第23話

「答えはこの階段の先にあるわ。」


 ミオは、地下へと続くにつれて暗くなる階段を指さす。


「やっぱ地下じゃん。」


 階段を指していた指を、カイトのほうへそのまま向ける。


「あなた、この先がただの地下だとお思いで?」


「どうせ倉庫か何かでしょ。」


「じゃあカイトだけ目隠しして、下に行ってもらうわ。絶対腰抜かすから。」


 カイトはため息交じりに、ミオと賢人の言葉を信じていない様子だが、ミオに両手で両目を覆われながら、地下への階段を下っていく。


 二人羽織のように階段を下る二人に続いて、ほかの全員も階段を下りていく。


「賢人、扉開けてくれない?」


 先頭を行くにも関わらず、両手が塞がっているミオに代わって、賢人が扉を開ける。


「おっ、おいおい、マジかよ。」


 ショウが驚きの声をあげながら、開かれた扉の向こうへと入り、ライトアップされたステージのほうへ歩き出す。


「え?なになに、そんなにすげーの?」


 いまだ何も見えてないカイトは、ショウの反応を聞いて期待を膨らませていく。


「こいつ叩いていいぞ。」


 マスターは自分のドラムを指さして小言のように言うが、目隠しをされたカイトには、そうは聞こえなかったらしい。


「す、すみません、すみません。ぼ、暴力だけはちょっと……」


 カイトの必死の命乞いに、全員が笑い出す。


 ミオは両手の目隠しをやめると、カイトの背中を軽く押した。


「叩くのはお前だよ。」


 ライトアップされた光で、目が眩んでいる状態のカイトは、目を細めながら光の中にあるものを、必死に認識しようとする。


 目を瞬きさせながら、数秒かけて目の前の光に目を慣らしていく。


「は!?え?マジで?これら俺らが?」


 カイトの目には、まぎれもないステージとバンドに用いる楽器一式が、ステージの真上から照らされるライトで、眩いほど目に映る。


「これ叩いていいの?」


 カイトは恐る恐る後ろを振り向き、マスターに確認を取る。


「いいぞ。」


 カイトはドラムに囲われるように置かれた椅子に座ると、そばに置かれているドラムスティックを手に取る。


「これ、使っていいっすか?」


「俺のでよければ使ってええ。」


 両手にドラムスティックを携えたカイトは、手元のドラムスティック一振りで、何倍もの数の打音を生み出していく。


 ウォームアップのように、適当にそれぞれ一通りに叩き終わると、頭上にドラムスティックをクロスさせる。


 ドラムスティック同士を叩き合って、自らのタイミングでカウントを出すと、もうそこからは、カイトのワンマンステージの始まりだった。 


 目の前にいる同じ類の人間が、自分より一回りも二回りも若い子が、自分より気迫のある漲った演奏をする、カイトを目の当たりにして、彼らに最大限の善意を提供したことに何一つの戸惑いが消えたマスター。


 マスターが一つの決意をするというのに、客席で聞きなれた太鼓の音を聞く彼らは、早くカイトのワンマンステージを終わらせて、自らもあの壇上で演奏したいという気持ちでウズウズしている様子である。


 それもそのはず。彼らはインターネットの動画投稿サイトのみで活動するバンドグループであって、今のメンバーでバンドハウスでの演奏や、ライブといった生の観客がいる場所で一度たりとも演奏したことがないのであった。


 先陣を切って壇上を駆け上がったのは、ミオであった。


「あんたらいつまで、そんな地べたに突っ立ってんの?」


 気持ちよくドラムをたたいていたカイトの手が止まる。


 ドラムスティックをドラムの上に置くと、カイトは立ち上がり、ミオのもとへ向かう。


「もしかして合わせてやるんでしょうか?」


 妙にかしこまった聞き方をする、先ほどまでワンマンショーで愉悦に浸っていた彼は、ミオに問いかける。


 ミオは大きな声で客席に向かって言い放つ。


「ステージの独り占めは罪ですよね?ね?」


 ステージ下に取り残された賢人とカイトの2人は、ミオのカイトに対する煽りを振られるや否や、ステージを駆け上がる。


「執行猶予なしの実刑。」


 賢人がボソッとつぶやくと、そこからステージ上にいる全員は、テキパキと無言で素早く準備していく。


 ふてくされるように自分の持ち場に戻ったカイトは、先ほどのワンマンショーの後で、すでに準備を終えており、この中で唯一暇な人間である。


 暇を持て余しているカイトは、適当に自分が好きなように、暇をつぶすように、やる気のないドラムを叩き出す。

 カイトが適当に叩く、やる気のないそれが、いい感じにこの準備している時間を、間延びさせて、客席にいるマスターを飽きさせない。


 そのマスターといえば、立ってステージを眺めるのが飽きたのか、椅子に座り足を組んで、暗転されないステージ上を感心気に見ている。


 しばらくして彼らの準備が終わると、ミオはマイクの電源をオンにする。


「では、これが私たちの初ライブです。聞いてください。」


 その言葉とともにミオは下を向き、ギターの弦を抑える左手に一瞬目をやる。


 ミオが弾き鳴らしたギターの音とともに、後ろにいる他のメンバーはそれに合わして、自身の楽器を弾いていく。


 ステージ上の準備を無言でこなしていた彼らは、何も打ち合わせをしている様子ではなかったのに、彼女が弾いた出だしの音だけで、何の曲であるかを理解して合わしていく。


 客席で座って彼らの前奏を聞くマスターは、足を組みなおし、少し緊張しているのか、膝に置いた手を固く握りしめる。


 ステージの前側の真ん中にある、スタンドマイクの前でギターを奏でるミオは、前奏が終わる数秒前に、マイクに一歩近づく。


 そして、マイクに口元を近づける。


 マイクを通して放たれた彼女の歌声は、会話をする声色とは打って違い、氷の矢がスピーカーから放たれるように、澄んで鋭い歌声に、マスターは思わず立ち上がった。


「マジかよ……」


 マスターは小声でつぶやくが、彼らの演奏によって打ち消される。


 客席の動きに気づいたミオは、ステージ上の気迫に押され立ち尽くすだけしかできない、年老いたおじさんであるマスターに、歌いながら視線を送った。


 1フレーズだけ目を合わせたミオだが、すぐにステージ全体に視線を移した。


 曲は最後の一番盛り上がるサビに差し掛かる手前の間奏に入ろうとし、次はミオからマスターに視線を合わせる。


 立ち尽くすおじさんもそれに気づく。


 2人の目線があった瞬間、曲は最後の間奏に入り、ミオは後ろを振り返りマイクから離れる。


 ミオは賢人のほうに向かうと、背中合わせになる形で、この曲の一番の見せ場であるギターソロをミオがこなしていく。


 熱烈な彼女のソロパートが終わると、賢人は遠慮するかのようにステージ袖の方を向く。


 一方のミオは、マスターに向かってウィンクをする。


 何もかも圧倒されるしかないマスターは、椅子に倒れこむように座る。


 そこからの彼らの音楽が終わるまでの時間は一瞬であった。


 1曲丸まる弾き終わると、ミオは真っ先に疲れ切って座り込むマスターの方へ向かう。


「どうでしたか?」


 ミオはマスターの座り込んだ目線の高さに合わせるように、屈みながらマスターに話しかけた。


「一言に尽きる。圧巻だった。」


 ため息交じりにマスターから出た言葉は、彼らの初ライブに対する最上級の評価だ。


「ありがとうございます。」


 ミオは笑顔でマスターの感想を受け入れると、背筋をまっすぐにして、満足げに空気をめいっぱい吸い込んだ。


 他の3人もミオとマスターのもとへ駆け寄り、ショウが代表するように、一歩前に出た。


「これからよろしくお願いします。」


「「「よろしくお願いします。」」」


 感傷に浸っているマスターをよそに、ステージ上に戻り、無事に終えた初ライブの片づけを黙々と進めていく。


 片付けも終わりかけたころ、マスターはふと立ち上がる。


「疲れたから、昼寝でもしてくるわ。これからは、ここと上の部屋、自由にしていいから。」


 マスターは1人、先ほどまで初ライブという盛り上がりがあったホールを後にした。

 マスターがホールを出る際に軽く手を振る。その姿は中年オヤジそのものだったが、ステージの上で見送る彼らにとって、その背中はとても大きいものだった。


 片づけがすべて終わると、足早にホールを去ろうとするミオに続いて、他の3人もついていく。


 ホールを最後に出た賢人だけは、客席の電気を消し、全員で地下のホールから、地上のエントランスへと戻る。


 ミオは上へ上がる階段の目の前に立つと、エレベーターガールのようにかしこまり、カイト達に向かって浅く礼をする。


「上へ参りまーす。」


「エレベーターじゃないのかよ。」


 カイトの素早いツッコミに、ミオは丁寧に答えていった。


「ただいまエレベーターは故障中で、申し訳ありませんが、こちらの階段で最上階のお客様の部屋まで向かっていただきます。なお、復旧のめどは立っておりません。」


「直らないのかよ。」


 茶番を挟み、非常階段のような質素な階段を上っていく。階段という狭く吹き抜けるような空間に、バンドマン4人の靴音が響き渡る。


 そして、心なしか息づかいも上に行くにつれて響きが増していった。


「ここが、私たちの部屋があるフロアよ。」


 ショウとカイトは、ホテルのボロボロの外観とは想像つかない、年季が入り古風な深みが増している廊下の内装に、あたりをキョロキョロと見渡す。


「ここがあんたらの部屋ね。2人で好きな方使って。」


 両手で2つの部屋を指さすミオ。


「俺こっちでいいわ。ミオ、カギ。」


 ショウはドアノブに手をかけて、ミオにカギを要求する。


 ミオは、ポケットにしまってあったカギを手に取り、ショウに投げ渡す。


「ありがと。」


 そのままショウは部屋の中に入っていった。


「じゃあ俺はこっちかーー。」


 ミオはカイトの不意を突くようにカギを投げる。


「おっ!!」


 本当に不意を突かれたカイトであったが、素早い動作で目の前に飛来してきたカギにビビりながら、ぎりぎりでキャッチする。


「あっぶねーーーー。じゃあ。」


 カイトも自分の部屋に入っていき、廊下に残されたのはミオと賢人だけであった。


「そろそろ帰る?」


 静まり返った廊下にミオの声が響く。


 賢人はそれに無言でうなずく。


「じゃあ、自分の荷物持ってエントランスに集合ね。」


 ミオは早々と引っ越した、今いる最上階にある自分の部屋に戻り、賢人も自分の部屋を片付けるために、階段を下りて部屋に戻る。

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