-29- 「壺中園」

 放課後、一角堂に寄って売り物を眺めていると、店番のお兄さんが手招きした。


「坊っちゃん、面白い物が手に入ったんでさ。ちょっと見て下さいよ」


 そう言って、レジ横のガラス棚の鍵を開け、中から掌サイズの小さな壺を取り出した。


「これは、中国の仙人が作ったと言われる玩具です。中を覗いてご覧なさい」


 言われるままに壺の中を覗いてみると、真っ暗かと思えば何だか明るく、緑色に光って見える。


 目の焦点が合ってくるとその緑色は、高い位置からどこかの庭園を見下ろしている光景だと分かった。


 手入れのされた庭で、犬や鹿、馬みたいな動物が放し飼いされていて、色取り取りな鳥が飛んでいる。


 きっと、庭の中を散歩出来たら楽しいだろう。


「おや、坊ちゃんにも庭が見えますか。その壺は仙人や妖怪、神通力を持った人間の為の玩具で、普通の人間は覗いても何も見えないらしいですがね」


 僕に見えると言うことは、これはイキモノと同じ様な種類のモノなのだろうか。


「拡大したり、視点の位置や見る方向を変える事も出来るらしいですが、残念ながらあたしは仙人ではないのでね、やり方が分かりやせん」


 始めは珍しかったけど、上から見下ろしているだけで拡大も出来ないのでは、すぐに飽きてしまった。


 壺を返すと、お兄さんは慎重な手つきでガラス棚に壺を戻した。


 ガラス棚の値札には、『壺中園 佰萬圓也』と書かれていたので驚いた。


 その後も時々その壺を覗かせてもらっていたけれど、庭の様子は季節に応じて変化している様だった。


 けれどある日、その壺がガラス棚から消えていた。


「ああ、坊ちゃん。あの壺なら先日、仙人みたいな凄いお髭のご老人が、札束一つをポンと置いてお買い上げになりましたよ」


 壺より、そのお客さんの方に会ってみたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る