第24話優しいくちびる

 あれから数日が過ぎたある日のことだった。その後数日間私は、ホテルに泊まっていた。そんな会社帰りの夜、和姉から電話がかかってきた。


「美玲……本当にごめんね? 私、離婚しようと思うんだ……。もし良かったら、私の家、部屋に空きがあるから、しばらくならいれると思うよ? ホテルだと高いでしょ?」


 心配の電話だった。でも私は、新居を探してると言い、断りを入れた。その時だった。姉は思わぬことを口にした。


「前に神崎さんと一緒に来た時に感じたんだけど、神崎さんと美玲、アンタ付き合ってるの?」


 思わぬ問いに私は少し口籠ったが、「うん……先日からね。神崎さんに助けられっぱなしなんだよね」と返事を返すと、姉は「良かったね! 大切にしなよ?」と、自分の辛さを隠すように私の応援をした。

 でも嬉しいはずのその言葉が妙に悲しくて、私は姉の言葉に「ごめんね……お姉ちゃん……」と謝ってしまった。


 すると和姉は、元気な声で「何言ってるのよ! 悪いのは由雄なんだから! アンタは気にしない! いいね!」と電話は切れた。


 姉の言葉に助けられている私がいる。それに今夜、神崎さんがまた大阪に出張で来る事になっていた。今夜、姉の家であった時以来、神崎さんに久しぶりに会う予定だ。

 今宵は大阪ミナミを散策してみようという事で、初めて難波に来てみた。北エリアと少し違う空気感にまた新しい大阪を感じている。道頓堀付近で待ち合わせだ。

 流石ミナミというだけあってか、人混みでどこから神崎さんがくるのか、キョロキョロと辺りを見回していた。今日は少し遅刻かな? それとも神崎さんも迷っているのかな? と思っていた。

 スマホに着信がないか、スマホを取り出してみたが、SNSアプリに着信が1件入っていた。

【もうすぐ着くよ! 戎橋の左側だよね?】

 神崎さんからだった。私はすぐに【うん。左の通路側ね】と返信を入れた。

 もう少ししたら神崎さんに会える!そう思った時だった。後ろから肩を叩かれた。


「神崎……さ……ん?」


 神崎さんだと思った……。でも後ろに立っていたのは神崎さんではなく、由雄さんだった……。


「えっ……なっ何ですか? あなた……」と言った時だった。


「君のせいだ。君が悪い! バイバイ美玲ちゃん、悲しいよ……」


 そう言われた時だった。横腹にグッと強烈な痛みが走った。一瞬の出来事で、何のことかわからなかった。下腹部には包丁が突き刺さっていた。


「えっ……由雄……さん……?」


 叫ぼうとしたが叫びにならず、私はその場に崩れ去った。


 由雄さんは慌てるように何処かへ逃げる……。周りが私の異変に気づいて、近寄ってくる……。

 神崎さんだ……。神崎さんが私の名前を呼んでいる。叫んでる……。応えたいけど、言葉にならない……。


 神崎さん……。どこへ行くの? 神崎さん? 


 神崎さんは由雄さんを見つけたのか、追いかけていく……。


 私……。どうなるの……。お腹は痛くない……。

 目の前が揺らいていく……。死ぬ時って……こんな感じなの……!? 

 自殺しようとしたけど……、今は死にたくない……。だって……。だって……。

 神崎さん……あなたがいたから死なずに済んだのに……。今更死ぬなんて……。

 いや……。いやだ……。私……。


※※※※


「伊月さん?」


 その言葉に気づき目を覚ます。白いカーテンに囲まれた一室。白色のナース服の女性が声をかけていた。左手首には名前を示すバンドと点滴の管が腕から天井部に伸びている。

 看護師が病室から先生を呼びに出て行く。私は、何度か瞬きをしながら、なぜここにいるのかを思い返そうとした。その瞬間だった。脳裏に浮かんだ由雄さんの言葉……。


「君のせいだ。君が悪い! バイバイ……」


 えっ……。私……。そうだ。神崎さんとの待ち合わせで、由雄さんにお腹を刺されて倒れんだ。体を触ろうとしたら、ゴツい包帯が撒かれてあった。


 脳裏に甦った最後の映像が私を恐怖に陥れた。体が硬直して拳をグッと握りしめた。唇が震えて、歯を食いしばった。


 そうだ。私、由雄さんに刺された……。神崎さん……神崎さんはどうしたんだろう……? と首を病室の扉へやった。


 ガラッと扉が開いた。医者と看護師、そして神崎さんと和姉が慌てて入ってくる。


「美玲ちゃん! 良かった! 目覚めてくれて……ああ! 良かった……」

「美玲……。本当に大変な事になってごめん……」


 その声と同時に先生も話し出す。


「とりあえず、手術は成功している。親御さんには連絡を入れているから、しばらくしたら着くと思う」


 和姉は私の横に擦り寄った。

「本当にごめん。元旦那がこんな事件起こすなんて……。美玲生きてて良かった……」

「由雄さんは……?」


「美玲ちゃん、大丈夫。由雄さんは、捕まえたよ。今さっきまで警察の事情聴取を外で受けてた」


「神崎さんが……捕まえてくれたの?」私は小さくつぶやいた。


「ああ! もう大丈夫。ゆっくりと体労って……」

「……神崎さん……。和姉……。ごめんね……」


「何でアンタが謝るのよ……美玲……。もうアイツは捕まえたよ。安心しな」


 その言葉を聞いたら、私は何故か体の力がゆっくりと抜けていく感じがした。ゆっくり目を閉じた……。


「ごめん。美玲ちゃん……。俺、君をこんな目に合わせてしまった……。本当にごめん、俺が出しゃばって、由雄さんを問い詰めようって言ったばかりに……本当にごめんね……」


「……神崎さん……。気にしないで……。私、生きてる。もう死のうとは思わない……。だってこれだけいろんな人に支えられてるんだから……あっイタタタ……」


 急に横腹に痛みを感じた。すると先生が小さく私に言う。


「まだ完全じゃない。あまり無理はしないように。ゆっくりと寝て回復することを考えて」


 聴診を当て終わり、脈を確認すると「大丈夫……ゆっくりと休んでください」と言って先生と看護師は消えて行った。


「もうちょっと寝るね……その前に神崎さん……安心が欲しい……」


 私は姉がいるにも関わらず、神崎さんの安心感が欲しいと唇を尖らせた。神崎さん、いや、おさむは私の唇に軽くキスをした。


「ちょっと寝るね……」

「もう終わったから、ずっとそばにいるから、心配しないで……」


修は私の手を握った。その顔は安堵に満ちていた。


その言葉に私は言い返す。


「これからが私たちの始まりでしょ!?」


「そうだね」


 告白された時以来の優しい修のくちびるを感じたあと、私はゆっくり目を閉じた。



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