにこの部屋に顔を出してはしつこく私と雑談を試みて、そしてポーションを受け取って帰って行く日々。


 そんなお使い誰かに頼めよもうー。おかげで私はこの治療院の女性陣たちからイロイロ言われて面倒くさいんだよー。

 私は別に彼とどうこうなるつもりなんて微塵もないんだけどな。

 他の人たちのようにこの見た目できゃあきゃあいう心の余裕なんて私には無いのだ。


 私からしてみれば、みんななんでこの身元も明かさないような怪しい男と関わろうとするのか全くわからない。詐欺師だったりヤクザだったり、王宮関係者だったりするかもしれないじゃないか。


 さすがに特別室に入っているということは院長あたりは身元を知っているのだろうけれど、なにしろこの一行は一般職員である私たちには驚くほど身元に関する情報を漏らさないのだ。怪しすぎる。

 くわばらくわばら。


 もうさー、話し相手が欲しいだけならこの治療院には人が多いんだから、綺麗で独身で性格も良くて話が合う人がきっといるでしょうよ。なんでこんな邪険にしかしない平坦なモブ顔の私をかまおうとするのかね。珍獣観察ならそろそろ飽きても良い頃なんじゃあないの?


 どんなに私を持ち上げてもポーション以外は何も出ないよ?


 私はここでポーションを作って名前を売り、隣国から呼ばれるのを待っていないといけないの。

 余計な人間関係のもつれなんて望んではいないのよ。

 自分の命と人生がかかっているんだから、必死なんだよ。


「私のポーションに用がないなら出て行ってください。忙しいんですよ。作業の邪魔です」


 魔女よろしくカメの中身をかき回すための大きな匙をぶんぶんと振って追い出そうとする私。

 だってポーションを作っているところを見られたくないからね。


 今や大評判の特別に効きが良いとされるポーションを、いかにも適当でございという感じで作っているところを見られてはいけない気がするの。

 真実を知っているのは神父様だけでいいのです。

 こんなチャラ男に用はないのだ。

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