ガーランド治療院2

 となると、ちまちまポーションを作る以外に今のところ手は思いつかないのだった。


 まあそんな私のポーションも、やたらと効きがいいと評判らしいのでこのままでも近隣くらいまでなら名前が知れ渡るのは時間の問題だろう。

 別にアニスという名前が知られなくてもいい。ガーランド治療院が突然良質のポーションを作り始めたのは、良い治療師が来たからだ、情報はそれだけでもいいのだ。とにかく「良い治療師がここにいる」、その情報が大事だ。

 

 どんどん広まって欲しい。早く、そして確実に。

 私なら、どんな病気も傷も治せるのだと、広まるのを待っている。

 私の存在をいざというその時に、思い出してもらわなければならないのだから。


 季節はもう秋になろうとしていた。時間は確実に流れている。

 敵国ファーグロウのその将軍が死ぬ冬まで、残り時間はもうあまり無いのかもしれない。

 本当はその敵国へ行ければいいのだけれど、やはりここで聞いても国境を越えるのは難しいらしい。


 その将軍がこのまま何もせずに死んでしまったら、この世界はきっとゲームのエンディングへと動き出すだろう。

 

 どうやら”ファーグロウの盾”とかいう大層な二つ名をも持っているらしいその将軍がまさか突然死ぬなんて、今のところ誰も思っていないようだった。しかし確実にシナリオは進んでいる。

 あのゲームのシナリオのままにエンディングを迎えてしまったら、一体私はどうなってしまうのだろうか。

 あのシナリオを私が少しでも変えられるような点があるとしたら、それは私には一つしか思い浮かばない。だから今はそれに全てを賭けると私は決めていた。


 伝われ私の治療師としての評判が。近くて遠い敵国の中まで。

 

 伝わってさえいれば、いざというその時に、きっとここへ迎えが来るだろう。まだ私以上に「治癒」スキルの高い人の話は聞いたことがない。そしてゲームの中でも、彼を助けられる人はいなかった。

 そしてあのゲームのシナリオから、世界から外れているのは私だけなのだ。

 死にゆく将軍を助けられる人がいるとすれば、それは私以外にはいないだろう。

  

 だけど今はひたすらここで、ただその時を待つことしかできない。

 それがとてももどかしかった。

 なんとか隣国ファーグロウへ行ければいいのだけれど。そうしたらもっと今より派手に治療師として、いやいっそ「聖女」として名を売れるのに。

 今一番怖いのは、将軍のところに着いたときにはもう手遅れになっていることだった。

 


 そんなことを考えていたら、そこにサルタナ院長がやって来て私の思考は中断した。


「アニス、申し訳ないが君のポーションの評判を聞いて、他の治療院からぜひ譲ってほしいという要請が最近山ほど来るようになってしまってね。ちょっと大変かもしれないが人助けだと思って、君のポーションを作る量を増やしてはもらえないだろうか」


 はい喜んでー。

 その評判が嬉しいよね。評価されるのは素直に嬉しい。

 だいたい裏庭でのんびりしていた私が忙しいとか言えないしね。

 人のためになって私の目的にも有利になる、なんて願ったり叶ったりなのでしょうか。

 

 頑張ります!



 ……などと喜んでいたのがついこの前。うん、どうやらちょっと私の見通しが甘かったようです。


「アニス、いくら忙しいからと言ってこう毎日年寄りのワシを手伝いに駆り出すとはどういうことかな」

 隣でオースティン神父がブツブツ文句を言うのだが。


「でももう私だけでは間に合わないんですよー。詳しい私のスキル事情を知っている人なんて他にはいないし、神父様はこの前までここで毎日のんびりしていただけじゃ無いですか。ちょーっと小分けにするくらい、旅でもやっていたし慣れてますよね? いやもうほんとに助かりますーほんとーに嬉しいなああ!」


 いや本当にね。まさか他の治療院に譲るという量が、ここで使う量の何倍にもなるとは思わなかったよね。いや最初はそれほどでもなかったんだけれど、あれよあれよという間に噂が噂を呼んで依頼が激増したそうで。

 

 お陰で私は今までのノンビリした職場環境から一人孤独な戦いを強いられる非常に忙しい環境へと激変してしまったんですよ。

 全然回らないったら。もう目の前の仕事に追われて毎日ひいひい言ってます。


 そんなときにロロを抱いてのんびりお散歩している人を見かけたら、そりゃあ引っ張り込むよねえ?


「にゃーん」

『もういっそ、大きな壺にでもポーション作っちゃえばー?』


 構ってくれる人がいなくなってからは毎日このポーション作成室の日当たりの良い窓際でのんびり寝そべっていたロロが、ふと起きたと思ったら突然建設的な意見を言って驚いた。

 珍しく『ごはんー』以外のことを言ったな。


「しかしそれは前代未聞の技じゃのう。下手をすると意図するよりもより遠方まで話題になるのではないか? でもまあ既にポーションの性能が高性能だと噂にもなっとるし、ちょっと品質を落として大量生産しましたと言えばごまかせるかもしれないかのう。……うん、いいかもしれんのう? のうアニス?」


 オースティン神父が両手にポーション用の小瓶とそれに水を入れるための水差しを持ったまま、もういい加減この単調な仕事は飽きたと言わんばかりのしょんぼりとした顔で私の方を見たのだった。

 なので、


「あーなるほど。大きな入れ物にたくさん作って、各自勝手に汲んでもらってもいいかもしれないですね。たしかに私も楽ですし」

 と私が答えると、


「うんうんじゃろじゃろ? じゃあ早速サルタナ殿に頼んで大きな入れ物を調達するように言ってくるかなっ」


 そう言って神父様は小瓶と水差しをさっさとほっぽり出して、いそいそと部屋を出て行ったのだった。


 そんなに私の仕事を手伝うのが嫌だったのね。これが村にいたときだったら反対に、皆のために私が手伝うから頑張れと励まされていたような気がするんだけどな。 

  

 神父様……なんだか村にいたときと本当にキャラが変わったよね……。

 もっと真面目で勤勉な人だと思っていたのに最近の神父様はただひたすら何もしないでノンビリしたい人にしか見えなくなってきたぞ。妙に解き放たれた自由で開放的な空気を感じるのは何故だ。

 

 もはや私についてきたのは神父様としての体裁と業務から離れてここでのんびりしたいがためだったとしか思えなくなってきたよ……?

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